#10 LOOP BLAKE 第1章 異世界 第9話 「嫌いになってほしくないから」
竜賀「いきなり何言い出してんだよ!?木刀で勝負なんて!?」
光男「真剣じゃなけりゃ良いんだろうが、肝心の竹刀がワイルズのせいで粉々になっちまってるから…だったら木刀で戦うしかないだろ?」
竜賀「でも、木刀だって危険だぞ!骨折とか、頭に当たったら致命傷になるだろ!!」
光男「…はぁ……だったら頭に当たらないように躱したり避けたりすりゃ良いだけだろうが…シンプルな話だろ?」
光男からはさっきまでの優しい雰囲気が消え、竜賀に対して闘気に満ちた鋭い目を向けた。
竜賀「…さっきから何言ってんだよ…何かおかしいだろ…どうしちまったんだよ父さん…こんなの絶対間違ってるだろ!!」
光男「ああ…解ってるよ……父親としては最低な行為をやろうとしているのは百も承知なんだよ…テメェこそいい加減腹くくれや馬鹿息子が…!!」
そう言うと光男は右手の木刀をギュッと握り締め、竜賀に飛びかかり頭目掛けて全力で振り下ろしてきた。竜賀はそれを横に転がりながら全力で避けた。
竜賀「ちょっと!!本気で頭狙ってきてただろ!?」
光男「ああ…ちゃんと本気だぞ…それよりどうすんだ?もう1回背中ついたぞ?あと99回だ!」
竜賀「もう始まってんのかよ!?」
光男「ごちゃごちゃ言ってないで手を動かさねぇと大怪我するぞ!行くぞぉ!!」
光男は再び竜賀に向かって木刀を振ってきた。竜賀は自分に向かって来る木刀を自分の木刀で受け止めた。
カアァァァン!!!
竜賀「ぐっ!!?」
竜賀は木刀で打突を受け止めた時、今までに感じたことのない威力を喰らい身体がよろめいた。光男はそこで終わらずいきなり胸ぐらを掴んで1本背負いの要領で竜賀の体を投げた。
ダアァァァン!!!
竜賀「ぐあ!!?」
光男「はぁ…はぁ…はぁ…どうした!?まだ終わってないぞ!!立て!!まだ機会は98回あるぞ!!」
光男は倒れている竜賀に怒鳴りつけると、竜賀はゆっくり起き上がってまた木刀を持った。木刀を握る竜賀の左手は震えていた。
光男「そっちからかかって来ないなら、こっちから行くぞ!!」
光男が今度は木刀を下に向け、逆風で竜賀の木刀を下から払い上げた。木刀は空高く舞い上がり、弧を描きながら地面に落ちた。
竜賀「!?」
光男「ほら!木刀を落としても負けだ!後97回だ!さっさと拾いに行け!!」
その後も何度も勝負した。しかし勝負と言うにはあまりにも一方的な展開だった。竜賀は完全に腰が引けていてまともに攻撃どころか防御や回避もできていなかった。
ーーー10回目
光男「おい!まだ10回しか戦ってないのにまだ怖いのか!?手が震えてるぞ!!」ーー
ーーー20回目
光男「どうした!!まだ80回も機会があるのに降参すんのか!!」ーー
ーーー30回目
光男「立て!!まだ死んでもいねぇのに、まだ剣を握れるはずなのに、もう心が折れたってのか!?」ーー
ーーーーしかし、35回目に竜賀が倒れた時、光男は手を止め仰向けに倒れている竜賀を見下ろした。
竜賀は泣いていた。
光男「もう心も完全に折れたってのか?……道場であんなに怖い物知らずで俺に飛び掛かって来てた藍川竜賀は一体どこに消えちまったのかね?」
竜賀「……」
竜賀はもう立ち上がれないほど身も心もボロボロだった。
光男「…止めだ!こんな戦意を失っちまったお前とこれ以上戦ってもなんの意味も無いからな!」
光男は竜賀の傍らに転がっていた木刀を拾い上げた。
光男「もう今後竜賀は竹刀と木刀を握るのは禁止だ!その恐怖症を克服するまでお前に剣道はさせねぇからな!!」
光男は竜賀にそれだけ大声で言い残して、森の茂みに歩いて行ってしまったーーーー
ーーーー1人取り残された竜賀は仰向けのままアメリカの夜空を眺めていた。空に輝く満天の星たちはそれぞれがキラキラしていた。竜賀はそれまでの自分の心は、その星々の美しさが受け入れ難い程荒んでいる事に、気が付いた。
竜賀「はぁ…………すっげぇ星だな……気付かなかった……ここまで綺麗だと空って言うより、もう宇宙だな……」
身体の疲れや、痛み、吸った空気を感じて徐々に、今自分が生きていることを実感していた。
竜賀「今日…色々あり過ぎたな……帰り道で変な黒い手みたいなのに引き摺り込まれたと思ったら……気づいた時にはこんな世界にいて…何度も殺されそうになって……そんで…」
竜賀はその後に続く今日の出来事を言葉するのを止めた。
美しい空を眺めていた竜賀は感傷に浸りながら独り言を呟いていた。いっぱいいっぱいになっていた精神状態はいつの間にか落ち着いていた。
竜賀「…そっか……俺ずっといっぱいいっぱいになってたんだ…こんな星空にも気付かないくらい……焦ってたんだ……星…星…誰かが何か言ってたな確か…」
???「ーーー竜賀…いいか?…『春は夜桜、夏は満天の星々、秋は満月、冬は白い雪、それさえあれば酒の肴には充分、それを楽しめないのは自分の心の中の何かが病んでる証拠だ』…ってな…辛いことや苦しい時こそ常に上を向けば現実と向き合う力になるーー」
竜賀「誰だったっけ…?あの台詞言ってたのって?………」
竜賀は記憶を辿り、この言葉を自分に言って聞かせた人物の顔を思い出そうとした。
竜賀「…うー…ん……あっ…そっか……お爺ちゃんか………まぁ今夏かどうかは分かんないけどさ…」
ブツブツと独り言を一通り喋った後、竜賀はしばらく黙って空の星を眺めていた。
竜賀「……このままじゃやっぱり納得いかねぇな…」
突然そう呟くと、首を動かし横を見ると、そこには地面に転がっていた青い刀があった。竜賀が霊段階2になった時出現し、強敵であったワイルズを殺してしまった“あの刀”だ。
竜賀は身体をゆっくり起こし、刀の元に移動して、両手で慎重に刀を持ち上げた。刀を鞘から少し抜くと刃は妖しく光りを放っていた。
竜賀は辺りをキョロキョロ見回し近くに人がいないことを確認すると刀を鞘から全て抜き出した。鞘を右腰のベルトに差し込み、両手で刀の柄を握った。
竜賀「……父さんは『真剣も』とは一言も言ってなかったしな」
竜賀は改めて本物の刀で剣道の中段の構えを取り、ゆっくり目を閉じた。
竜賀(今日ワイルズと向き合った時にあんな隙だらけの大振りになってたのはワイルズが強かったからじゃない…俺が弱かったからだ!真剣を初めて握ったってくらいで緊張して、普段通りの実力を出せなかったからだ!だから!)
竜賀は目を開き、刀を頭上高く上げ、上段の構えから勢いよく振り下ろした。
竜賀「面ッ!!!」
ファンッ!!!
竜賀は今まで竹刀や木刀では感じたことのない重みと、真剣の刃が空気を切り裂く様な新鮮な感覚を知り目を見張った。
竜賀「これが真剣…」
刃が夜空の星々に照らされ輝く姿を見ると、竜賀は再び刀を振り上げた。
竜賀「…ふぅ…面ッ!!!」
ブォンッ!!!
竜賀「…あれ?」
1番最初の素振りの様な音がしなくなった時、竜賀は構えを解き刀を見た。
竜賀「さっきみたいな音がしなくなった……」
竜賀はそこから何度も真剣を使っての素振りの稽古をしていたーーーー
森に朝日が差し込み、鳥の鳴き声が響き渡っていた。森の木の茂みに隠れる様に、藍川光男は地面に横になって寝ていた。
…フォン!…フォン!…フォン!…
遠くから聞こえる空気を切る音に反応して、光男はゆっくり目を覚ました。昨晩からの疲れが溜まった身体を何とか気力で起こして、しばらくその空気を切る音をなんとなく耳をすまして聞いていた。
フォン!…フォン!…ファンッ!……フォン!…フォン!…
光男(…あれ?…ひとつスゲー良い音がしたな……)
フォン!…フォン!…フォン!…ファンッ!…
光男(あっ…また良い音がした…)
光男はゆっくり目を開くと、目の前に広がる森の景色を見て状況を徐々に思い出してきた。
光男「そっか…あれは夢じゃなかったんだな…」
光男はゆっくり立ち上がり、そばに置いてあった木刀を2本掴んで辺りを見回していた。
光男(竜賀…昨日は辛い思いさせちゃったかな…あんな荒療治で恐怖症を治させようとするなんて…最低な父親だよな…)
光男は竜賀を探す為に歩き始めた。あてもなかったのでまずは音のするところへ歩いて行ってみた。
光男「竜賀、何処いるんだ?ちゃんと寝て疲れ落としたんだろうな?」
光男は音のする場所を木の陰からこっそり覗くと、そこには木漏れ日に照らされる中、真剣を握って素振りをする竜賀の姿があった。
光男(竜賀…!!竜賀ずっと寝ずに素振りしてたのか!?一睡もせずに?)
光男は気付かれないように近付いて行った。
竜賀は汗まみれになりながらも懸命に素振りをしていた。
竜賀「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
竜賀の素振りを木の陰から見ていた光男は、木にもたれかかり腕を組んでしばらく様子を息を潜めていた。
光男(竜賀の剣から昨日みたいな迷いや、怯えが完全に消えてやがる…)
フォン!!…フォン!!…フォン!!…
光男(でも…やっぱりまだまだ粗削りだな…そのことは多分竜賀も気付いているだろうがな…)
光男は竜賀の素振りを見ていると気付かない内に自分の頬に涙が流れていることに気がついた。
光男(…ああ良かった……竜賀が剣道嫌いになってなくて…昨日あんなことしちまって……)
光男は涙を拭って、大きく深呼吸をすると…
光男「竜賀ーー!!どこにいるんだーー!!」
素振りをしていた竜賀はビクゥゥ!!と飛び上がり、辺りをキョロキョロ見回していたーーー
ーーー真夜中からずっと面打ちだけではなく横薙ぎ、袈裟斬り、刺突の素振りまでしていた。竜賀は汗だらけのシャツ1枚になり、地面には竜賀の上着が投げ捨てられていた。
竜賀「はぁ…はぁ…はぁ…」
竜賀は素振りの手を止め、地面に膝をついてしまった。肩で息をしている竜賀は、アメリカの大自然の空気を吸った。
竜賀「はぁ…はぁ…くそ!…あの刀を降った時の…風を切る音が全然出せねぇ…」
森の中にアメリカの朝日が差し込み初め、いつの間にか朝になっていたことに気付いた頃に…
光男「竜賀ーー!!どこにいるんだーー!!」
森の奥から竜賀を呼ぶ光男の大声が聞こえ、竜賀は飛び上がる様に驚いた。
竜賀「やっば…!急いでカタそう…!!」
竜賀は持っていた刀を鞘の中に入れ、礼符に戻れと念じた。すると刀は右手の霊媒印に吸い込まれる様に消えた。
光男「おーい!!竜賀ー!!いるんだろ!?いるなら返事しろよー!」
竜賀「…ふぅ…ここにいるよー!!」
竜賀は息を整えてから、上着を拾い上げ羽織った。茂みから光男が出てきた。荷物の準備もできていた。
光男「おはよう!」
竜賀「おはよ…」
光男「昨日は良く眠れたか?」
竜賀「…昨日あんなことがあってロクに眠れる訳ないじゃん…」
光男「そっか…今朝マルチセルラーの地図見てたら目指してた隣街までは歩いて3時間くらいで着くみたいだ」
竜賀「あと3時間もまた歩くのか…」
光男「そう言うな。昨夜色んな事件に巻き込まれはしたが、ずっとノンストップで歩き続けたおかげでここまで来られてる。だから隣街に着けば腹一杯メシが食えるぞ」
竜賀「…そういや昨日の昼から何も食べてなかったな…そう考えたら腹めっちゃ減ってきたな…」
光男「身体に力が出ない時は腹ごしらえをするに限る!そんじゃ行くぞ!」
光男は荷物を担いで歩いていった。竜賀は父親の元気な姿を怪訝そうに見つめながらついて行った。
光男は竜賀と一瞬も目を合わせなかった。
竜賀「…父さんさぁ…」
光男「ん?どうしたぁ?」
竜賀「昨日は何であんな無茶な勝負持ちかけたの?恐怖症になった状態を悪化させる様な事して…」
光男「…お前に剣道を嫌いになっていって欲しくなかったからさ…」
竜賀「え…?」
光男「だからあんな風に荒療治でしかお前の恐怖症を治せないんじゃないかと思ってあんなことをしちまったんだ」
竜賀「荒療治って…あんまり過ぎでしょ…あれは」
光男「もしかしたら…竜賀なら木刀でも普段の実践の稽古なら恐怖を克服できるんじゃないか…ってな」
光男は竜賀に背を向けながら、言葉選びに迷いながら、ゆっくり話した。
光男「でも竜賀は俺が思っているよりずっと重傷だった…もう刀も握れない程に心が傷付いていた…」
竜賀は昨晩途中で木刀での勝負を止めたのを思い出し、光男の意味不明の行動の合点がいった。光男は、竜賀にとって人生で初めて見つけた得意なことであり、光男と竜賀の親子の絆でもある“剣道“をどうしても嫌いになって欲しくなかったのだと…
竜賀「バカにすんなよ…」
光男「え……?」
光男はその時立ち止まって、初めて竜賀の目を見た…
竜賀「父さん忘れたのかよ…?あの県大会での優勝の時の俺の誓い…!!」
光男「……」
竜賀「俺は絶対世界最強の剣士になってやるからなって!!」
光男「…!」
竜賀「あれは父さんになれって言われて言ったわけじゃない!!俺が俺の意志で目指したいと思ったから誓ったんだ!!」
竜賀は光男の目を見据えて真っ直ぐ言葉を放った。
竜賀「やめろって言われたって、やめるもんかよ!!俺の人生を父さんが勝手に決めんな!!」
光男「…フッ……一端の口ききやがって……」
光男は大きく深呼吸した。
光男「…フーーッ…だったら見せてもらおうじゃねぇか…藍川竜賀の剣道って奴をな…」
竜賀「ああ!…こんな恐怖症なんてすぐ克服してやるからな!!」
光男「それまでは…竹刀も木刀も禁止だ…そんなに剣道やりてぇなら…そんぐらい簡単に克服してみせろ」
竜賀「ああ!!!」
To Be Continued