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精神(こころ)の声/アレクサンドル・ソクーロフ監督

2021-11-03鑑賞

アレクサンドル・ソクーロフ監督特集で、なんとか「精神(こころ)の声」だけは見ることができた。1994年、監督のソクーロフは旧ソ連のタジキスタン共和国に出兵するロシア国境軍に同行し、半年にわたり駐屯地を撮影をした。ロシアはアフガニスタン内戦に介入していたわけだが、内戦はその後激化し、撮影した兵士たちはそのほとんどが戦死したという。周知のように、タリバンが勢力を強めた結果としてアメリカの同時多発テロに繫る、あの戦闘なのだから。

ロングショットで捉えられた、雪の積もるロシアの大地。深い緑の針葉樹が見える。川縁だろうか。あるいは湖か。モーツァルトのピアノ協奏曲が流れ、ソクーロフ自身がモーツアルトについて静かに語る。30分、40分は続いたか。驚くべき長回し映像だ。風景は不動のまま、静かに時間だけが流れて行く。鳥が激しく飛び交う。男がひとり画面を横切る。遠くで銃声が聞こえる...。だがこれは無論この映画のプロローグにすぎない。白い大地に、男の寝顔が薄く重ねられる。

タジキスタンの国境、第11駐屯地の日常が始まる。対岸はアフガニスタン。スタンダードサイズ4:3の画面は、フィルムではなく放送用のベータカムで撮影されているそうだ。なんというのか、色褪せたというよりは調子外れな色調と、時折波を打ったかのような歪んだ音声がそのままの形で画面に現れる。過酷な環境でテープが劣化したのだろうか。今回の劇場公開はデジタルリマスターしてあるので、おそらく当時もこの画面で公開されたはずである。

兵士の日常は明るい。もちろん戦地の極度な緊張の裏返しだ。パンを焼きスープも作り、皆で食事を取る。ラジオから流れる流行歌。戦場撮影用に長いレンズも持って来ているのだろう。長大な距離のズームアウト。任期が来て除隊する兵士。新たに任務に就く兵士。塹壕。奇襲攻撃。土ぼこりと血と。武満徹の『波の盆』の不気味な響きが繰り返す。宿舎に戻り気がつくとひとり物思いにふける兵士たち。カメラが彼らの無言の横顔を捉える。そう、これは彼らの精神(こころ)の声なのだ。

12月31日。新年を共に過ごすことができない故郷の母親を思う若い兵士。ピロシキとケーキ。新年のカウントダウン。涙ぐむ兵士。年が明けるとソクーロフら撮影クルーも戦場を離れる。

言うまでもないが、これは「戦争映画」ではない。クレーンでカメラを吊り上げ戦闘全体を俯瞰することはない。2台3台のカメラが連動して作り出すドラマもない。前線の兵士は自分の生死をコントロールする情報すら持たない。「撃て」と命じられれば撃つ。それが戦場のリアリティではないか。ただそれだけだ。そうして彼らの精神(こころ)は疲弊していく。カメラはただただ兵士と同じ目線上にある。そして我々の目線もそこにおかざるを得ない。誰もが押し黙ってしまう、そんな映画であった。

映像は第1話。

監督:アレクサンドル・ニコラエヴィッチ・ソクーロフ

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hideonakane
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