#8 LOOP BLAKE 第1章 異世界 第7話 「はじめて握る真剣と刃の感触」
戦火に包まれる森の中で藍川光男とワイルズ・ダーヴィッチが向かい合っていた。光男は竹刀を握る手に今までにない緊張を感じていた。光男の息子・竜賀はそんな2人のただならぬ緊張感に圧迫され心臓が押し潰される様な感覚に見舞われた。
竜賀(こんな真剣に怒ってる父さん初めて見た。今まで見てきたどんな試合の緊張感とも違う!!父さん本気で怒ってる…!!)
光男はワイルズを睨み付けながらジリジリと距離を詰めて行った。
光男「ワイルズ…戦う前に1つ確認しておきたいんだが…」
ワイルズ「何だ?誕生日でも知りたいか?」
光男「クリフ・ポーランドって名前に身に覚えがないか?」
ワイルズ「クリフ…ポーランド?」
光男「お前がかつて殺した罪の無い母子の憎しみを背負ってハドノア連合に入ったマードック部隊の隊員を覚えてるかって聞いてるんだよ!」
ワイルズ「残念ながら、その程度のこといちいち覚えてないね」
光男「何?その程度のことだと!?」
ワイルズ「ああ…光男だっけ?…アンタはいちいち殺した家畜の豚の名前を覚えようとすんのか?人間に食われる餌としての目的の為に作られてんのさ。でも餌って言うと倫理に引っ掛かるから、あえて家畜って表現にして商品としてスーパーなんかに販売してんのさ」
光男「てめえにとっては適能者は人間で、無適能者は家畜の豚だって言いてぇのか?同じ人間としての血が流れててもか?」
ワイルズ「俺達が適能者だからってことに限らないだろ?人類の長い歴史…その時代や環境が作り出す価値観って物差しが違えば、世界を支配する為のルールが変わる。今は伽霊能力を持つ適能者が圧倒的覇権を握るこの時代にアンタみたいな弱者の綺麗事が合ってねぇってだけの話だ」
光男「俺はやっぱりアンタのことが嫌いだな…」
ワイルズ「理論に対して感情論かよ…意外とつまんねぇ男だな」
光男「人類の進化の歴史は同胞と手を取り合い互いに違う価値観を共に受け入れ合いながら共存することで成り立ってきたはずだ。自然界での力の優劣だけが全てじゃない!!」
ワイルズ「ほお…感情論だけしか言えない馬鹿でもない様だな。だがそれを証明したけりゃまず俺を止めてみろよ!」
それからワイルズは左手から伽鍵礼符を取り出した。礼符が銀色に輝き出すとワイルズの手から無数の球体が出てきて宙に浮き出した。
光男「ゲイドの空圧膨張か?」
ワイルズ「ククク…あれだけ優れた能力じゃねぇさ…だがな…」
そこまで言うと宙にフワフワと浮いていた無数の球体が、ワイルズの右手が上に上がった時ピタッ!と動きが止まり、右手を光男に狙いを定めて振り下ろすと
無数の球体は光男目掛けて一気に飛んで来た!!
ギュオン!!!
光男「!!!ウオッ!!?」
ガガガガガガンッ!!!!
光男はかろうじて避けた球体は後の木々に直撃すると木はミシミシと音を立てバタバタと倒れた。光男は立ち上がると倒れた木に飛び込みガサゴソと何かを探した。
ワイルズ「何やってんだ?」
すると光男は倒れた木々の中から2つ先程ワイルズが飛ばしてきた球体を両手に握って出て来た。
光男「これすっごく重いな!これ金属じゃねぇか…こんな物直撃したらひとたまりもねぇぞ」
ワイルズ「まぁ…骨の1本や2本はご愛嬌だな」
光男「だったら…」
光男は右手に持っていた鉄球をハンマー投げの要領で身体を回しながらワイルズ目掛けて放り投げた。
光男「お前がこれを喰らえ!!」
自分目掛けて飛んで来た鉄球をワイルズは全く避ける素振りも見せず右手を上げ鉄球に触れる。その途端鉄球が形を変えブーメランの様な形になった。
光男「まだまだぁ!!」
光男がそう叫んだかと思うともう1個の鉄球がワイルズに向かって飛んで来た。
ワイルズ「ッ!」
ワイルズが面倒臭そうに左手を鉄球に向けると、鉄球は左手の1m手前でピタッと止まり宙をフワフワ浮いていた。
竜賀「やっぱりダメか…」
近くで見ていた竜賀も溜息をついた。2つの鉄球を難なく受け止めたワイルズに父親が勝つ術があるのかと。
光男「竜賀!どんな時でも希望を捨てるな!相手を見ろ!そして勝機を探れ!そう言ってるだろ!」
ワイルズ「クク…今の攻撃が失敗したことで分かるのは、アンタの持っている武器で俺に決定的な一撃を加えられるものは何1つ無いってことだ。アンタの息子も方が利口だと思うがね」
光男「そうでもねぇぞ」
ワイルズ「?」
光男「アンタにさっき鉄球を2つ投げたのと、アンタがヒューズを殺したことで、アンタの伽霊能力の正体が3つ見えたよ」
ワイルズ「何?」
光男「まず一つ目は液体金属を身体から発生させる能力と、2つ目は身体に触れた金属を自在に変形させ操る能力、そして3つ目が自身の一定の範囲内の磁力を操る能力の3つだ」
ワイルズ「!?」
光男「どうやら全部当たったみたいだな」
ワイルズは自分の伽霊能力を全て言い当てた光男に驚愕した表情を隠せなかった。今までの人生でたった1回しか能力を見せていないにも関わらず、それを的確に言い当てられた経験がほとんど無かったのだろう。
ワイルズ「……クククククク…全て正解だよ…何故解った?今までの攻撃や防御しか見せていないはずだ…それともさっき言ってたクリフって奴から聞いたか?」
光男「いや…さっきまでのアンタの能力の使い方を見てたら解ったよ」
ワイルズ「ほう?」
光男「さっきの液体金属を鉄球に変えて俺に飛ばすまでは、『身体から出した液体金属を自由自在に操る能力』だと思ってた。でもお前は俺が鉄球を無警戒で持っていたにも関わらず、鉄球を変形させて操って俺の両腕を切り落としたり俺にぶつけたりしなかった。いやできなかったんだろう?」
ワイルズ「…」
光男「お前は、液体金属がお前の身体に触れていない限り、操作できなくなる。だから俺がこの距離で鉄球を2個持っていた時操れなかったんだ。金属を出す能力と操る能力はそれぞれ別々だ」
ワイルズ「…もしそうだとしたら、俺が鉄球を宙に浮かばせていたトリックの説明にならないと思うが、あの時俺は液体金属に触ってなかったが?」
光男「それが3つ目の能力、磁力を操る能力だろ?無数の鉄球が浮いている時、そして飛んで来た2つ目の鉄球を受け止めた時鉄球が不安定にフワフワ浮いていた…だろ?」
ワイルズ「見事だよ。俺の能力は霊段階2『鉄液状化』身体に触れる金属を液体化して操る能力、霊段階3『白銀の涙』身体から銀を生成する能力、霊段階4『磁気斥力』周囲に磁力を発生させ操る能力だ」
光男「わざわざご丁寧に能力の名前まで解説してくれてどうも」
ワイルズ「何だよそっけないなぁ〜もっと嬉しそうにしたらどうなんだ?クイズ番組なら全問正解の表彰ものだぜ?」
光男「俺は昔からマンガが大好きでね…特に超能力戦闘系が好きなんでアンタが能力を見せたとしてもビックリはしてもそんなにパニックになりはしないのさ」
ワイルズ「マンガ?何だ?それ?」
光男「マンガを知らねぇのか…」
ワイルズ「…で?俺の能力の正体をアンタは見事見破った訳だが…」
そこまで言うとワイルズはいきなり光男に向かって体当たりする様に飛んで来て左手を光男の顔に向け腕伸ばしてきた。すると左手がいきなりアイスピックの様な鋭い棘になり光男の顔を串刺しにしようとした。
光男「うお!!」
光男は竹刀で棘を下から押し上げる様に逆風をかまし、巴投げの要領で後に倒れながらワイルズの身体を後に飛ばす様に蹴り上げた。
光男「っどりゃああああ!!!」
ワイルズ「ぐっ!…舐めんなぁ!!」
身体を逆さまに宙に投げられたワイルズは右手に持っていた鉄のブーメランを光男目掛けて投げ付けた。しかし光男は咄嗟に受身を取りワイルズに振り返って、飛んで来たブーメランを横から竹刀で叩き飛ばした。
光男「ふぅ…」
ワイルズ「マジかよ…今の連続攻撃も躱せんのかよ…大抵今の技で深傷を負わせられんのによ」
光男「人間…鍛えりゃ強くなれるモンさ…生まれながらに神様に与えられた才能ってのには限界があるもんだぜ」
ワイルズ「ふん…たかが無適能者の分際で分かった様な口を叩くなよ」
ワイルズは左手の棘を自転車の車輪の様な丸鋸に変形させた。
ワイルズ「生まれながらの才能の限界だと?この世界では伽霊能力こそ絶対だ。無適能者共の科学力ってのも結局俺達適能者の能力を解析して発展した恩恵みたいなもんだ」
ワイルズは丸鋸を木に近づけると丸鋸が高速回転し始め、轟音を立てながら木を2秒足らずで切断された。
竜賀「父さん!!」
ワイルズ「ちなみにこれも俺の能力の1つ霊段階6『電磁転石』金属を磁力で回転させる能力だ」
切られた木の切断面にヒビが入っていない状態を見て、竜賀は父親があれを喰らってしまったらと思い心配し声をかけた。
ワイルズ「これでもアンタは生まれながらの力の差ってやつに限界なんて感じねぇってほざくのか?」
光男「まあ面白いとは感じるけどな。それが絶望することには繋がらねぇよ」
そう言うと光男はワイルズに向かってニヤッと笑って見せた。
ワイルズ「この状況で笑ってられるとはな…アンタも相当な大物だな」
ワイルズもニヤッと笑い丸鋸を回転させ始めると
ワイルズ「今日と言う日を忘れないでおいてやるよ、藍川光男ここまでよくぞこのワイルド・ダーヴィッチを楽しませてくれたことを…」
光男「まだ決着はついていないはずだが?」
ワイルズ「ああ…だから」
ワイルズは再び丸鋸を光男に向かって振り下ろして来たが、光男はひらりをそれを躱した。すると今度はワイルズの右手に鋭い長い爪が伸び光男を引き裂こうとした。
光男「なんの!!」
光男はそれすらも躱した。右手の爪、左手の丸鋸が交互に襲いかかって来るのを躱しながら光男はここぞの機会を窺っていた。
光男「これで留めさしてやる!藍川光男流剣術“渦斬り“!!!」
ワイルズの右手を躱し、光男は身体を回転させながらワイルズの背後に回り込みながら遠心力を利用してワイルズの延髄に横薙ぎを打ち込んだ。
光男「何!?」
しかし光男の竹刀はワイルズの首に当たってはいなかった。いや、当たっていないと言うよりワイルズの首を竹刀がすり抜けていた。
光男「どういうことだ?今のは絶対当たるタイミングだったはずだ…何で手応えが…」
ワイルズ「ククク…ここまで俺を楽しませてくれた礼代わりに俺の切札とも言える能力をアンタに見せてやるよ」
光男は慌ててワイルズから距離を取り体勢を立て直した。近くで見ていた竜賀は気が気ではなかった。光男の攻撃がワイルズに効かない光景を目の当たりにし顔が真っ青になっていた。
光男「ふん…光栄だね。ここに来てようやく本気になって切札を出してくれるとはね…何なんだその能力は?」
ワイルズ「霊段階5『崩形銀像』身体の細胞そのものを金属の結晶体に変質させ形状を自在に変えられる能力さ…まぁ形状を変えられるのは自身の身体の体積分だけだけどな」
光男「つまり液体金属を身体生み出せる上に自分の身体自体を液体金属にできるってことか」
ワイルズ「そういうことだ…最初っからアンタのその棒切れの攻撃なんざ何も怖くねぇんだよ」
竜賀「割に合わな過ぎるだろ!!アンタの攻撃はこっちに効いて、こっちの攻撃は全く効かないなんて」
ワイルズ「馬鹿かお前…戦いってのはそもそもそういうもんだろうが…卑怯なんてない!自分に有利に働くように戦況を操作するのが生き残る為の基本だろうが!!お互いが公平に戦うスポーツとはわけが違うんだよ!!」
光男「ちっ!…だったら!!」
光男はワイルズの顔目掛けて刺突を打ち込んだ。が、竹刀は手応えなく、ワイルズの顔は水のように形を変え横薙ぎに転換してもまるで暖簾に腕押し状態だった。
ワイルズ「アンタも分かんない男だなぁ…」
ワイルズは身体に差し込まれている竹刀を両手で掴むとーーー
バキッ!!!
光男の竹刀をまるで枝の様にへし折った。
光男「しまった!!」
ワイルズ「やれやれ最初からこうしとけば無駄に時間を食わずに済んでたぜ」
折った竹刀を茂みに投げワイルズは光男を蹴り飛ばした。
光男「がは!!」
竜賀「父さん!!」
光男「りゅ…竜賀!!逃げろ!!お前だけでも!!!」
竜賀「嫌だ!!父さんを見捨てて自分だけ逃げたくなんかない!!!」
竜賀は先程まで恐怖で動かなかった足を必死に動かし立ち上がった。
ワイルズ「安心しろよ」
ワイルズは痛みにうずくまる光男に近付くと、光男を踏みつけた。
ワイルズ「逃げようが逃げまいが、アンタを殺した後でアンタの息子もすぐあの世に送ってやるよ」
光男「ぐあ!!」
竜賀「!!父さんから離れろ!!」
竜賀は自分の竹刀を持ち、ワイルズに向かって物凄いスピードで突っ込んで竹刀をワイルズの足目掛けて振った。
ワイルズ「やれやれ…親が親なら子も子で馬鹿ってことか?効かねぇってーーー」
ワイルズの液体金属化した身体が竜賀の竹刀を突き刺さった状態で受け止め、
ワイルズ「言ってんだろうが!!!」
バキバキッ!!!
竜賀の竹刀もへし折ってしまった。ワイルズは竜賀に喉輪をした。
竜賀「がっ!!…」
ワイルズ「俺はお前みたいに弱いくせに強い奴に立ち向かって死ぬことが美徳みたいに思ってる奴が嫌いなんだよ。手も足も出ない結果になるのが分かってんのに負けるって言う結果から逃げる為に死ぬ事を選ぶ奴がな!!」
ワイルズは竜賀を投げ飛ばし、竜賀の身体は地面の上に叩きつけられた。
竜賀「がは!」
光男「竜賀!!」
ワイルズ「まずはアンタだ…楽しかったぜ…藍川光男!!」
竜賀「やめろおおおおおおおおおおお!!!」
竜賀は喉が張り裂けるかと思えるほど絶叫した。するとーーーー
竜賀の右手が光り出した!!
ワイルズ「何…!?」
光男「竜賀?」
竜賀は自分の右掌を見ると霊媒印が青く輝き、そこには「2」と言う文字が浮かんでいた。
光男「まさかこんな短い時間で」
竜賀「これが俺の…霊段階2…」
竜賀は霊媒印を見ながら念じると青い光に包まれた伽鍵礼符が出て来たーーー
ーーその伽鍵礼符には「海斬刀」と書かれていたーーーーー
竜賀はその礼符にまた念じると、今度は礼符から放たれている光が収束し、竜賀の右手には紫色の鞘に、藍色の柄、黄金色の鍔を付けた日本刀が握られていた。
ワイルズ「何が出てくるのかと思えば…ソード型の霊具か…そんなモンが流動する俺の身体に効くとでも?」
竜賀は柄を握ると鞘から刀身を抜き出した。すると刀身は時代劇で見ていた様な銀色ではなく、妖しく青く輝き、刃紋は紫色の炎の様な形をしていた。
竜賀は人生で初めてこの瞬間、真剣を握った。
真剣の重さに最初は驚いていた。ズシリと手に掛かるその重さが、人を殺す為の重さであると竜賀に実感させた。
光男「止めろ!竜賀!!お前は真剣を使ったことなんてないだろ!!使い慣れてない武器なんて役に立たないし、危険を招くだけだ!!」
竜賀「でも…ここでこの男を倒さないと父さんが殺されちゃう…」
光男「俺の事は良いから早く逃げろ!!」
ワイルズ「ククク…小僧…それは脅しの道具にはならねぇぞ?適能者同士の本気の殺し合いになれば、殺されても文句はねぇよな?」
竜賀「父さんを…父さんを助けられるなら…」
そう言うと竜賀は刀を両手で握り締め、ワイルズに向かって構えを取った。
竜賀「父さんから…今すぐ離れろ!!ワイルズ!!!」
竜賀が刀を振り上げ、ワイルズに飛び込むと、ワイルズの身体が銀色になり再びスライムのように変形し始めた。
ワイルズ「お前の剣なんざ俺に効かないどころか…」
スライムの様に変形するワイルズの身体は竜賀の刃が当たる事なく太刀筋に合わせて空間ができるように、紙一重で躱した。
ワイルズ「掠ることもねぇんだよ」
ワイルズは竜賀の刃を何度か躱すと、竜賀の左腕を掴み腹を思いっきり蹴り押した。竜賀の身体は数メートル飛び後の木に叩きつけられた。
竜賀「がはっ!!?」
ワイルズ「ふん…霊段階2とはいえここまで弱いと吐き気がするな…やめだ!光男を殺すのは後にしてやる…まずは竜賀からだ」
光男「やめろ!!」
ワイルズ「弱い奴は自分の死に様も選べねぇ…そのことを呪いながら死んでいくんだな!!」
ワイルズは竜賀に向くと足から液体金属を流し、竜賀の方向に向かって3〜4mの長さのレールの様な物が出来上がった。そしてワイルズの右腕がドリルの様な形状に変化した。
ワイルズ「俺の足とレールに磁力を発生させて、S極とN極を交互に作用させながら前進すると一体どうなる?」
光男「まさか…リニアモーターカー…!!」
ワイルズ「正解だ…たかが無適能者ごときには決して生み出せない、磁力による超加速…」
光男「竜賀!!!逃げろぉ!!!」
ワイルズ「もう遅い!!死ねぇぇぇ!!!」
ワイルズの身体は目にも止まらぬスピードで加速し、竜賀に大砲の砲弾の様な勢いで飛んでいった。
竜賀「!!?」
竜賀は自分に向かってワイルズがドリルを突き刺して来ると思い、自分はもう死んだと目を瞑った瞬間ーーー
ーーーー左手に握っていた刀が勝手に動き出したーー
グサ!!!
竜賀は何か鈍い肉を引き裂く音を感じ、何か生温かい液体の様なものが身体に降り注いだ感触を感じた。そして1人でに動き出した刀から何か別の重みが掛かるのを実感した。
竜賀は自分はまだ目を瞑っていた。ワイルズのドリルが自分の身体を貫く痛みがジワジワ襲いかかって来ると思って目を開けなかったからだ。
しかし、竜賀はしばらく待っても自分の身体から痛みを感じなかった。
ワイルズ「ガハッ!!」
目の前でワイルズの声を感じ、恐る恐る目を開くとーーー
ーーそこには竜賀の刀がワイルズの開いた口から後頭部にかけて貫通していた光景だった。ーーー
光男「竜賀!!見るな!!」
竜賀の視界を覆うワイルズの死体の後側から光男の大声が聞こえた。しかし竜賀は目の前に広がる光景から目を離せなかった。
ワイルズの頭を貫いた切り口からは大量の血が噴き出ていて、ワイルズは意識を完全に失って白目を剥いていた。竜賀の顔の左側にはワイルズのドリルがすぐそばで後の木に刺さっており、間一髪で避けれたことが伺える。
そして自分の服に飛び掛かっている赤い血がワイルズのものであること、刀を伝ってワイルズの血が左手からポタッ…ポタッ…ポタッ…と流れ落ちていることを認識した。
ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…
竜賀「…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
竜賀は徐々に状況を理解していくと、心臓の音が耳をこだまするように大きく感じ、喉が急に締めつけられる様な感覚に陥った。
ーーー竜賀は自分が初めて人殺しをしたと自覚したーーー
竜賀「はぁ!…はぁ!…はぁ!…はぁ!」
光男「竜賀!!刀を放せ!!」
光男は竜賀に駆け寄ると、竜賀の血塗れになった左手に手をかけ無理矢理刀から手を放させようとした。
光男「竜賀…!!刀から手を放すんだ…!!」
しかし竜賀の左手は信じられないほど強く刀を握っており、力づくでは解けないほどだった。
光男「竜賀!!放せって言ってるだろ!!…竜賀?」
竜賀「そんな…こんな…はずじゃ…はぁ…はぁ…」
光男は竜賀の顔を見ると唖然とした。竜賀の目は焦点が合ってない様な動きをし、唇はワナワナと震えて、顔は真っ青になっていた。竜賀は自分が殺人をしてしまった事実に混乱していた。
光男は竜賀のパニック状態を見て一旦深呼吸し、まず自分が落ち着こうとした。そして竜賀に向かって優しく語りかけた。
光男「竜賀?…俺の声は聞こえるか?…聞こえるなら頷くだけでも良い…聞こえるか?」
竜賀「はぁ…はぁ……!」
竜賀は刀の先を凝視していたが、光男の声が聞こえたようで荒く呼吸しながらも小さく2、3回首を縦に振った。
光男「竜賀…ゆっくりで良い…右を向いてみろ…ゆっくり…」
竜賀「…!!」
光男「大丈夫…大丈夫だから…」
竜賀は父親の声がけにゆっくり首を恐る恐る右に回すと、そこには優しい表情をした父親の顔があった。
竜賀「……父さん…」
光男「竜賀?…左手から力を抜いてみろ…大丈夫…ゆっくりで良いから…」
光男は竜賀の左手を無理矢理刀から放させるのを止めて、竜賀を安心させる様に左手の上に自分の手を置いてゆっくり撫でた。
光男「大丈夫…大丈夫だぞ…お父さんがそばについてるからな…」
そう言うと竜賀は刀を強く握り締めていた左手の力を抜いていき指をゆっくり開いていった。刀の柄が完全に手が抜ける様になると、竜賀の左腕を引いて体ごと強く抱き締めた。
竜賀「父さん…!!俺…」
光男「大丈夫…大丈夫だからな…」
竜賀は目を瞑り、涙を流していた。暗闇の森の中では、炎に包まれ木々が燃える音と、ワイルズの屍に背を向ける竜賀の嗚咽だけが響いていた。
To Be Continued