要約版 - 長鎖ノンコーディングRNAの謎に迫る BRIC-Seq法の誕生秘話
以下の文章は、「理系のための研究者・大学教員への道 - 第6章 ポスドク:2009〜2012年」を要約したものです。
・・・2009年の春、28歳の私は東京大学で学振ポスドク(博士研究員)として新たな研究生活を始めました。秋光信佳先生の研究室に弟子入りし、基礎研究の世界に飛び込んだのです。
未知の世界への挑戦
私が最初に取り組んだ研究テーマは、ヒト細胞の長鎖ノンコーディングRNA(タンパク質を作らないRNA)に結合するタンパク質の同定でした。これは、学生時代からの夢だった「生命の複雑な仕組みを解き明かす」ことに近づく第一歩でした。しかし、その道のりは決して平坦ではなかったのです。
「理由」
新しい研究環境:ヒト細胞の培養、RNA・タンパク質の取り扱いは初
ハンディキャップ:同世代の研究者たちは既にRNA 研究のベテラン
大きな挫折:上記の研究テーマは、半年間全く進展しなかった
転換点:RNA分解の研究へ
最初に取り組んだ研究テーマの挫折に苦しんでいた私は、秋光先生とともに新たな研究テーマを考え出しました。それは、細胞内の長鎖ノンコーディングRNAの寿命(半減期)を調べる研究でした。
「従来のRNAの寿命を調べる方法の問題点」
薬剤でRNA生成を強制的に止める
細胞にダメージがある
RNAの局在が変化してしまう
そこで私たちは、細胞への影響が少ない、新しい方法を考案しました。
BRIC-Seq法の誕生
私たちが開発したのは、ウリジンの修飾塩基である、ブロモウリジン(BrU)を使って生成したRNAに目印をつける方法でした。
「BrUでは、目立った細胞への悪影響はみられない」
細胞にBrUを投与し、細胞内で新しく作られるRNAにBrUを取り込ませる
一定時間後、使用されなかったBrUを取り除く
時間経過とともにBrUを含むRNAの量を測定
この方法により、細胞への影響が少ない状態で、RNA分解速度を測定できるようになりました。
世界初の発見
当時、最新鋭だった次世代シーケンサーを使って、全RNAの分解速度を測定した結果、驚くべき発見がありました。
mRNAの結果は過去の研究と一致した(手法の信頼性を確認できた)
長鎖ノンコーディングRNAの新しい知見を得た
分解が早い:他の因子を制御するRNA(HOTAIR、NEAT1など)
分解が遅い:常に必要とされるRNA(tRNA、snRNAなど)
この発見により、「未知の」長鎖ノンコーディングRNAの機能を予測する重要な指標を世界で初めて示すことができました。
研究成果の発表
2012年、私たちの新手法「BRIC-Seq」とのその成果は、海外の論文誌(Genome Research)に掲載されました。奇しくも同じ雑誌の同じ号にオーストラリアのビッグラボから似たような研究成果が発表されたことで、私たちの研究が世界最先端であり、再現性があることが証明されたのです。
Tani H, Mizutani R, Salam KA, Tano K, Ijiri K, Wakamatsu A, Isogai T, Suzuki Y, Akimitsu N*. “Genome-wide determination of RNA stability reveals hundreds of short-lived non-coding transcripts in mammals” Genome Res., 22, 947-956, 2012.
結論:基礎研究の真髄
3年間のポスドク生活を通じて、私は基礎研究の醍醐味を体験しました。挫折を乗り越え、新しい発見をする喜び、そして世界中の研究者と競い合う緊張感。これらの経験を胸に、次のステージへと進む準備が整ったのです。