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幻の光/是枝裕和監督
是枝裕和監督の「幻の光」(1995年製作)を見る。宮本輝の同名小説を原作としたこの映画は、是枝監督の最初の長編作品であり、主人公ゆみ子を演じる江角マキコもこれがデビュー作、ゆみ子の(初めの)夫役の浅野忠信も随分と初々しい。映画は「生と死」「喪失と再生」をテーマとし、物語の舞台は関西の下町(尼崎だという)から石川県輪島市へと紡がれる。
ゆみ子の祖母は「四国に帰る」と言い残し、そのまま行方不明になってしまった。祖母を止められなかった小学生の彼女は自責の念に駆られており、そんな時に自転車に乗った郁夫(浅野忠信)に出会った。25歳のゆみ子は郁夫と結婚して、慎ましくも愛情に満ちた暮らしの中で息子勇一を授かったのだが、幼い日の祖母との「別れ」が彼女の夢の中で比重を占めるようになっていた。
ある日郁夫は、鈴のついた自転車の鍵をゆみ子に預け、傘を持って仕事場に出かけていった。郁夫の後ろ姿を見送るゆみ子だが、その晩遅く郁夫が列車に轢かれて亡くなったことを知らされた。まだ3ヶ月の息子を残し命を絶った理由について、ゆみ子には全く思い当たることがなかった。
5年の月日が経ち、奥能登の小さな村に住む民雄との再婚が決まり、ゆみ子は住み慣れた町を後にした。輪島の駅に遅れて来たのは民雄(内藤剛志)と娘の友子。4人を乗せた車は小さな漁村にたどり着く。ここから祖母と郁夫と二つの死を抱えたゆみ子の二つ目の物語が進んでゆく。
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自分が能登に行ったのは大学に入って1年目か2年目の冬だと思う。1990年頃のことだから、是枝監督が映画で奥能登を撮った時期とさして変わらないはずだ。今となっては旅先に能登を選んだ理由すら思い出せないが、金沢で前泊し(まだ金沢21世紀美術館もない時代だ)JRで輪島駅へと向かった。当時はまた七尾線の終点である輪島駅も開業していた。朝市が引けた後の町の姿も映画そのままであった。翌朝(たぶん)1日1往復の路線バスに乗り奥能登まで行き、終点で再び同じバスで輪島まで戻ってきた。ただそれだけの話である。バスは映画に出てくるそれと同じもので、車窓から見える冬の奥能登はまさに映画の冬空そのものであった。自分が能登を旅したのはそれきりである。
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是枝監督の映画は、「誰も知らない」(2004年)「そして父になる」(2013年)「万引き家族」(2018年)「ベイビー・ブローカー」(2022年)「怪物」(2023年)くらいしか見ていないと思う。真面目な是枝ファンとは言えないが、この長編デビュー作の「幻の光」では、その後の彼の映画が湛える厳しい社会への眼差し、あるいは内に秘めた「怒り」のような感情はまだ見えていない。
里帰りがきっかけとなり再び負の感情に囚われたゆみ子は、無意識に「緑色の自転車」を選んでしまう息子勇一に戸惑い、心をかき乱される。そんなゆみ子の「傷」に静かに寄り添い、二人の子どもたちに導かれるように自らの心と和解し、民雄を受け入れひとつの「家族」となる「再生の過程」を、この時の是枝監督はまだ信じていたことがわかる。
映画が公開された1995年といえば阪神淡路大震災が起きた年だが、少なくとも宮本輝の原作(1978年)での前半の舞台が尼崎の町であるとするならば(ロケ地は鶴見線の国道駅などが使われているとしても)、映画「幻の光」のフレームは「イメージとして」震災前の彼の地に連ねられてはいるはずである。当時の自分は海外に居住しており、KOBEの惨状を外国メディアの報道を通して、映画同様の抽象化されたイメージとして知った(まだまだインターネットが普及する以前のこと)。そして、その時はまだ崩壊してゆく日本という国のありようについて知る由もなかった。
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自分は是枝監督の「幻の光」を美しい映画だと思っている。正確に刻まれた一つひとつのフレームは時に硬くもあるし、物語の連なりにはぎごちなさも残る。それでもなお、この映画が記述したゆみ子の「再生」を、この美しい土地の過去ではなく「未来」に重ねて見ることができることは「映画」という奇跡だと思うのだ。
29年後の今年一月、奥能登地域を中心に各地で甚大な被害をもたらした能登半島地震を思いながら…。
監督:是枝裕和
出演:江角マキコ | 内藤剛志 | 浅野忠
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