ひとりになりたい鬼とひとりにさせない人 第3話
第3話 思い出が民話に
カタ「ふぅー」
カタ、大きく息をつく。
ハヤト「そんなに慌てなくても、僕は逃げないよ」
カタ「村の人に見つかると、拝まれちゃうから。
……これ、あげる」
カタ、大きなつづらを差し出す。
ハヤト「うわっデカッ!ゴホッゴホッ。
ありがとう。でももう、このお堂に入りきらないよ」
カタ「何かと物入りじゃないのか。ハヤト、この頃こっちのお堂に住んでるだろ?」
ハヤト「咳、出ちゃうしね。ケホッ
和尚さんは悪い人じゃないけど、気をつかい合っちゃうし」
カタ「……離れた方が、お互い安らかに過ごせるのかもな」
ハヤト「それにしても、大きなつづらって、なんかゲテモノが出てきそう。小さなつづら選べなかったの?フフッ」
カタ「ハハッ、舌切り雀じゃないんだから。
くれた人、体にいいやつって言ってた」
ハヤト「何が出るかな…?」
ハヤトがつづらを開くと、マムシが浸かった瓶。
ハヤト「うひゃあ!」
カタ「マムシ!…飲み物?」
ハヤト「こんな大量に!?体には、いいかも」
カタ「飲んでみる?」
マムシ酒を飲む二人。
ハヤト「体が…はぁ……」
二人の頬が紅潮し発汗、息が上がる。
カタ「ふぅ……あっつ…」
着物をはだけるカタ。
ハヤト「ブフォッ」
カタ「むせた?」
ハヤト「ゲホッガハッ!」
ハヤトの手に血。
カタ「大丈夫か?結核?」
ハヤト「違う、鼻血!」
ハヤトの鼻から流血。
カタ(血を嗅ぐと血が騒ぐ)
「う、裏の川で流そう!」
カタ、外に出ると村の子たち(マス、ガキ大将、ユル)がいる。
マス「カタ様、今日もこちらにいらっしゃったんですか」
ハヤト「誰か来てるの?」
ハヤトひょっこり覗き出る。鼻血まみれ。
ガキ大将「げっ、血だ!きったねー!」
ユル「けっ、結核だ!」
ハヤト「鼻血だよ!」
カタ「問題ない」
ユル「……カタは鬼だから、強いから平気なんだ」
マス「俺たち人間は、弱いんですよう…」
ハヤト「ゴホッゴホッ」
ガキ大将「きたねーから、どっか遠くに行っちまえよ!」
ハヤト「……」
カタ「なんなんだお前ら!群れやがって…
よってたかって、誰かを蔑まずにいられないのか!!」
ピシャッゴロゴロゴロ、落雷。
カタ、鬼のような形相で髪の毛が逆立ち牙を剥く。
ザーッと激しい雨が降り出す。
ガキ大将「うわぁー!」
マス「やっぱり鬼だー!」
村の子たちが逃げ出す。
残された二人が佇む。
ハヤト、雨で鼻血を拭う。
ハヤト「ひょっとして、カタが落としたの?雷」
カタ「知らない…」
ハヤト、カタの手を取る。
ハヤト「ごめん、僕のせいで。
カタは、せっかく村に受け入れてもらえてたのにね」
首を振るカタ。
カタ「鬼への恐怖が、神への畏怖に変わっていただけだ。
異質で怖がられているのは変わりない」
ハヤト、カタの手を引き、お堂の裏の川へ向かう。
ハヤト「…どこか、ここじゃない所へ行っちゃおっか。二人で。」
カタ「俺はひとりでいい」
ハヤト「ひとりだと寂しいよ」
カタ「ひとりで何が悪い。ひとりの方が楽だ」
ハヤト「なんで?二人の方が、楽しいじゃん。
本当は皆と仲良くできたら…もっと楽しいだろうね」
カタ「無理だ。食いたくなる」
ハヤト「僕のことも?」
カタ「ああ」
ハヤト「それって僕のこと好きってこと?」
カタ「え?」
ハヤト「食べちゃいたいくらい好きってこと!?」
カタ「違う、そうじゃない!」
ハヤト「なんだ違うかー。ケホッ」
カタ「(ボソッと)うざいんだよ…」
ハヤト「え?ゲホッゴホッ」
カタ「うるさいんだよ!その咳も、お節介な言葉も!!」
カタ、ハヤトの手を振り払う。
カタ「咳は心配だけど、気にかけてくれてありがたいけど…
それと同時にわずらわしい!嫌なんだ
……そう思ってしまう自分も、もう嫌だ」
ハヤト「僕はカタが嫌じゃない」
カタ「……どうか、放っておいてくれ」
ハヤト「人は、ひとりじゃ生きられないよ。僕がひとりにさせない」
カタ「俺は、鬼だ。人といると辛いから…お願いだ、ひとりにしてくれ……!」
カタ、お堂の近くの桃の木の根元に、穴を掘り出す。
ハヤト「何してるの?」
カタ「穴、掘ってる」
ハヤト「なんで?」
カタ「穴の中は静かだから」
呆然と見るハヤト、穴をどんどん掘り深めるカタ。
カタ「この世界で、俺は居たたまれない」
ハヤト「…僕が君の居場所になる」
カタ「俺は異物だ。人をっ……殺してしまう前に、俺は、消えたい。」
カタ、穴の中から、穴の上にいるハヤトに叫ぶ。
カタ「頼む。俺を埋めてくれ!」
泣きながら土をかけるハヤト。
ハヤト「本当に…それでいいのか?…そうするしかないのか?」
カタ「人といると苦しいんだ。俺は半分鬼だから、どうしても人を食いたくなる…
俺がいなくなった方が、村が平和になるんだ…!」
ハヤト「僕はカタと一緒にいたい!
君が好きだ!」
カタ「俺もお前が好きだけど!嫌いでっ…気が触れそうだ!!
もう…穴があったら入りたい。穴を掘ったし篭もりたい」
ハヤト「僕がきっと、君を救う…。何年かかっても、きっと、この世界を……
鬼も生きやすい世界にする!!」
ザッと土をかけ尽くし、カタを埋めおおせるハヤト。
落雷が落ち、お堂が燃え上がる。
ハヤト(君のためなら、僕は修羅(おに)にだってなる……!)
ハヤト(いく年もいく年も時は流れ、君は民話になった)
[昔々あるところに福々しい娘がおりました。
娘を鬼がさらい、子が生まれました。右半分が鬼で、左半分が人でした。
おじいさんは鬼のすみ家を探しあて、娘と鬼の子を連れ出しました。
舟に乗り川から逃げようとすると、鬼が追ってきて川の水を飲み干しました。
3人が尻をめくって叩いたら、鬼は大笑いして水を吐き出したので、無事人里に逃げ帰ることができました。
ところが鬼の子は、「人間を食いたくなるから、死にたい」と言って穴に埋まりました。しばらく後、そこから蚊が出て人の血を吸うようになりました。]
参考民話:「鬼の子小綱」「片子」
ハヤト(何度も何度も生まれ変わり、僕は……)
(坊さんになっては、鬼に向き合い)
鬼に念仏を唱える僧侶
(政治家になっては、社会を変えようとし)
演説する政治家
(心理学者になっては、人の内なる鬼を研究した)
荒れ狂う患者にカウンセリングする臨床心理士
(そして現代(いま)
多様性の時代ーー)
川に面した野原に桃の木が生えている。
そこに、現代の洋服を来たハヤトがしゃがみ込んでいる。
ハヤト「カタ……今度こそ、出てきてくれないか?
……もういいかい?」
土が盛り上がり、カタが出てくる。
カタ「もういいよ」
ハヤト「出たー!!やっと出てきたー!」
カタ「まじで、もういいよ!
ハヤト、何回生まれ変わってんの?なんっで、記憶を宿したままなの!?」
照れながら応えるハヤト。
ハヤト「え?執念ってやつ?へへ…」
カタ「誉めてないよ。その執念、鬼並だよ!
あれ?ツノ?生えたの!?」
ハヤト「ああ、これ?ツノアクセ。付けたり外したりできるんだ。
ちなみに目はカラコン」
カタ「お、おう」
ハヤト、指でツノをつくり、鬼ポーズ。
ハヤト「今流行ってんだー。見慣れちゃえば、怖くないだろ」
カタ「そ、そうかもな」
ハヤト「だから、そろそろ穴から出て、人生楽しもうぜ!」
カタ「俺は、静かに暮らせればそれでいい」
(こうして人と鬼は、すれ違いながらも生きていきましたとさ)
↓前の話はこちら
◯第1話 照らされる
◯第2話 まつりまつられ