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二つの季節しかない村/ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督

ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の「二つの季節しかない村」を見る。英語タイトルは「ABOUT DRY GRASSES」。

トルコの映画監督ヌリ・ビルゲ・ジェイラン(1959年生まれ)の作品では、カンヌのパルムドール「雪の轍」(2014年)を見逃したのだが…、前作の「読まれなかった小説」(2018年)は見ている。登場人物のしばし過剰な「語り」と圧倒的な土地の美しさはジェイラン監督の映画の特徴だと思う。ちなみに二つの作品に通底するのは主人公が教師、あるいは作家を夢見る若者だが教職に就くか兵士になるしかない存在であること….それから「物語」に挟み込まれる古代遺跡であろうか。山上のラストシーン、ネムルトダー遺跡は、結果的にではあるが、主人公サメットの心のこわばりを解く装置にも見える。

サメット(デニズ・ジェリオウル)は、トルコ東部東アナトリア地方の雪深い村インジェスに赴任して4年目になる美術教師だ。「何もない」村とその村社会に辟易するサメットだが、ある日、知人の紹介で英語教師のヌライ(メルヴェ・ディズダル)と知り会う。彼女は少し足を引きずっていた。結婚に興味がなく気乗りしないサメットは、同僚のケナン(ムサブ・エキジ)を仲間に引き込む。ヌライにとっては、サメットとケナンとの出会いは「前向きな」人生を取り戻すきっかけにはなったようであり、彼らは次第に打ち解け休日をともに過ごすようになる。

学校でのサメットは気位の高い、なんというか鼻持ちならない男である。彼が担任する生徒は14〜15歳くらいか。賢い女生徒を贔屓し、教室でそれを指摘され生徒に当たり散らす…。ある日お気に入りの女子生徒セヴィム(エジェ・バージ)に、「サメットとケナンに不適切な接触をされた」と「虚偽の訴え」を起こされる。

さて物語のもう一方。過去に傷を持つヌライはケナンから向けられる好意に対し素直にそれを返そうとする。そんな彼女の態度を目の当たりにするサメットの方は面白い訳もなく、自尊心を傷つけられた身勝手な男の「ケナンに」抱く嫉妬の感情は、生徒(セヴィム)への不信とない混ぜとなり…。

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「絵を描くこと」をやめてしまった美術教師サメットだが、「趣味の写真」はこの村でも撮り続けている。「写真」は映画本編にカットインされるのだが、実はそれらはヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督自身が撮影したものであり、そこにはインジェスの村に暮らす人々の姿が生き生きと綴られている。このことは、ひとつにはジェイラン監督がこの独善的な男サメットを自身と重ねて見ているということだろう。人間の存在を悪者から切り離さないこと…。あるいはサメットが疎んじる「退屈な」村の日常も、実際は彼自身の人生の言い訳に過ぎないのではないかということを、写真/映画を通して私たちに伝えているとも言えるだろう。激論を戦わせたヌライも同じことを言っていたはずだ。サメットは監督自身であると同時に私自身でもあるのだ。誰かと激論を戦わせることは誰かを論破することではない。

冬が来て、春を迎える間もなく夏の暑さが訪れる、そんな「二つの季節しかない村」で、物語の最後にネムルトダー遺跡で、サメットは(あるいは私たちと言っても良いはずだ)「何に」気付いたのか。

足の裏が感じる枯れ草(DRY GRASSES)を信じること。それが彼の人生を少しだけ変えるかもしれないし、そうではないのかもしれない。だが映画を見る私たちはまた、人生に少しの「希望」を取り戻さないとも限らないのである。

監督:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン  
出演:デニズ・ジェリオウル | メルヴェ・ディズダル | ムサブ・エキジ


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hideonakane
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