#ロンドンのウソつき 「キッカケ」 No.6
小説 #ロンドンのウソつき 「キッカケ」 無料連載中です。
最初から読んで頂ける方はマガジンにまとめていますのでNo.1からどうぞ。
#ロンドンのウソつき 「キッカケ」 No.6
・
・
・
「えー、足は大丈夫だったんですか!?」
松下がそれまで深めに座っていたイスから少し身を乗り出していた。
「自分では骨折だと思っていたけれど、病院でレントゲン検査をしてもらったら折れてなかったんだよね。結局は打撲と少しの擦り傷とかだけだった。」
僕は松下に話しながら、いろいろと新しく思い出したことも頭の中で描いていた。
病院に着いてキャスター付きベッドのまま運ばれる際に、病院の正面入り口から入ったので待合室や診療に来ている人たちからジロジロ見られて恥ずかしかったこと。
傷の手当てが終わった後、迎えに来てもらうために家にいる親に電話をするのが億劫だったこと。
僕が診察を終えて待合室に出た時、軽バンの運転手が病院の待合室で待っていてくれて、この人は今日の仕事をキャンセルして大丈夫なんだろうかと心配をしたこと。
そんな当時の蘇った記憶を整理しながら松下にも伝えた。
「で、その事故と50万円が何か関係あるんですか?」
松下が不思議そうに聞いてきた。
「バイクの弁償代や病院への通院代、バイトに行けなかった分の補償、それと慰謝料とか。それらもろもろが合わさって50万くらい。軽バンの運転手側の保険で支払われたんだよ。」
続けて松下に答えた。
「一応、当時は21歳で成人している身だし、本当は自分でいろいろと向こうの保険会社との対応をしないといけないんだけど。恥ずかしながら僕はそこまで世の中を知ってなかった。だから親父に全て手伝ってもらいながら進めたんだよね。あー、成人になっても全然だめだなぁ。って当時は思ったよ。」
僕は当時の自分の頼りなさを恥じる気持ちがジワジワと心の中に溢れてきた。
「そうだったんですね。確かに自分が事故に巻き込まれたとしたら、私ならどうしていいか分からなくなりそうです。」
松下の紅茶はもう半分くらいになっていて、すっかり冷めたのか紅茶から湯気は出ていなかった。
僕はもうコーヒーを飲み終えていたが、カップを自分のお腹の辺りでずっと大事に持っていた。
「別に宗教とか信じている訳でもないし、都合の良い解釈なんだけど。当時はお金を貯めようと思った矢先にポンっと50万円が手に入ったもんだから ”これはイギリスに行けという意味に違いない” なんて思っていたんだよね。」
「でも前向きな考えって大切ですよねぇ。」
松下が空を見上げながら共感した。
空はロンドンらしい曇り空だ。
僕は昔から物事を前向きに考えることができ、この出来事もプラスに捉えていた。
でも30代となった今ならそこまで能天気に考えることはできないし、当時は良い意味でも悪い意味でも若かったなと思った。
「まだ停電続きそうですね。」
松下が自分の与えられた仕事を進めることができず、申し訳なさそうに言った。
松下もいつの間にか紅茶を全て飲み干していて、マグカップは両太ももの上にちょこんと置かれていた。
「あっ、そういえば冷蔵庫の上にビスケットがあったよね。この前インタビューさせてもらった時、デザイナーのフレッドさんが差し入れで持ってきてくれたやつ。もっと早く気づけば良かったなぁ。このタイミングで食べようか。」
僕はもう1杯コーヒーを飲む口実にまだ食べずに残っていたビスケットを食べようと決めた。
平たい缶の箱に入ったマークス&スペンサーのビスケットだ。
「えー食べたいです!じゃー私、もう1杯コーヒー入れてきますね。谷山さんはブラックでいいですか?私はキッチンにあるハーブティーもらってもいいですか?」
「全然良いよ。僕のはブラックコーヒーでお願いします。ちょっとトイレ行ってからビスケット持って戻ってくるよ。」
そう言って僕と松下は薄暗い事務所の中に入ってそれぞれの準備を始めた。
停電がいつまで経っても復旧しないので、もう今日は仕事のやる気はすっかり無くなっている。
続く
・
・
・
最後までお読み頂きありがとうございます。
「スキ」や「コメント」など頂けますと執筆の励みになります。
フォローをして頂けますと、更新時に見逃さずに読んで頂けます。ぜひフォローをよろしくお願いいたします。
またツイッターのフォローもよろしくお願いします。
https://twitter.com/hieisakurai
この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
「お礼を言うこと」しかできませんが、サポートもぜひよろしくお願い致します! 今後の執筆時のリサーチ予算として利用させて頂きます。