100年続くレストランを目指して vol.1
東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ柴田秀之が日々考えていることを綴っているnoteです。2020年10月「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」からスタートし、「クレリエールの料理」を経て、連載第3弾は「クレリエールを今から100年続くレストランにする」をテーマに食材や生産者さんとクレリエールのお話をしていきたいと思います。
★過去の連載は文末にリンクがございます。ご一読いただけたら嬉しいです。
はじめに
ミシュランの星を目指している料理人で「食材に関心がない」という人はいないでしょう。関心どころか、一般の方から見たら「そこまでやるのか!」と驚くようなこだわりを持つ人も多いんじゃないかと思います。毎日必ず市場に行って自分の目で選ばないと気が済まない、プロ中のプロの仲買人さんからしか買わないと決めている、生産者さんと密な関係性を築き、時には産地にも赴く、畑づくりから手掛ける、自ら銃を持って猟に出る・・・。どれが正しいとか優れているということではなく、それぞれポリシーがあってのこと。食材によっても違うでしょう。シェフが100人いたら100通りの食材との向き合い方がある、と言っても過言ではないかもしれません。その一方で、食材をめぐる環境は年々厳しさを増しています。質の良し悪しを問う以前に、食材自体が存在しなくなるかもしれない。日々、多くの食材と向き合い、プロとしてお客様に料理をお届けしている身として看過できない問題です。だからこそ、料理人として一貫したポリシーを持つこと、そしてそのポリシーに従ってどのように食材と向き合っていくかということが、今後ますます大事になるように思うのです。
Vol.1 「ごきげんファーム」の卵
今回、テーマも新たにスタートした連載の第1回を飾るのは、「ごきげんファーム」の卵です。出会いは、全く思いがけないものでした。でも今では「運命の出会い」だったと思っています。
きっかけは常陸牛。このnoteでも以前ご紹介しましたが、茨城県の銘柄牛である常陸牛を使った特別メニューを期間限定で提供する企画の一環で、独自の手法で良質な常陸牛を育てている「ドリームファーム」へ視察に伺うことになったのです。「せっかく茨城県へ行くなら他の食材も見てみたい」と、企画を持ってきてくださった料理通信の方にお願いして連れて行っていただいた中に「ごきげんファーム」がありました。
当初の目的は、野菜でした。つくば市にある「ごきげんファーム」は、NPO法人つくばアグリチャレンジが運営する農場で、さまざまな障がいのある方たちと一緒に質の良い有機野菜を作っているというので、それを見せていただこうと伺ったのです。
ところが、着いて最初に案内されたのは養鶏場。野菜づくりのほかに養鶏とお米づくりもしているそうで、平飼いされている鶏たちや鶏舎の様子、飼料などを見せてくださいました。
実を言うと、僕はこれまで産地訪問を殆どしてきませんでした。レストランモナリザ時代に数回、河野シェフと一緒に行ったことはありますが、意識は“シェフのお供”。新鮮な食材に触れることは楽しかったものの、自分から積極的に知ろうといった気持ちはなかったですし、産地に行く時間があったら店で料理を作っていたいと思っていました。だから独立してレストラン ラ クレリエールのオーナーシェフになってからも敢えて産地に行こうとは思わなくて、雑誌の企画などでお声がけいただいてもお店の営業を優先してお断りしていました。
そんな僕なので、養鶏場は初体験。ちょうど美味しい卵を探していたこともあって興味津々でした。鶏卵事業を担当されている荒間さんが、実際の現場を回りながら鶏の飼育から卵の収穫、飼料作り、卵のパック詰めなど丁寧に説明してくださいました。しかし見るのも聞くのも初めての僕は、よく分からない。「こだわっている」ということは分かります。丁寧な仕事ぶりも分かる。でも、それが養鶏の世界で良いのか悪いのか、良いにしてもどのくらい良いのかが全く分からないのです。
だから、帰ってすぐに調べました。平飼いとゲージ飼いの特徴や日本での割合、国内と海外の養鶏事情の現状、等々。自分が納得できるまで相当な時間をかけて調べていく中で「ごきげんファーム」の養鶏がどのくらいのレベルにあるのか見えてきて、「この卵をクレリエールのお客様に食べていただきたい!」と心から思えるようになりました。
※「ごきげんファーム」の養鶏がどんな感じか知りたい方は、「【茨城県公式】シェフと茨城」のnote記事を読んでみてください!
さらに僕の場合、美味しい卵を求める中で毎回ネックになるものがあります。それは「臭い」。魚臭いのが苦手、というか、卵のように“魚ではないもの”から魚の臭いがするのがダメなのです。
「卵なのに魚の臭い?」と思う方もあるかもしれませんが、鶏のエサに魚粉を混ぜるのはよくあることで、魚粉の入ったエサを食べた親鶏が生む卵には微かですが魚の臭いが入ります。僕はそれを「嫌な臭い」と感じてしまうのです。もちろん魚粉は悪くありません。鶏が卵を産むのに必要な動物性たんぱく質を補ったり旨味を引き出したりするために魚粉入りの配合飼料は広く市販されていますし、自家飼料に混ぜる養鶏場もあります。卵に魚臭さが移らない工夫などもあるみたいです。「ごきげんファーム」は大豆や小麦、牡蠣殻や米ぬかなどを発酵させた飼料を作って鶏に与えているとのこと。ただ、食欲の落ちる夏場に向けて魚粉の使用も考えているということで、試験的に魚粉を食べさせた卵と食べさせていない卵の2種類をいただいて帰ってきました。
さっそく食べてみると、どちらも嫌な臭いが全くありません。その上、後味もべたつかずスッと消えるよう。素晴らしい味わいに驚きました。
昨年12月に伺って以降、クレリエールの卵は全て「ごきげんファーム」から仕入れています。
冒頭の「料理人によって食材に対するポリシーがある」という話に戻りますが、僕の場合は「安全・安心であること」がかなり大きなウェイトを占めています。レストランの料理人である以上、「お客様の身体に入るものを作っている」ことは忘れてはいけないと思うからです。またレストランである以上、「美味しさ」も求められます。けれども僕は、素材に対して常に最上級の美味しさは求めません。これも料理人としての大事にしているポリシーの一つなので、この連載のどこかでしっかりお伝えしたいと考えています。
「安心・安全な食材」をずっと使っていくためには、それらがずっと仕入れられる状況でなくてはなりません。つまり、生産者さんや猟師/漁師さん、仲買人さんがその食材をずっと提供し続けられることが大事になります。僕はクレリエールを100年続く店にしたい。だったら、食材も100年提供し続けてもらう必要がある。そのために料理人として出来ることは何か?
それを考え、ひたすら試行錯誤しているレストラン ラ クレリエール&柴田のお話をしていくのが、今回から始まった連載です。よろしかったら、ぜひおつきあいください。よろしくお願いいたします!
★過去の連載はコチラからご覧ください。
最初の連載「ミシュラン三つ星レストランへの挑戦」
第一章 レストランのシェフになる
第二章 プロの世界へ
第三章 「料理長」を見据えて
第四章 レストラン ラ クレリエール
第五章 オーナーシェフの「仕事」
第六章 ミシュラン三つ星を目指す