見出し画像

マリウポリの20日間/ミスティスラフ・チェルノフ監督

ミスティスラフ・チェルノフ監督の「マリウポリの20日間」を見る。

マリウポリは、ウクライナ東部ドネツク州にある石炭や鉄鋼の輸出で栄えてきた港湾都市だ。ロシアにとってマリウポリは、ロシアが併合したクリミア半島と本土を結ぶ重要な位置にある一方で、ウクライナにとっては黒海の北のアゾフ海にアクセスする要衝である。

2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻。各都市に爆撃を開始する。 AP通信社のジャーナリスト、ミスティスラフ・チェルノフとエフゲニー・マロレトカはロシア軍の侵攻の情報を得て、それゆえロシアのマリウポリ侵攻は必至であると判断しマリウポリに到着した。開戦のわずか3時間前だ。

[当日のBBCの記事]

はじめはまだ、誰しもが「市民」にその攻撃が向かうとは思っていなかった。実際に最初の爆撃はマリウポリのレーダー基地などに向けられ、人々も「念のために」建物の地下に集まる…そんな状況ではあった。だが日を追うごとに病院に運び込まれる「市民」が増えてくる。公園でサッカーをする子どもが被弾し、救急車で病院に運ばれる。病院での状況がチェルノフらによって撮影され編集部に送られると、その映像が世界に伝わるニュースとなった。

ロシアの攻撃は「市民」に及び、重症患者で病院のベッドは足りなくなり、廊下に人が溢れ、薬や麻酔も不足するようになる。孤軍奮闘の医師はチェルノフに言う。「この惨状をカメラで撮ってくれ。世界に伝えてくれ。」と。遺体は持ち手が付いた黒いボディバッグに入れられ、病院から運び出され、市の職員の手で地面を掘った穴に投げ込まれる。そうするしかないのだ。

産科の病棟が爆撃されたとの連絡を受け、チェルノフら取材クルーは病院に急行する。明らかな戦争犯罪だ。爆撃を受け、担架で別の病院に運び出される映像がメディアに流れると、ロシアはそれを「フェイク」だとSNSを使って非難する(自分もその状況は記憶している)。戦争こそが情報戦なのだ。ロシアはインフラへの攻撃をさらに強め、個人のネットワークの遮断へと向けられる。スマホはすでに懐中電灯の代わりでしかない。

街も混乱を極める。店舗のドアを破壊し商品の掠奪すら起こる。メディアは掌握され、「市街地への爆撃はウクライナ軍による」というプロパガンダを信じる市民まで出てくる。チェルノフらは「フェイク」を打ち消すため、怪我を負った妊婦たちが移送された病院へと向かう。失う命もあるが生まれてくる命もある。だが病院の最上階に構えたカメラは、街の中心部に入場する「N」の字が車体に書かれたロシア軍の戦車を捉える。

ロシア軍によってこの病院が掌握され、チェルノフらが拘束されたとすれば情報の「真偽」は覆り、国際社会でのウクライナという国の信用にまで及ぶことになるだろう。様々な便宜を図ってくれる警察署長は、ウクライナ軍の特殊部隊を呼び出し、銃弾の飛び交う中、チェルノフらは彼らに導かれながらの決死の「脱出劇」を図る。

マリウポリは、その後5月にはロシアの手に落ちる。だが最初の激戦地である「マリウポリの20日間」の記録は、ウクライナの存在とその「正義」について国際社会に大きくアピールした。同時にそれは戦争の傷ましさと愚かさについて、深く考えさせる映像でもある。その意味に於いては「ジャーナリズム」の勝利の記録でもあろうか。


いいなと思ったら応援しよう!

hideonakane
ありがとうございます。サポート頂いたお金は今後の活動に役立てようと思います。