#14 LOOP BLAKE 第2章 腐れ縁 第1話「名前を知らない男の子」
とある家のリビングで2人の男が家内の帰宅を今か今かと心配そうに待っていた。片方の緑色の髪をしている日本人男性、藍川光男はコーヒーを飲みながら、ようやく口を開いた。
光男「シャーリーさんと竜賀…遅いですね……」
ここはアメリカのモートレートタウン。光男は息子の藍川竜賀と共に隣町のガートシティから一晩中歩き、トラブルに色々巻き込まれながらもようやく安息を得たばかりなのに立て続けにまた何かに巻き込まれたんじゃないかと気が気ではなかった。
光男「あぁ…!こんなことならシャーリーさんの連絡先ちゃんと交換しておけば良かった……!!」
トニー「……光男……とりあえず落ち着きなさい…」
光男を宥める様な声で語りかけるのはこの家の主人であるトニー・ベイカーである。白髪のリーゼントヘアでコーヒーをゆったり飲んでいた。
光男「しかし、もしも2人の身の何かあったら…」
トニー「それならもう連絡があるはずだよ?2人共自分達の分だけでなく君の服も買いに行かなければならないんだ。そりゃ選ぶ時間も掛かるってもんだよ?」
光男「そうかもしれませんが……」
トニーは落ち着いた様子でいる様に見えたが、コーヒーのマグカップを握る手が震えているのを光男は見逃さなかった。
光男(なんだかんだで…トニーさんも心配してるんだぞ……竜賀…!!)
するとその直後
ピンポーーーン!
光男・トニー「「!!?」」
2人共家のチャイムに音速よりも速いスピードで反応した。
光男「…やっと帰って来たか……!!」
トニー「………ちょっと待った…!!」
光男「え?」
トニー「……まず私が行って確かめよう…」
トニーは玄関にゆっくり向かって行き、光男をリビングに待たせた。光男は最初疑問そうな顔をしたが、トニーの険しい表情を見て状況を察した。
光男「トニーさん……玄関前にいるのがもし犯罪者だったことを考えて……」
玄関のドアの前に立ったトニーは、ドアの向こう側に話しかけた。
トニー「誰だ?……」
シャーリー『私です!!シャーリーです!!』
トニー「!シャーリーか?だったら私が昔姉にされた悪戯は何か知っているか?」
シャーリー『トニーのお姉さんが教会のバザーで『あそこの焼菓子は無料で貰える』ってトニーに吹き込んで、見事に騙された貴方が焼菓子を取って、教会の修道女に大目玉を喰らった事よ!』
竜賀『……どんなエピソードだよ……』
トニー「!竜賀もいるのか?」
竜賀「イエス!!」
シャーリー『それと道端で傷付いていた子を見つけたから、この子の治療も必要なの!』
トニー「何!?」
トニーはドアをゆっくり開いた。買い物の荷物を手一杯に引っ下げたシャーリーと荷物を手で持ちながら背中に男の子を背負っている状況を見てトニーは2人を家の中に案内した。
光男「何があった?」
竜賀「買い物から帰って来る途中、この子が道端でリンチにあってたんだ」
光男「リンチ!?」
シャーリー「とにかくこの子怪我してるから今すぐ治療するわ!!どいて!!」
トニー「お、オウ!!」
トニーと光男は押し飛ばされる様に通路を空け、シャーリーと竜賀はリビングに駆け込むとソファに担いでいた男の子を横にした。
シャーリー「とにかくまずは点滴の用意よ!!傷を治そうにも身体に最低限の栄養がなかったら回復できないわ!!」
シャーリーは奥の部屋に行くと、ガタガタと何かを漁る音がしばらくすると医療キットの様なアタッシュケースを持って来た。
シャーリー「まずは中心静脈栄養を打ちながら傷の手当てをしていくわね」
テキパキと作業を進めていく中、男3人も何か手伝わないと居心地が悪いと思ったのかシャーリーに問い掛けた。
トニー「シャーリー?今俺に手伝えることはないか?」
シャーリー「そうね…とりあえず綺麗なタオルと、ティッシュペーパー、後氷嚢取ってきて!」
トニー「OK!」
光男「シャーリーさん?僕達2人は何をすれば良いですか?」
シャーリー「……アナタたちは今日買ってきた物を冷蔵庫に入れたり、片付けたりしてくれる?」
光男「はっ…はい!竜賀行くぞ!」
竜賀「うん!」
竜賀と光男は買い物袋を持ってキッチンに向かった。荷物を全て運び終えた2人は買った物を開封しながら片付けていった。
竜賀「父さん……」
光男「ん?」
竜賀「俺あっちの手当てに参加できなかったってことは治療に関しては戦力外ってこと?」
光男「まぁまぁ……でも治療が終わった後で買い物の片付けまでシャーリーさんに押し付ける訳にはいかないだろ?」
竜賀「そりゃそうか…」
光男「こういう小さなことからでも良いんだよ……自分にできることを少しずつでも進めていけば、それが山の様に積み上がり、やがて人徳になるんだ」
竜賀「今はそれを信じて頑張るってこと?」
光男「そういうこと!」
買ってきた食材を冷蔵庫に入れ終わると次は服の開封作業に移っていったーーーーー
ーーーーー父親の為に買ってきた服を全て出して、デザインを見ながら感想を言い合っていた。
竜賀「シャーリーさんかなり気合入れて服選んでくれたからね」
光男「しかもフォーマルなのとカジュアルなの両方共ちゃんと揃えてくれたんだ…ありがたいなぁ…」
竜賀「とりあえず剣振るう時はこっちの動き易いスポーツウェアにして、街を歩いたりする時下はこっちのボトムス履いて上はこっちのカジュアルなパーカー着るようにだってさ」
光男「…かなり似合ってるな……」
黒革のジャケットを着ながらヤイヤイ試着タイムを楽しんでいると、隣の部屋からシャーリーがやってきた。
シャーリー「治療は一応終わりましたよ」
2人は着替えを一旦止めシャーリーに向き直った。
竜賀「それで!?今どうなってますか!?」
シャーリー「とりあえず生命に別状はないわ…ただ…」
光男「ただ?」
シャーリー「初めて竜賀がここに来た時以上の栄養失調だから、仮に目が覚めても点滴での治療が続くと思うわ」
竜賀「……そっか……」
シャーリー「あの子……多分スノップルから来たんだと思うわ」
竜賀「スノッ…何ですかそれ?」
シャーリー「見捨てられた町。アメリカの地図の中から名前が消えた町のことよ」
光男「そんな場所があるんですか?」
シャーリー「ええ……主にスラム街とかだったんだけど、それも時代の流れで徐々に変わってて…今ではアメリカ政府の支配下を逃れようとする適能者達をそこに集めて………」
光男「?…それで?そこで一体何が起こるんですか?」
シャーリー「そこに予め仕掛けておいた地雷や空撃で一斉に適能者達を殺してしまうのよ」
光男「そんな!?」
竜賀「何の為に…」
シャーリー「適能者はそれだけ人々に忌み嫌われる存在として扱われてきた時代の背景があるのよ……見捨てられた町はその差別の1つよ」
光男「そんな不条理な事があって良いのかよ……」
シャーリー「例えどれだけ伽霊能力が優れた能力であっても、無適能者の“数の暴力”には逆らえないのよ……」
竜賀「歴史上……誰もこの理不尽に立ち向かって行っても…勝てなかったんですか?」
シャーリー「そうよ……だから…せめてもの抵抗として適能者達は自分達で組織を作って、自分達を守る居場所を作ることで争いを避けようとしてきたのよ……」
光男「それの1つがマクシム連合…?」
シャーリー「ええ……」
竜賀は街で暴力を受けていたあの子を見て、この世界の現実を目の当たりにした。きっとあの子はあんな理不尽な目に嫌と言う程合ってきたんだろう。生まれながらに持っている能力だけで差別を受けてきたのかと。
竜賀「俺……」
竜賀が口を開くと2人共竜賀の方を振り向いた。
竜賀「今夜はここに泊まるわ……」
シャーリー「え?」
竜賀「だってあの子ほっておけないじゃん」
光男「……そっか…」
シャーリー「分かったわ…それじゃ向かい側のソファで寝なさい…毛布か何か持って来るわ…今夜はあの子のそばに居て良いわよ」
竜賀「ありがとう…シャーリーさん」
竜賀はシャーリーに頭を下げたーーーー
ーーーー竜賀はソファに毛布を広げ、反対側にいる少年を見ながら寝る準備を進めていった。
光男「本当に良いのか?」
竜賀「俺が勝手にそうしたいって言い出した事だから良いんだよ。父さんは今日朝から仕事頑張ってたんだから気持ち良いベッドでゆっくり休んで明日に備えてよ」
光男「……そっか…それじゃお言葉に甘えて…俺は昨日のモーテルの方に行ってるな」
竜賀「うん…あっ…自分の服と靴も持って行ってね」
光男「おう!じゃおやすみ」
竜賀「おやすみ」
光男が荷物を持って出ていくのを見届けた竜賀は、少年のそばにゆっくり近付いて改めて少年の顔を確認した。褐色の肌を見て最初は黒人なのかと思ったが良く見てみると髪の毛のストレートっぽさや顔立ちから東南アジアの様な感じもある。点滴を打っている左腕の掌を見ると、そこには適能者の証である霊媒印があった。そこには竜賀と同じく数字が浮かび上がっていた。
竜賀「4……霊段階4……なのか……」
竜賀は少年の顔を見ながら、この子も自分と同じ過酷な運命を背負っているのかと思い彼に同情する気持ちが湧いてきた。
竜賀「……まっ…詳しい事はまた明日聞くことにするさ……」
ソファに横になり毛布を被ると少年の方を見ながらゆっくり呟いた。
竜賀「……good night……」
竜賀はゆっくり目を閉じた。
ーーーーー翌朝部屋の窓から朝日が差し込み、目が覚めた竜賀はまたいつもと違う天井を見ていた。
竜賀「………どんだけ目を閉じても……一緒か…」
今日まであったことがどれだけ現実離れしていても信じるか、信じないかは関係無い。今目の前で起きている事を受け入れるか、それとも受け入れずに突っぱねるか。人生はこれの繰り返しなのかもしれない。
竜賀「ん……っと」
ゆっくり身体を起こすと反対側のソファで横になっている少年も、反応する様に身体を動かした。
少年「……うう…」
竜賀「!ヘイ!お前大丈夫なのか?」
竜賀は少年に駆け寄り、顔色を伺った。
昨日と違い本当にしんどい状態ではないにしろ、身体中に怪我やら痣があったから痛みかもしれないと思い立ち上がってシャーリーを呼びに行こうとした。
次の瞬間ーーーー
ーーーー竜賀は左手首を強い力で締め付けられる様な痛みを感じた。
竜賀「ぐっ!?」
見《み》てみると褐色の細い手が、自分の手首を握っていたのだ。細い手はさっきまでソファで横になっていたはずの少年の物だと言うのはすぐ分かった。少年の顔を見ると少年は眼を少し開き竜賀を睨んでいた。
竜賀「お前…!!身体大丈夫なのか!?」
少年「………ッ!!」
すると少年は反対側の手で竜賀の顔目掛けて拳を振るってきた。
竜賀「うおっ!!?」
間一髪、拳を避けたと同時に掴まれていた手も振り解いた。
竜賀「何してんだよ!!お前まだ傷が治ってない病み上がりなんだぞ!!」
少年「はぁ…はぁ…はぁ…」
少年はフラフラな状態の身体を懸命に動かしながら立ち上がった。
竜賀「お前……まさか戦るってのか?」
少年はファイティングポーズを取りながら竜賀を睨み付けてきて、竜賀も臨戦態勢を取った。
竜賀「他人がせっかくここまで運んで来て治療までしたってのに、恩を仇で返す様」な真似しやがって……!!」
少年「…………」
竜賀「いいぜ……かかって来いよ!!」
少年「アアアアアアッ!!!」
少年は高く飛び上がり部屋の天井に逆さまに一瞬でしゃがみ込む様な姿勢になり、次の瞬間竜賀目掛けてバネの様に飛んで来た。
竜賀「ッ!!?そんなんアリかよ!!?」
飛びかかって来た少年を全力で躱し受身を取った竜賀は少年の身体能力と運動能力にビビっていた。
竜賀「これも伽霊能力なのかよ!?怪力とか速さが単純に上がるだけじゃねぇのか!?」
少年「ガアアア!!!」
竜賀「野生児みたいな動きしやがってッ!!」
少年が再び竜賀に飛びかかろうと喉元に手をかけた瞬間、
竜賀「やべ!!死ーーー」
ガッ!!!!
竜賀は自分の首に手をかけてきた少年の手首を一瞬で掴んでいた。
竜賀「ーーんでたまるかああぁぁぁぁぁ!!!!」
竜賀は身体を捻りながら、少年の腕を手繰り寄せ一本背負いの体勢に入った。
少年「オオオオオオッ!!!?」
ドタアアアアン!!!!
少年は地面に背中から叩きつけられ、痛みに悶絶した。
竜賀「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
少年「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
少年が悶えている頭の上で竜賀は息を整えながら自分の右手を見た。
竜賀「はぁ…はぁ…まさか…俺が危機的な状況になったら咄嗟に覚醒すんのか?霊段階Aは……」
竜賀の掌の霊媒印にはAの文字が浮かび上がり、文字が青く光り輝いていた。
すると蹲っていた少年が左手から赤い伽鍵礼符を出現させていた。
少年「はぁ…はぁ…はぁ…!!」
その礼符が赤い光を放つと、光は細長い棒の形に変わっていった。
竜賀「棍棒使いか……?」
竜賀の向かって棍棒を構える少年に対して、竜賀は右手から刀を出現させた。
竜賀「だったらこっちも武器を使わせてもらうぜ!」
竜賀は鞘から刀を抜き少年に向かって構えた。
竜賀・少年「オオオオオオオオ!!!」
2人が雄叫びを上げ、刀と棍棒をぶつけ合った。刃と棍の生み出す衝撃波はたった一撃で2人をよろけさせた。
少年「グアッ!?」
竜賀「ウオッ!?」
少年は身体をヨロヨロさせながら後の壁に背中をぶつけた。竜賀も身体のバランスを保つ様に片足でピョンピョンしながら後に下がった。
竜賀「う〜〜〜〜…っと!…やるじゃん!今のを病み上がりの身体でこんだけ怪力出るなんてよ!」
竜賀は驚いてはいたが余裕の表情を浮かべながら少年の戦いぶりに感心していた。
竜賀「だったらこっちも遠慮無しでいくぜ!」
少年「!!」
竜賀「はああああああああ!!!!!」
少年「アアアアアアアアア!!!!」
光男「人様の家で……ぬぅあああにぃぃぃ暴れ回っとんじゃ!!!!お前らはああああ!!!??」
ゴゴンッ!!
鈍い大きな音がしたかと思いきや、竜賀と少年は頭にズンとくる痛みを感じた。
竜賀「グ!!?」
少年「ウゴ!!?」
2人共頭を抱えながら、痛みに膝をついて蹲っていた。竜賀は頭の痛いところを触りながら父親が自分と少年に拳骨とかましたんだと気付いた。
竜賀「〜〜〜〜いっってぇぇぇなぁあぁ!!朝っぱらから何で拳骨すんだよ!!」
光男「やかましい!!シャーリーさんがお前らがリビングで伽霊能力使って喧嘩してるって言われて急いで駆け付けてみれば、無茶苦茶しやがって!!周り見てみろ馬鹿!!」
竜賀は周りを見てみると辺り一面にガラスの破片や木片が散らばっていた。
竜賀「…………あじゃぱ〜…」
光男「あじゃぱ〜じゃねぇ!!」
ゴンッ!!
光男からもう一発拳骨を喰らった竜賀はまた蹲って痛みを堪えていた。
その光景をずっと見ていた少年は呆気に取られていた。
トニー「ねぇキミ?」
少年「!?」
トニー「ああ…大丈夫…そんなに怖がらなくたって良いんだ…ここは安全だよ」
少年は目線を自分に合わせてゆっくり語りかけてきたトニーにびっくりしていた。少年は怯えた様な表情をしていた。シャーリーもそこにゆっくり近付き少年に目線を合わせる様に身を屈めた。
シャーリー「びっくりさせてごめんなさいね?私はシャーリー・ベイカー。貴方のお名前は?」
少年「?」
シャーリー「貴方のお名前を私に教えてくれないかしら?」
シャーリーは少年に優しく問い掛けた。しかし少年は訳が分からなそうな表情を浮かべたままであった。
トニー「私達の言葉は解るかい?私の言語は理解できているかい?」
少年は不安そうな顔をしていたがトニーの目を見ながらゆっくり首を縦に振った。
シャーリーとベイカーはその反応を見てほっとした表情をしてお互いに顔を見合わせ、少年の方にまた視線を戻し問い掛けた。
トニー「それじゃあ、また同じ質問になるんだが君は友達や家族からなんて呼ばれいるんだい?」
少年「…………」
少年は2人の顔を交互に見ながら俯き、ゆっくり首を横に振った。
少年「……分からない……」
ベイカー夫妻「何…?」
少年「……僕……自分の名前……知らない……」
竜賀「それって記憶喪失ってことか?昔のことを覚えてないとか…」
少年「そんなんじゃない……」
光男「どういうこと?子供の頃の記憶はちゃんとあるのか?」
少年「ちっちゃかった時のことは覚えてるよ…」
竜賀「それじゃあ何で自分の名前が言えないんだ?」
少年「僕…名前…無い」
一同「「「「え?」」」」
少年「僕…誰かに名前……付けられたことも…呼ばれたこともないんだ……」
竜賀と光男は唖然とした。ベイカー夫妻の顔を見ると、まるで何か見られたくない物を見られてバツの悪そうな思いをした表情をしていた。竜賀は昨日のことを思い出し少年に質問した。
竜賀「君…もしかして…見捨てられた町から来たの?」
少年は竜賀の顔を見ながら首を横に振った。
少年「違う」
竜賀「え?それじゃあどこから……?」
少年「僕はマクシム連合の実験施設にずっといたんだ……」
To Be Continued
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