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#15 LOOP BLAKE 第2章 腐れ縁 第2話 「猿渡源太」
少年「僕はマクシム連合の実験施設にいました」
褐色の肌の少年は4人に囲まれながらそう告げた。
その言葉を飲み込めなかった緑色の髪をしていた背の高い男の藍川光男が、少年に聞き返した。
光男「実験施設?」
そこで父親に被せる様に質問を、青いセミロングくらいの髪の少年である藍川竜賀がしてきた。
竜賀「えっ?初めて君を見つけた時は凄いみすぼらしい格好してたけど?あれも実験服ってこと?」
少年「ううん……ちょっと前までは僕も見捨てられた町に住んでたんだ…」
光男「それじゃあ、どうして……?」
シャーリー「ちょっと待って!」
光男の質問に少年が答えようと口を動かしたところでシャーリーが話に割って入った。竜賀は何やらこれ以上この話を続けて欲しくなさそうな表情を浮かべていた。
シャーリー「その子はまず食事をさせて上げるのを先にしましょう?話は食事をしながらでもできるわ」
トニー「そ、そうだな…まずはその子が元気になる為に腹ごしらえからだ!そうだろ?竜賀?」
竜賀「う…うん」
光男「……そうですね…まずは食事をしよう!」
トニーは少年に手を差し伸べ、立ち上がるとゆっくり手を引きながらキッチンに連れて行った。竜賀は光男の手を引っ張り顔を見合わせた。竜賀は他の3人に気付かれない小声で光男に日本語で話しかけた。
竜賀「父さん!トニーさんとシャーリーさんの子供って確かーーー」
光男「シッ!…竜賀…今ここでその話はナシだ…」
竜賀「……!!」
シャーリー「2人共?どうかしたの?」
光男「いいえ!大丈夫です!さぁその子もお腹を空かしているでしょうし、元気になれる朝食お願いしますね?」
シャーリー「ええ!任せて!竜賀料理作るの手伝ってくれるかしら?」
竜賀「あ……はい」
シャーリーはキッチンに向かい竜賀と一緒に朝食の準備に入ったーーーー
ーーーー食卓に料理が次々並んでいき、最後のメインディッシュが乗ると少年は涎をダラーっと垂らしながら料理を見ていた。
少年「これ…食べて良いの!?」
トニー「ああ!腹が空いてるだろ?たくさん食べな!」
少年「それじゃあ!!早速ーーー」
竜賀「いただきます!!」
少年「!?…何それ?」
竜賀「俺が住んでた日本では御飯を食べる時にはこうやって両手を合わせて『いただきます』って言うんだ」
光男「そうそう!こんな御馳走を作ってくれたシャーリーさんへの感謝と、生命をいただくことに感謝してね」
少年「生命…?」
光男「この料理だって全部元々は生き物なんだよ。我々だけじゃなく動物も植物も確かな生命を持っている…だからその生命を貰うことに感謝して『いただきます』って日本では言うんだよ」
少年「………い、」
竜賀「ん?」
少年「いただきます…」
光男「!…ふふっ」
少年「何か可笑しかったですか?」
光男「いや…ここは今アメリカなのに日本の文化を受け入れてくれて嬉しくってね」
シャーリー「ほんと…この2人って日本人の礼儀正しさを凄く持ってるのよ」
竜賀「気になってたんですけど、この世界の日本も平和なんですか?」
トニー「ああ…アメリカよりはずっと安全で平和な国だと聞いているよ」
竜賀「良かった〜」
シャーリー「2人の元いた世界の日本も素敵なところかしら?」
光男「ええ!自然豊かで平和な楽園の様な国です」
少年「あの…」
少年が会話に入り込んできたのを驚いた4人は少年の顔を見ながら何を話すのか注目した。
少年「さっきからこの人が言ってるこっちの世界とか元いた世界って……何なんです?」
光男「ああ……えっとね…」
シャーリー「それはね……」
光男とシャーリーはまだ状況が整理できてない少年に何と説明すればいいか迷っていた。しかし竜賀がそこに割り込んで、
竜賀「俺とこの父さんは別の世界から来たんだよ」
少年「それってどういうこと?」
竜賀「つまり今お前がいるこのアメリカで生まれた訳でもなければ、日本でも生まれた訳じゃないってことだ」
少年「……ますます意味が分からないんだけど?」
少年が首を横に傾げている様子を見て、光男をベイカー夫妻がほっとした表情を浮かべていた。
竜賀「っていうかさ、本当の本当に聞きたいんだけど、マジで名前ないの?毎回毎回こっちも『お前』って呼ぶの気が引けるんだけど…」
少年「……無い……あったとすれば実験体番号だけ……僕はNo.1835だよ」
竜賀「…ふーん……」
少年はどこか辛そうな表情をしていたのを感じ竜賀はなるべく会話を止めない様にしようとさらに聞いてみた…
竜賀「それじゃあその前は?」
少年「え?」
竜賀「その実験施設に入らされる前の呼ばれ方…流石にそこでの名前はあるだろ?」
少年「………それも無い……」
竜賀「マジかよ……」
少年「僕は物心付いた時には見捨てられた町にいて……両親の顔も見たことないんだ」
竜賀「……そっか……」
食卓の空気が重苦しくなっている中、竜賀と少年の会話を聞いている3人はどう切り込むべきか悩んでいた。でもそんな3人にお構い無しに竜賀は素っ頓狂なテンションで少年に話しかけていた。
竜賀「そんじゃあ今からお前に名前を考えてやろうか?」
少年「え?…」
竜賀「このまま何にも無いんじゃさ、お前もそうだし俺らもすっげぇ困るからさ」
竜賀は少年にニッコリ笑顔を向けてきた。
少年「……いいの?…」
竜賀「別に名前を決めるぐらい全然問題無いでしょ。ねぇ?父さん?」
光男「まぁ…戸籍は流石に与えてあげられないけどね……」
トニー「君に名前を付けるぐらいどうってことはないさ」
シャーリー「それでどんな名前が良い?」
竜賀が上手く話を振ってくれたおかげで3人もすんなり会話に入れてホッとした様子で喋り出した。
少年「どんなって言っても……何も思い付きません…」
竜賀「何で?」
少年「僕は…どんな場所で産まれたのかも……自分の親がどんな出生なのかも知らないんだ…そんな僕に相応しい名前なんて……」
竜賀「そんなもん今どうしても必要なことか?」
少年「…え?」
竜賀「名前がお前の人生を決める訳じゃないだろ?そうでしょ?父さん」
光男「そうだな……仮に名前を今決めたとしても、その後の人生を決めるのはあくまで君の意志であり他人じゃない」
少年「そうなんですか?」
光男「そうだ…それに君がこれからこの世界で素晴しい偉業を達成すれば、今から付ける名前は世界中の人々に『なんて英雄に相応しいんだ!』って思われるから」
シャーリー「ふふふ…そうね」
トニー「これまでの人生が大事なんじゃない!これからの人生を君の誇れるものにしていけば良いんだ」
少年「それじゃあ……お願いします…」
竜賀「オシ!んじゃどんな名前にする?」
竜賀はベイカー夫妻に向かい合って相談しようと体の向きを変えた時に、少年が身を乗り出す様に遮った。
少年「…あのッ!!……」
竜賀「!?…どう…したの?」
少年「……できれば…この人に決めて欲しい」
少年が指差したのは藍川光男だった。光男は驚いた表情をしたがすぐ落ち着いた表情に戻すとゆっくりと少年に尋ねた。
光男「何で俺に決めて欲しいんだ?」
少年「………何となく……勘…」
少年の答えに周りもポカンとした表情を浮かべ誰も動かなかった。光男はしばらくすると吹き出し、大声で笑い出した。
光男「はははははははは!!あー…いいぜ!…俺は竜賀の父親だし、元々竜賀って名前も俺が付けたモンだからな!!」
光男の豪快な返事に、顔をパァっと明るく輝かせた少年は今日初めてと言っても良い程嬉しそうな表情を浮かべた。
光男「んで!お前はどんな希望があるんだ?」
少年「……さっきから言ってた日本って言う国…」
光男「え?…にっ日本?」
少年「うん!そこって凄く素敵な国だって言ってたから……」
光男「うんうん…」
少年「いつかそこに行って住んでみたい!!」
光男「そっか!そんじゃその日本に“憧れ”を込めてさ…日本人の名前にするか?」
少年「!!…うん!!」
竜賀「い〜いの〜?日本人っぽい名前を付けてあげちゃっても?結構皆混乱するかもよ?」
光男「な〜に!この子にとっては一生着いていくモンなんだから、この子が自分の意志でそうしたいって望むんであれば俺はそれを最大限尊重してあげるまでだ」
一度決めたら頑なに譲らない性格なのかもうすっかりその気になっている父親を止めるのはこれ以上無駄と思ったのか、竜賀はため息をしながら2人のやりとりを見つめた。
光男「う〜ん……よし!!俺の友達でな!ゲンちゃんって奴がいたんだ」
少年「ゲン…チャン?」
光男「ああ!!その友達はいっつも俺が苦しい時やしんどい時はいつも俺を元気にしようとしてくれたり、励ましてくれた」
竜賀「ああ…居酒屋のゲンさんか…」
シャーリー「竜賀も知っているの?」
竜賀「うん。だって父さん家で母さんと喧嘩したらその居酒屋行って朝までお酒飲んで泣いてるもん」
トニー「ははは!!光男にもそんなチャーミングなところがあるんだね?」
光男「そのゲンの本名が『沢渡元太』って言うんだけどな?この名前の漢字を変えようかな?シャーリーさん?」
シャーリー「はい?」
光男「何か書くものありませんか?」
シャーリー「ええ!ちょっと待っててね…」
シャーリーはすぐ近くに置いてあったメモ用紙と万年筆を取ってくると、それを光男に手渡した。
光男「ありがとう!………まず良いかい?君の名前を日本語のひらがなと、漢字で書くとそれぞれこんな文字になる」
光男はメモに筆で文字をそれぞれ書いていった。大きく漢字で『沢渡元太』。そしてその上にひらがなで『さわたりげんた』と。
光男「そして…これを全部ローマ字にすると……」
光男は漢字の下にアルファベットを書いていった。それをトニーは読んでいった。
トニー「SA・WA・TA・RI…GE・N・TA……サワタリ・ゲンタか…」
光男「あ!!……あの、これはあくまで日本での呼び方なので…」
シャーリー「あら……そうなのね…」
光男「英語だとファーストネームが先なので、この国での呼び方はゲンタ・サワタリになります」
トニー「ゲンタ・サワタリか…ゲンタって呼べば良いかな?」
光男「そういうことです」
竜賀「んで?漢字はどうするの?オリジナルと全く同じってのも全然ありがたみないよ」
光男「え?……う〜〜〜ん…」
光男は再び腕組みしながら考え込み始めた。
竜賀「…何なら俺と同じく名前の一部を動物にするのもアリかもね?」
光男「それだッ!!!」
少年「!!?」
光男の大声に少年はビクッ!!と飛び上がった。光男はもう1枚メモを出し、そこに今度は漢字で文字を書いていた。
光男「……!!……!!」
竜賀「これって……」
ベイカー夫妻「?」
光男が書き終えるとそこには『猿渡源太』と書かれていた。
トニー「光男…この文字の意味は?」
光男「えーゴホン!…これは元の『沢渡元太』をこの2文字だけ変えました!そしてこの『源』は日本語で水の一番初めのもと…つまり一番最初を意味します!」
ベイカー夫妻は光男の説明をうんうんと頷きながら聞いていた。
竜賀「それじゃあこれはもしかして……」
光男「『猿』…これは日本語でモンキーのことを指す」
少年「猿!?」
トニー「光男……それは…ちょっと…どうかと思うよ」
シャーリー「名前にモンキーを入れるのは…」
光男「ノンノン!東アジアの神話では猿が登場しているものが結構あるんですよ!」
トニー「そうなの?」
光男「中国で最も知られている有名な冒険作り話には、猿の妖怪が主人公になってますし」
竜賀「孫悟空か…」
シャーリー「へぇー」
少年「日本でも猿は縁起が良いの?」
光男「ああ…日本の十二支にも猿があるくらいの動物だし、猿は人間に負けないくらい賢く狡猾な生き物としてまつられているんだよ」
光男は名前を書いたメモを渡し少年の目を見据えながら告げた。
光男「それじゃあ改めて言おう!君の名前は今日この日、この瞬間から猿渡源太に決定だ!」
少年「猿渡……源太…」
少年改め、猿渡源太は瞳を涙で潤ませながら自分の名前を噛み締めていた。
竜賀「んじゃこれからよろしくな!源太!俺は藍川竜賀」
シャーリー「それじゃあ私からもよろしくね?私はシャーリー・ベイカーよ」
トニー「俺はトニー・ベイカーだ。これからもよろしくな源太」
光男「そんでもって俺が藍川光男だ」
皆が自己紹介するのを聞いた後源太もそれに続いた。
源太「僕は猿渡源太です!よろしくお願いします!!」
そこには源太の晴やかな表情が浮かんでいたーーーー
ーーーーー竜賀はシャーリーとメチャクチャになったリビングの片付けを一緒にやっていた。竜賀は黙々と花瓶の破片を拾ったり、雑巾で床に散らばった水を拭き取っていた。
シャーリー「本当に感心ね」
竜賀「ん?何がですか?」
シャーリー「貴方はいつも食事の後は食器の片付けを手伝ってくれるし、今もこうやって掃除も一緒にやってくれる……なんて素敵な育ちなのかしら」
竜賀「…母親やおばあちゃんに掃除を毎日やって自分の身の周りを綺麗にすると運が舞い降りてくるって言われて育ってきましたし…剣道の稽古の後は絶対掃除の時間がありましたから」
シャーリー「ワォ…本当に素敵ね…」
竜賀「親父にもそういや言われましたね……剣道の本番の試合が近付くと緊張していつも通りに身体が動かせなくなる時に…………」
光男『何で緊張すんだよ……普段からメシ食ったり、トイレでションベンしたり、掃除すんのに緊張なんかしないだろ?試合も一緒だ!毎日この日の為に準備してきたことを同じ様にやるだけなんだよ!何も特別なことなんかない!!』
竜賀「……って言われましたね…」
シャーリー「ふふふふ…確かに……」
竜賀「本番の緊張って言うのは、練習や稽古で全然やってない特別な事をやろうと身構えるから、本来の力が発揮できないんだと思います」
シャーリー「そうね……特別なことと思い込み過ぎているのかもしれないわね」
竜賀「でも毎日毎日やっていることをちゃんと丁寧にすれば本番も練習も関係無いんだなってことなんでしょうね」
シャーリー「………貴方は本当周りの大人に恵まれてるわね」
竜賀「……自分が恵まれているかどうかは分からないです…悪い大人に会わなかったんで」
シャーリー「もしくは貴方のお父さんがそういう大人が近付かない様にしてたのかもしれないわね」
竜賀はそれを聞いた時突然暗い表情を浮かべた。
シャーリー「どうかしたの?」
竜賀「………源太は…」
シャーリー「源太がどうかしたの?」
竜賀「アイツは俺と違って周りの大人に恵まれなかったってことなのかな……」
シャーリー「え…」
近くにたまたま通ろうとした人影がピタッと立ち止まり、2人の話を聞き耳を立てていた。
竜賀「アイツは……源太は自分に名前を付けてくれる大人のいない過酷な環境で…大人になる為の大切な事を何も学ばないままあそこまで大きくなっちゃったのか…」
シャーリー「………そうね……彼に今一番大切な事…それは立派な大人になる為の教育ね……」
竜賀「……シャーリーさん」
シャーリー「何?」
竜賀「俺だけじゃなくて……源太も教育してもらえませんか?これからの源太の将来の為にも!」
シャーリー「フフフフ……私は暇を持て余した老婆よ?若い貴方達に教えて上げたいことなんて山ほどあるから安心しなさい」
シャーリーはニッコリ微笑んで竜賀の頼みを快く引き受けてくれた。竜賀はパァっと顔を輝かせた。
竜賀「ありがとう!!」
シャーリー「どういたしまして!でもこっちの方が感謝してるくらいよ」
竜賀「何で?」
シャーリー「大人になって歳を取ると今まで集めることばかりが好きだったのに……今では他人にあげることばっかり、教えることばっかり求めちゃう」
竜賀「物欲が無くなるの?」
シャーリー「ええ……今では物なんか全然欲しくないし……誰か温かい心を持った人がそばにいてくれる……それだけで充分満たされるのよ」
その会話を影で聞いていた光男は竜賀の成長している言葉の数々をじっくり噛み締めていた。
光男(いつまでも子供だと思ってたら……そうでもなかったんだな…)
竜賀がシャーリーと掃除している様子を見ていた光男はその場を後にして、自分の仕事場に戻りに行ったーーーー
???「おい。実験体番号1835はまだ施設内で見つかっていないのか?」
???「申し訳ございません…」
白い壁に囲まれた実験施設の様な場所で研究服に身に纏っていた3人の男達が声をひそめながら話しあっていた。
???「もしもNo.1835が脱走していたら…」
???「この第21施設のトップである俺の首が飛ぶだけで済むはずがない……マクシム連合の実験が非合法なものってだけじゃない」
???「同胞殺し……」
???「適能者からの絶対的な信頼を失ってしまう……必ず…!!…しかしできるだけ内密に…見つけ出せ…!!!」
???「…分かりました…ジョージ・マッカートニー所長…」
ジョージ「頼んだぞ…パーカー君、ホスピック部長」
ジョージ・マッカートニーと呼ばれた男は額に汗を浮かべ、焦っている様子で2人の男達に命じていた。
To Be Continued