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ミシュラン三つ星レストランへの挑戦 vol.29

東京・港区白金のフレンチレストラン「ラ クレリエール」のオーナーシェフ、柴田が日々、何を考えているかを綴ります。

第六章 ミシュラン三つ星を目指す

vol.1からご覧いただく場合、あるいは章ごとにご覧いただく場合はコチラからどうぞ
 → 第一章 レストランのシェフになる
 → 第二章 プロの世界へ
 → 第三章 「料理長」を見据えて
 → 第四章 レストラン ラ クレリエール
 → 第五章 オーナーシェフの「仕事」

29.レストランの文化 

三つ星から二つ星へ

僕が入って間もなく、ル・グラン・ヴェフールは星を一つ落として、二つ星になりました。
その日、僕はいつものように地下の厨房で朝の仕込みをやっていました。すると、いきなり「全員、1階のサロンに上がってこい」と呼ばれ、行ってみると既に40人くらい、ほぼ全員のスタッフが集まっている。中心にはムッシュマルタンの姿が見えました。全員集合し、ムッシュが何か話し始めたけれど、その当時、僕はまだフランス語が殆ど分からず、どんな内容か見当もつきません。スタッフの中にフランス経験が長く言葉も堪能だった辻調の同級生がいたので尋ねると、「どうやら『ミシュランの星が落ちるぞ』という話をしているようだ」と言う。「一大事だ!」と内心のドキドキを抑えながらムッシュを見ると、特に落胆した様子もなく穏やかに話し続けています。
「この結果を真摯に受け止めて、もう一度、三つ星になろう」
そんなシェフの言葉を静かに受け止めるスタッフたちの表情からは、今までと変わらない、あるいはそれ以上に高いモチベーションが伝わってきました。

二つ星がもたらしたもの

いざミシュランからギッド・ルージュが発行されると、二つ星ショックが様々な形で現れ始めました。先ずは電話!朝から調理場の電話が鳴りやまなくて、シェフ二人がつきっきりで対応に追われていました。調理場の電話なので、お客様からではありません。仕入れ先や関係の業者さんが、「ミシュランはおかしいよ!」「大丈夫!きっとすぐに三つ星に戻るよ」と励ましの電話をしてきてくれていたのでした。3日間くらい続いたと思います。
同様の声はお客様からも数多くいただきました。その反面、満席にならない日が出るようになりました。調理場のデシャップ台にその日の配客表が置かれるのですが、見ると満席だと「60」のはずなのに「48」と書いてある。入店以来連日ほぼ満席だったので、初めて見た数字でした。
それでもお店の雰囲気は変わりませんでした。ムッシュマルタンはにこやかにお客様を迎え、厨房もホールも最高のクオリティを求めてモチベーション高く仕事をしていました。ただ、ムッシュとシェフたちが話し込んでいる場面は増えたように見えました。

町場のカフェで

ル・グラン・ヴェフールはお休みをしっかりとるお店で、金曜の夜と土日がお休みでした。当時、僕はモンマルトルのアベスに住んでいて、休みの日の朝は近所のカフェでコーヒーを飲むのが習慣になっていました。
二つ星になって最初の休みの日も、いつものように行きました。すると、オーナーが何も言わずにコーヒーを出してくれた。「お前のせいじゃない」と言われている気がしました。
ごく普通の、よくある街のカフェです。40歳がらみのオーナーは、三つ星レストランになんて行ったことはないし、おそらく今後も行くことはない、「自分とは無縁のもの」と思っているでしょう。それでも彼は、僕の職場がどんなレストランなのか知っていて、「ミシュランの星を落とす」ということがどんなことかを知っているのです。
フランス人にとって、ミシュランってそういうものなんだと思いました。
なんて素敵な文化なんだろう、と。
翻って考えて、日本、あるいは世界でもトップクラスの星つき店数を誇る東京で、果たして同じことが起こり得るんだろうか?と思います。そして、そこでミシュランの星を取ることの意味は・・・?

カフェでの出来事は、僕に「自分がやっている仕事の質が店の評価に直結していること」、そして「店はこのオーナーのような街の人々が誇りに思っている存在なのだ」ということを改めて気づかせてくれました。僕らはムッシュのような“上の人たち”の看板で仕事をさせてもらっているけれど、同時に、自分の仕事が上の人たちの評判を作っている。だから星を落とせば、周りの人たちは僕らに対して「がんばれ」「気にすることはない」と言ってくるんだ、と。そういう形で、いろんな人の人生を巻き込んでいくのがミシュランであり、だからこそ、その星が「変わる」というのは凄いことなんだ、ということを実感しました。

日本に帰る日にも、このカフェに行きました。そして「今日、帰る」と言った僕に、オーナーはまたコーヒーを奢ってくれました。パリに行く機会があったら、必ず行きたい場所の一つです。そしてまたお休み気分でコーヒーを飲みたいですね。

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このnoteを初めて読んでくださった方へ
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はじめに初めまして。ラ クレリエールの柴田です。
白金でフレンチレストランのオーナーシェフをしています。
2020年のコロナ自粛の間、レストランのあり方や自分が今後進むべき道など色々と考えました。その中で「ミシュランで三つ星を獲得すること」を一つの指標として強く意識するようになりました。
そして、どのようにすれば三つ星を獲得できるのか、三つ星にふさわしいと皆様から認めていただけるのか、日々、考えたことや行動したことを記録に残そうと考えました。
ご興味を持っていただけたら幸いです。

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