令和時代の地域・家庭学習
最近、自身の学び直しと合わせて、小学校1年生と0歳の二人の子供の教育についてよく考えています。自分の子供はもちろん、これからの日本を担う子供たちのためにどのような教育が今後10年で求められるのだろう?それはどんなグランドデザイン(基本構想)になるんだろう?と考えてみました
時代と学びのチャンネルの変遷
学びというのは、どこから、何から学ぶのか?という視点で整理することも1つの考え方だと思います。地域社会、学校、家庭という3つのチャンネルがあるという仮説を立てました。
【昭和の時代】
地域、学校、家庭のバランスが良かったように思います
家族では、3世代いるため、おじいちゃんやおばあちゃんも積極的に参加
地域では、3世代の厚み・専業主婦であることを活かし、手伝える人が地域に積極的に参加、例えば夏休みのラジオ体操は毎日ありましたし、地域の公園での夏祭りなんかもたくさんあったかと思います
【平成時代】
核家族化・共働きが進んだことで、家庭での教育が縮小し、場合によっては、教育は「支払って」他人に任せることが加速
同様の理由と、高齢者も年金が縮小するなど、余裕がなくなり地域社会の担い手が大幅に減少(みんなでやって当たり前から、人に押し付けたもの勝ち)
※企業の有能な人材をパートで安く使う姿勢もこの流れを加速した可能性
地域と家庭での学習が弱体化した。教育は学校ですることでしょ?という流れが加速。自分の分担が減ったことで、他責の文化も拡大した可能性
また、昭和の時代には、まだ支えあわないとそもそも子育てが無理であったが、技術の進歩で核家族でもなんとか回るようになったことも要因となっている可能性
【令和時代】
では、これからどうするべきか?
仮説:2STEPが解決の1つの方向性となりうる?
1)まずは家庭学習の再生(HomeSchooling)
昭和の時代は、ある意味で家庭ごとに家庭教育の質に偏りがあったが、今はだれでも最先端・最良のHomeSchoolingにアクセスできる可能性がある。もしくはICT技術のさらなる進展で、時代は確実にその方向に行く
例えば、小学1年生で起業などのコンテンツは一気に広まり、自分の家庭でトライすることも可能。
2)次に地域社会のコンテンツの再生
地域には、税金を投じて作られた施設があり玉石混合ではあるが、一部は大変優良な教育資産となりうる。各家庭の教育レベルが上がり、個の能力が高まれば、より有効にそれらの資産を活用できる
例)無料で入場できる化石の発掘ができる公園を活用し地域の子供たちで訪問、一人、または個別の家庭では学べない集団での学びを、一人の資産ではとても入手できない場を活用し実現していく