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あのこと/オードレイ・ディヴァン監督

去年2022年は映画日記を30本の投稿をし、そのうち「特集」(ジャック・リヴェット、ウォン・カーウァイ、ルイス・ブニュエル、シャンタル・アケルマン、カール・ドライヤー、ヤスミン・アフマドなど)ではそれぞれ4、5本まとめて上映するので、トータルで50本程度は鑑賞したことになる。

今時はサブスクで映画を見る者も多かろうが、自分は映画は映画館で見る派なので、物理的にはこれでほぼ限界だ(美術館の展覧会も相応に見るし…)。しかし、新作で映画を見ること、あるいは特集上映という必然で映画を振り返ることは、他には代え難い快楽なのだ。予告編が終わり映画の画面比率に合わせ黒いカーテンがザーッと移動する、それが自分にとっては映画鑑賞のスタートだ。


さて、今年の1本目はオードレイ・ディヴァン監督の「あのこと」である。望まぬ妊娠をしたアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)の12週にわたる葛藤についてこの映画では語られる。アスペクト比はスタンダード画面に近い1.37対1だが、広がりがない画面からアンヌのその苦しみが滲み出てくる。去年2022年にノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーの自伝的小説『事件』を原作としたこの映画(原題は「L'Événement」)は、2021年のヴェネツィア映画祭の金獅子賞でもある。

子どもは欲しいとしてもそれは今ではない。大学の文学部に在籍する彼女は自分の未来のために「それ」を決断する。だが、60年代のフランスでは中絶は違法とされ、本人は勿論、医師や仲介者までに厳しい罰則が伴う(それが実に1975年まで続いたとのこと)。友人からも理解を得られない孤立する状況の中で、アンヌ/アニー・エルノーはいかに戦ったのか。

1週目から12週目まで、この物語の最初から最後までが徹頭徹尾「自己決定権」の話で貫かれている。アンヌの下したその最終的な決断、非合法で命の危険を伴うそれについてでさえ、「堕胎か流産か」そしてそれ故の「有罪か無罪」かの判断は、当時のフランスではまだ医師の手のもとにあった。結果として彼女が前へ進み、後に小説家としてノーベル文学賞を勝ち取ったのはまたほんの偶然でもある。そしてまた、アンヌ/アニー・エルノーのような労働者階級出身の女性が、学位を取り自分自身の人生を切り開くのは、当時はまだまだ難しい時代でもあったのだ。

同種のテーマを扱った映画として、リザ・ヒットマン監督の「17歳の瞳に映る世界」(2020年)が頭をよぎるが、最終的に少女オータムが、大人たちに「守られた」のだとすれば、アニー・エルノーを始め、多くの女性たちの「戦い」の結果であろう。とはいえ、今なお世界では女性への抑圧は続き、またアメリカでも中絶への判断が保守化へ回帰する判決が出ている、今はまたそういう時代でもあるのだ(日本についてはまた別途取り上げるべきであろう)。

「L'Événement」。アニー・エルノーの原作とはまた違った語り口ではあるが、オードレイ・ディヴァン監督の映画の方もまた、アンヌを演じたアナマリア・ヴァルトロメイ同様、圧倒的である。

監督:オードレイ・ディヴァン  
出演:アナマリア・ヴァルトロメイ | ケイシー・モッテ・クライン | ルアナ・バイラミ

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hideonakane
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