建設業の人材定着についての研究
神戸大学大学院経営学研究科で、建設業の人材定着について研究を進めてきました。
人材定着に関わる建設業界の課題は、大まかに分類すると行政が主導して取り組むべき課題と、企業が主導して取り組むべき課題と、企業の管理者やスタッフが取り組むべき課題に分けられるようです。
それぞれの課題はスケール感が違い、解決までに長く時間がかかるものから、従業員の意識や関係性ひとつで解決するものまで幅広いソリューションが存在してます。
行政の課題でも、企業との関わりなしには解決できませんし、企業主導の課題でも当然従業員の協力なしには解決できず、それぞれ複雑な相互関係の上に成り立っています。
私が一企業の経営者として考えたのは、自身の会社を今後どのような会社にしていきたいか、そのために解決するべき課題はなにかという身近な問題意識でした。
人材定着の課題
行政が主導して取り組む課題
労働時間や労働環境に関する課題がこれに当たります。建設業界の体質とも言える長時間労働や、3Kに代表される労働環境の改善です。
発注方式や工期、諸制度に大きく関わるため、行政・発注者・建設会社が一体となって解決しなければなりません。
今後の業界の趨勢を左右する最も重要な課題であると言えますが、課題解決には非常に長い時間がかかり、まだ道半ばと言えるでしょう。
企業が主導して取り組むべき課題
労務管理や働きやすさに関する課題がこれに当たります。給与水準の向上や、休みの取りやすさ、福利厚生など職場の環境に代表されます。
もちろん、行政や発注者の川上での改善は重要ですが、建設会社の主体性が強く求められ、昨今「働き方改革」として推進され、対外的にPRされているものの多くは労務に関する問題であると言えます。
企業主導の課題については、入札要件や労働基準法など制約が強いため、各企業比較的前向きに推進しており、肌感としては大企業も中小企業もここ数年でかなり改善されてきていると感じます。
管理者やスタッフが取り組むべき課題
最後に、管理者やスタッフが取り組むべきは、仕事に関連したポジティブで充実した心の状態をつくる人材のマネジメントに関する課題です。
建設関係者が永く業界で働きたいと思えるような、仕事への愛着や没入に関する課題であると言い換えることもできます。
建設業界に長くいると見逃してしまいますが、建設業のものづくりは、他の製造業と比較してもかなり特殊です。
その代表が単品受注生産に起因する製品の複雑性、施工に関する不確実性などの不確定要素の多さです。その特殊性に合致した人材マネジメントは未だ確立されていません。
その特異なプロセスにおける従業員の関係性に着目した人材マネジメントのあるべき姿を明らかにすることが、建設業に人材を定着させる鍵になると私は考えており、実務と学術の両方において自身の研究課題となっています。
建設業に合致した人材マネジメント
建設業界は、現在働き方改革やDXの推進により、他業種から遅れを取りながらも、働き方が急速に変化している業界でもあります。
業界の特性としてしばしば指摘される労働環境の悪さや、長時間労働の常態化は見直されつつあり、働きやすい業界となるべく建設業界全体で前向きに変化していこうという機運が高まっていると言えるでしょう。
人材の定着についても、職員の働きやすさに配慮し、労働時間削減や業務効率化への取り組みを積極的に推進する企業も増えてきています。
しかし、先にも述べた通り、建設業の特性に合致した人材マネジメントの構築は未だ成されておらず、その特殊性を鑑みない汎用的な改革にとどまっているとも言えます。
求められるのは、建設業のものづくりプロセスの特徴であるその相互依存的な創発的性質を考慮しものづくりプロセスに寄り添った、ものづくりの価値の最大化と連動した人材定着のマネジメントです。
私の研究は、そのような人材マネジメントのあるべき姿をとらえ、建設業界の進歩の一助となることを目指しています。
今後の研究の方向性
現在は、大学院の博士後期課程に進学して研究を進めており、チームでの援助行動を促進する「チーム認知」や「共有メンタルモデル」に着目しています。
膨大な「部分」の集合体として形づくられる建築の「全体」の成果を、小さな組織単位であるチームの相互作用によって最大化することが、最終的に組織に残ろうという凝集性につながっていくことをとりあえずの仮説とし、日々研究を進めています。