教育系弁護士が見る「やけ弁」第1話
スクールローヤーの制度がいよいよ動き始めています。その流れに乗って、スクールローヤーに関するNHKのドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校で吠える」が始まりましたね(スクールローヤーについては、同ドラマのホームページで神内弁護士が解説しています⇒こちら)。第1回のテーマは「体罰」です。
自分も弁護士として学校関係の問題に色々関わらせていただくことが多く、また、スクールローヤーの必要性を感じている立場なので、同制度の議論を深めるため、色々思うところを記載できればと思います。
①「威力業務妨害罪」にあたるか?
弁護士が、紛糾している保護者との面談の場に乗り込んだ上で、その保護者に対して「あなたの行為は威力業務妨害罪が成り立つ」と言ってしまうのは、保護者と教員の信頼関係を一気に破壊しかねません。業務の都合を話して面談の継続は難しい旨を何度かお伝えして退室を依頼し、それでも終わらせてくれないのであれば、伝家の宝刀的な最後の手段として、上記対応をとるのが望ましい対応といえます。
今回は少なくとも教員の方から退室を依頼している様子は見られません。その意味では、田口先生が「犯罪」を理由に退去させるために面談の場に踏み込むのは時期尚早であり、ドラマの場面だけから判断する限り、そもそも「威力業務妨害罪」が成立するのかどうかも微妙な気がします。仮に、度を越えて、何度も何度も退去を要求しているにも関わらず、頑なに抵抗してその場を離れようとしなければ、確かに、威力業務妨害罪も成立する可能性もあります。
ただし、基本的に教員と、保護者や子どもとは、その後の付き合いが継続します。その意味では、(たとえスクールローヤーがいたとしても)弁護士が出るのではなく、弁護士は後方支援に徹するべきだと思います。
② 「体罰」の限界
(1)体罰の定義
「体罰」は、法令上、学校教育法11条「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」と定められています。では、「体罰」は何かと言えば、「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)」という通知に「当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え」たうえで「身体に対する侵害を内容とするもの・・・と判断されるもの」(同通知2.)と定められています。
(2)最高裁判決との比較
また、「公立小学校の教員が,悪ふざけをした2年生の男子を追い掛けて捕まえ,その胸元を右手でつかんで壁に押し当て,大声で「もう,すんなよ。」と叱った行為」について、体罰には該当しない、と判示する最高裁の判決も出ています(最判平成21年4月28日民集63巻4号904頁)。「判例上も証明されている」との田口弁護士の言葉は、このことを想定していると思われます。
しかし、他の生徒に対して謝罪させるため水島さん(生徒)の襟元をつかんで強制的に頭を机に押し付ける行為は、前述の最高裁判決の事案と比較しても「総合的に考え」「身体に対する侵害を内容とするもの」であり、許されるものではないと考えられます。
(3)正当行為として認められるか?
確かに、通知上も「正当防衛及び正当行為」については許容されています(同通知3.)。田口弁護士が、水島さんが望月先生に泥水や他の生徒の弁当をかけた直後に望月先生の行為が行われていることを理由に正当化されるかのような説明しているのは、そのような文脈での説明かと思われます。しかし、今回の望月先生の行為は、水島さんによる行為が完全に終わった後にされた行為であるため、「正当防衛及び正当行為」と判断されるのは難しいと思われます。
あの時点で望月先生がすべきは、強い怒りを感じたとしても口頭で強く注意したうえで、即刻戻ってすべて経緯や事実を文書化をし、他の職員と情報を共有するとともに、別途本人を呼び出す等して対応すべきだったと考えられます。あまりに度重なり、それが度を越えているようであれば、警察との連携も検討すべきです。
ドラマのホームページに記載されているとおり、実際に学校において教員としても働いている神内弁護士も、かなり葛藤をされているようです(こちら)。
(4)補足
なお、田口弁護士は勝手に望月先生の机を漁って発見された退職届を保護者に見せて反論しています。確かに、ドラマとしてはあり得る展開なのかもしれませんが、弁護士が、勝手に教員の机を漁り、その結果発見された退職届を当該教員の許諾なく保護者に見せるのは、当然、あり得ないと思います。
③ 覚書を破棄させるべきか?
三浦先生が、家庭訪問をした上で、保護者に覚書の破棄を依頼し、保護者はこれを承諾し、破棄しました。これは正しい対応でしょうか?
保護者に覚書の破棄を要求することは、のちに証拠隠滅ともいわれかねないことから、避けるべきと考えられます。
たとえあのような覚書を書いてしまったとしても、まずは、しっかりと先生にも生徒にもヒアリングをして調査をしたうえで、学校として何を「事実」とするのか確認することが必要です。教員や生徒から事情の確認・調査をしたうえで、教員に不適切な対応があれば当該教員の処分もし、学校として再発防止策を考える。それ以上要求されたら、対応は難しいということをお伝えする、というのが基本的な思考パターンです。
ただし、仮にあの覚書が裁判で証拠として出てきたとしたら、確かに、田口弁護士が言うように、署名をせざるを得なかった状況を述べ当該覚書に記載されている内容が真意でないことを説明することになるかと思います。ただ、そもそも、あの覚書の文言は以下のとおりです。
「私こと望月詩織は水島真帆さんに暴力を振るいました。私が行った行為は体罰であったことを認めます。二度と同様な行為はいたしません。もし、この誓いを破ったときは、いかなることをされても異議はありません。」
この覚書には、そもそも具体的な事実(いつ、どこで、どのような行為を行ったのか)が記載されていないので、裁判において事実を証明する力は弱いと考えられます。
一般的に、かなり強く意見を主張された場合には、ある程度その場しのぎの対応をしてしまいがちです。しかし、何か問題が生じたときに何よりも重要なのは事実確認です。そのことを認識しておくだけでも、教員の方々にとってはかなりやるべきことが明確になると思います。