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今朝は雨なの

「今朝は雨なの」
 電話口の向こうから聞こえてくる君の声は震えていた。わかってる、本当はそんな事が言いたいんじゃないんだろう。それでも僕は君に少しだけ意地悪をしたくなる。そうなんだ、こっちは晴れだよ、気をつけてね、なんて。通り雨が魔物だなんて誰も思っていないのに。
 どこに行きたいの。
 どこへ行きたくなくて、それなのにどこへ行ってしまったの。
 雨が降っていると君はいうけれど、君の世界から雨音は少しだって聴こえてこない。電話回線を通せば雨音なんて消えてしまうんだ。君の涙も砕けてしまうんだ。すすり泣く声なんて聴こえなければよかったんだ。けして心地のいいものじゃない。どれだけ泣いたって、君の声は静かな雨音にはなれないもの。
 今朝は雨なんだろう。
 なら、昼は晴れるのだろうか。
 言葉通りに君は傘なんていらないと思ったのなら、どうして僕に電話なんかよこしたんだろう。不機嫌な雨音は胸でしか聴けない音なのよと、君はいつかピアノを弾きながら話していた。僕には音楽のことなんて少しもわからないけれど、涙を音階にすればきっと、七つの片仮名のどれにも入らない。
 ああ、こっちは雲一つない晴れで、今日は二度寝もしないで、気持ちよく起きて、コーヒーを淹れたんだ。
 それなのに台無し、君の電話ひとつで。僕は、君の声と一緒には帰れない、だから。
「待ってるよ」
 温くなったコーヒーを台所に流した。曇り空はどこからだって湧いてくる、雨の呼ぶ声を伝って、どこからでも。

(2015/01/27)

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