木戸駅から夜ノ森駅へ
2023年3月29日(水) Day 1
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と言ったのは梶井基次郎だが、自分も基次郎ほどにはペシミストであり、小説が書かれた1928年当時に彼が感じた「透明な」不安が頭から離れない。
自分は「桜」が得意ではない。「綺麗だな」とは思うが、要するに「人の熱狂」のようなものが好きではないのだ。とはいえ今回の「旅」の目的は明確に「桜」であり、今年に限っては桜の開花情報に目を配ってきた。SNSでは多くの桜の写真がアップされ、関東ではそろそろ満開の時期を折り返したところだ。
実は福島といっても広いもので、ここ「浜通り」は、冬でも比較的温暖な気候に恵まれ、関東に住む私たちが考える以上に桜の開花は早い。今年の3月は、仕事の上の予期せぬさまざまな案件の対応に追われ、正直、今回の「浜通り」行きは半ば諦めかけていた。ようやくホテルに予約を入れたのが先週末のこと。
木戸駅と
上野駅から「ひたち7号」に乗車する。発車が遅れ、乗り換えが心配されたたが、いわき駅では常磐線下り原ノ町行の普通列車が向かいのホームで待っていた。木戸駅12時46分着。
駅前にある「いつもの」合宿所のようなビジネスホテルのチェックインは15時だ。計画性がない奴だと思うなかれ。次の列車が着くのは2時間後の15時48分なのだ。とりあえず荷物の半分ほどをホテルに預け、散策を開始する。
正直驚いたのだが、駅舎のすぐ脇の桜が今まさに咲き誇っているではないか。随分と古木に見える。大津波も駅には到達せずに桜も難を逃れたということか。繰り返しこの地を訪れてはいるが、桜の季節でもなければ桜の木をそれと認識するのは困難のようだ。
海に向かって歩いてみる。少し駅を離れれば人家はなく、当然桜の木もない。いつもの風景は(直近でも2022年は2回、2021年は2回訪れている)巨大堤防の工事によって完成されたかに見えた。
例えば、元「仮置き場」付近にソーラーパネルが設置され、そこを起点に電線が連なっていることに気づく…なんだろうか。美しい風景の中に突如現れる「こういうもの」を、カメラの視界から消してしまいたいと思う自分の傲慢さに気づき、やり切れない気持ちになる。フォトショップで3ステップほどあれば「消して」しまえるこれらものこそが、人が生き、人が住むということではないのか。
天神岬を見上げると、何やら少し違和感がある。自分は視覚イメージ記憶で生きているので気づいてしまうが、そこには何やら赤い鳥居の先ようなものが見える。天神岬というぐらいで、実は岬の上には菅原道真公を祀る北田天満宮という神社があり、鎌倉時代に総本社の京都北野天満宮から勧進されたという。海に近い神社は津波のたびに移築され、現在の岬の神社は明治時代に建立されたとのこと。その17.2メートルの大鳥居が去年2022年の9月28日に竣工されたと…。
ああそうだ、桜である。天神岬スポーツ公園の敷地に植えられている桜の木が、ここ旧堤防脇から見えるのだ。
木戸駅から夜ノ森駅へ
15時ちょうどにホテルに戻り、預けた荷物を受け取りチェックインする。次の木戸駅発の下り列車は48分後なので急いで支度をする。まずは夜ノ森に咲く「桜」の状況の下見である。夜ノ森駅16時04分着。撮り鉄さんからすればとても貧相であろう写真を1枚撮る(笑)
2020年3月のJR常磐線全線開通後、初めてここ夜ノ森を訪れた翌2021年2月には駅前もまだ工事中で、「特定復興再生拠点区域」とはいえ通行が許可された総計1キロ程の道路上を除き、路地の入口という入口は全て柵で塞がれていた。もちろん夜ノ森公園脇の桜並木の入口にもバリケードが張られ、そこには警備員が常駐していた。怪しげな旅行者はパトロールの車両に監視されていた…と思う。
2022年1月26日に夜ノ森地区全域での住民の帰還が認められ、同年7月の再訪時にはそれらの柵も全て取り払われていた。青々と繁る葉の「桜街道」を眺め、これを、この桜の花が咲き誇る姿を自分の目で見てみたいと、その時思ったのだ。
無人の駅の東口の階段を降りる。1時間ほどの滞在となるだろう。去年7月に来た時はまだ壊れた建物もそのままの姿で残っていたのだが、今では駅前の区画の、そのほとんどの家屋が取り壊され更地になり、冬枯れのセイタカアワダチソウだけが土地を見守っている。12年という歳月の重みは大きい。
北東角のさくら通りに入る。桜並木はここで大きくL字型に折れ曲がり、そこから国道6号線に突き当たるまで1キロほどの絶景が続く。今まさに満開。それはそれは「見事!」のひとことに尽きる。遊具も整備されたばかりの夜ノ森公園。子どもたちが遊ぶ姿が微笑しい。通行量は多いが、車を運転する人たちも皆スピードを落とし、満開の桜を楽しんでいるようだ。一方で少し歩けば、桜並木の奥そのむこうの敷地に「売地」の看板が目立つ。
駅に戻るところで、ゲームセンター「理想郷」の黄色い看板と、シャッターが下りた商店に掲げられた「桜並木」の看板の文字とをまじまじと見つめる。自分には分からない往時の町の賑わいを思い浮かべてみる。明日また来てみよう。
夜ノ森駅17時01分発、富岡駅17時05分着。ホテルは二駅先の木戸だが、富岡で下車して周辺を少し歩いた。駅舎は他の駅に比べて大きいし改札には特急券券売機もあるが、やはりここも無人駅である。整備された駅前ロータリーの一角に、避難指示解除後の早い時期から営業を続ける串カツ屋があり、そこでビールを飲む。明日は富岡に宿泊するので、続きまた改めて書こう。
つづく