風が吹くとき/レイモンド・ブリッグズ原作
レイモンド・ブリッグズ(1934〜2022)は、「スノーマン」の作者と言えば分かりやすいだろうか。彼の両親をモデルにした絵本「風が吹くとき」は、突如訪れた「核兵器の危機」についての物語で、1986年にジミー・T・ムラカミの監督でアニメーション映画として製作された(翌年日本でも公開)。音楽をロジャー・ウォーターズ、主題歌「When the Wind Blows」がデヴィッド・ボウイということで当時見た人もいると思う。自分は今回が初見だ。
ジムとヒルダは郊外の小さな家に住んでいる。郊外に家を買い、老後を慎ましく過ごすのはイギリス人の小さな夢でもある。バスで家に帰ってきたジムは、図書館で手に入れたという政府発行の手引書を熱心に読んでいる。「PROTECT AND SURVIVE」。実在する冊子で、イギリス政府が発行した市民向けの核攻撃対処マニュアルである。ヒルダはいたって無関心だが、ジムの方は「政府の指示に従うのは戦時の国民の義務である」として、家の中にシェルターを作り始める。
東西陣営が緊迫した時期である。ただシェルターとは言っても、複数の部屋の扉を外して「60度の角度で」リビングの壁に立てかけるだけ。確かに日本の扉に比べればイギリスのそれは厚く重い作りではあるのだが、とはいえ、日本の私たちとしてはハラハラしながらことのなりゆきを見守るばかりである。
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戦争が始まった。ジムは手引書通りに14日分の水と食料を用意すべく地元の店に買い出しに出かける。当然のようにパンは全て売り切れ(なんだか色々と思い出すこともある…)、売れ残った缶詰類と(分度器の代わりの)60度に切られたダンボールの切れ端を手に家に帰ってくる。まあジムにしても相当呑気ではある。ジムとヒルダそれぞれの年齢は幾つぐらいなのだろうか(映画の中ではヒルダがふたつ年上だと言っていた)…。彼らにとっては先の戦争は懐かしい思い出のようだ。だが「戦争の形」は変わってしまったのだ。
ラジオから「ソ連からICBM(大陸間弾道ミサイル)が発射され、3分以内に着弾する」と流れ、慌ててシェルターに飛び込むふたりだが…。
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今回自分が見たのは大島渚が監督した「日本語吹替版」で、ジムとヒルダの声は森繁久彌と加藤治子が吹き替えたもの。原作はもちろんレイモンド・ブリッグズの絵本だが、映画館には子どもの姿は全く無かったので、可能ならば本編が英語版の日本語字幕で見られると良いと思う。予告編だけでもイギリス人老夫婦の「間合い」のようなものがつかめるだろう。
見る者に、描かれない部分への想像力が委ねられる。小さな日常と核兵器と。モールス信号。今もまた恐ろしい映画である。
下は当時の日本語版のようだ。