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エーリヒ・フロムの理論に学ぶ、組織での「愛」の実践:いまのたかの組織ラジオ#212

 今野誠一氏(GOOD and MORE)と高野慎一氏(aima)によるユニット『いまのたかの』。マネジメントと組織の現場についてカジュアルに語る、「組織ラジオ」です。今回は、第212回目「“愛するということ” 愛の定義をさらに深める」でした。

 先週の第211回目「“愛”は行動にブレークダウンし定義する」の続編的ものになりますでしょうか。

 今回は、エーリヒ・フロムの著書『愛するということ』に基づいて議論が進んでいます。愛が単なる感情や一時的な情熱ではなく、むしろ「技術」として捉えるべきものだという考え方を提唱しています。ここでいう「技術」とは、自然に発生する感情や生まれつきの特性ではなく、意識的な鍛錬と努力を通じて身につけられるものであり、この視点は、特に管理職やリーダーシップの役割を担う者にとって、組織やチームメンバーとの関係性を深めるために不可欠なものです。この愛の技術を実践することで、感情的なつながりに留まらず、実際の行動を伴う愛が形作られ、より健全で生産的な職場文化が築かれるとされています。

 フロムの理論において、この「愛する技術」は以下の4つの基本的な要素に分けられ、それぞれの要素が愛を持つことの本質を深く示しています。これらの要素を理解し、日々の実践の中で意識することにより、愛は単なる感情としての存在ではなく、持続可能な関係性を構築するための基盤として機能するものとなります。

1. 配慮(Care)

 配慮とは、相手の成長や幸福を自分自身の課題として真剣に考え、そのために積極的に行動することを指しています。この姿勢は、特に管理職やリーダーシップに携わる人に求められる資質です。
 例えば、管理職が部下に対して配慮を示す場合、それは単に優しさや親しみを持って接することではなく、相手の長期的な成長を念頭に置き、そのための環境を整える努力を意味します。具体的には、部下が困難に直面した際に迅速にサポートするだけでなく、その人のキャリアビジョンを尊重し、それを実現するための機会を提供することも配慮に含まれます。

 さらに、配慮とは単なる思いやり以上のものであり、職場において一人ひとりが成長し、貢献できるよう支援する姿勢でもあります。例えば、日々の小さな行動に表れる配慮として、部下の功績や努力に対して適切なフィードバックを与え、自己成長を促すような言葉がけをすることが挙げられます。こうした細やかな配慮が、信頼関係を深める基盤となり、リーダーとしての信頼性や影響力を築くことにつながるのです。

2. 責任(Responsibility)

 ここでいう責任は、単なる義務感から行動するものではなく、自発的に相手に対して応答し、サポートする意志を指しています。フロムは、「責任とは他者から押し付けられるものではなく、自己の意思によって行動するものである」と述べています。この考え方は、管理職やリーダーにとって非常に重要であり、部下が困難に直面した際には、積極的にサポートする姿勢が求められます。責任とは、他者の成長や問題解決に向き合うことであり、ただの上司としてではなく、相手の真のサポート役として行動することが大切です。

 具体的には、部下が仕事上で困難な状況に直面し、助けを求めてきたときに、その要望に単に応じるのではなく、相手の問題を自分の課題と捉えて対応する姿勢が重要です。このような対応を通じて、部下はリーダーへの信頼を深め、困難な状況でも支えられていると感じることができます。また、責任感を持って行動することは、リーダーとしての自覚や責務を深めると同時に、他者とのつながりを強固にするための重要な要素でもあります。この姿勢が、組織全体においても調和や信頼を生む基盤となり、持続的な成長に結びつくのです。

3. 尊敬(Respect)

 「尊敬」は、相手を「唯一無二の存在」として見ることです。尊敬とは、相手に対して単なる形式的な礼儀ではなく、その人が持つ個性や価値観を深く尊重し、真摯に向き合う姿勢を意味します。フロムは「尊敬が欠けると、相手に対して支配的になったり所有しようとする態度に陥りやすくなる」と警鐘を鳴らしており、これは特に組織内の上下関係においても重要な指摘です。リーダーが部下を単なる役割として見るのではなく、一人ひとりが異なるバックグラウンドや考え方を持つ存在であることを理解する姿勢が、真のリーダーシップといえます。尊敬が欠けた状態では、部下に対する態度が支配的になりがちで、部下を自分の思い通りに動かそうとする意図が生まれてしまう可能性があります。

 しかし、尊敬がしっかりと育まれていれば、相手の考えや行動に対して、より深い理解と協力の姿勢が自然に生まれます。フロムは尊敬の語源についても触れ、尊敬とはラテン語の「リスピシア」に由来し、「相手をよく見る」ことがその本質であると述べています。ここでいう「見る」とは、単に相手を観察するという意味ではなく、相手の個性や価値観をしっかりと見つめ、その人が持つ独自性を認識することです。これによって、部下や同僚との関係性はより深く、意義あるものとなり、組織全体で個性を尊重する文化が形成されるでしょう。

4. 知ること(Knowledge)

 「知ること」は、愛を持って他者に接するために欠かせない要素です。相手のことを深く知ろうとする姿勢がなければ、他の配慮や責任も形式的になり、相手に対して真の愛を持って接することは難しくなります。ここでいう「知ること」とは、単に相手の表面的な特徴を知ることではなく、彼らの人生観や価値観、目標や個性について深く理解することを指しています。この「知ること」は、組織やチームの中で一人ひとりを理解し、その成長を促すための基盤として機能します。

 例えば、管理職が部下のことを深く知ることによって、個々の強みや課題を把握し、それぞれの成長を促すための適切なサポートを提供できるようになります。また、知ることによって、組織全体がメンバー同士の理解を深め、互いに尊重し合う文化を形成することができます。さらに、フロムは「知ること」が他の愛の要素を支えるものであり、配慮や責任を果たすための重要な要素であると強調しています。相手を知ることなくしては、配慮も責任も表面的なものに終わりがちで、真の意味でのサポートや信頼関係は築けません。

 このように、フロムが提唱する「愛する技術」は、単なる感情ではなく、実践的な行動と結びついたものであり、特に職場や組織でのリーダーシップや人間関係において重要な役割を果たします。この技術を意識的に実践することで、組織全体においてメンバーの成長や信頼関係が促進され、結果的にはより健全で生産性の高い職場環境が築かれると考えられます。
 また、この「愛する技術」の考え方は、個人の成長や自己啓発にもつながり、他者との関係性を深めるだけでなく、自らも成長するための重要な教えとなるでしょう。フロムの理論を実際に取り入れ、日常の業務や人間関係に活用することで、より豊かで持続可能な人間関係が構築され、チーム全体の一体感や目標達成に向けた意欲も高まると期待されます。

人事の視点から考えること

 「愛する技術」をどのように職場に導入し、組織文化として根付かせるかを考察してみます。従業員が生き生きと働ける環境作りに貢献し、従業員の成長と幸福に配慮した人材戦略を策定することが求められます。フロムの「愛する技術」の4つの要素を企業人事の視点で考察してみます。

1. 配慮の文化を根付かせる

 「配慮」は、従業員一人ひとりの成長や幸福に関心を持ち、そのために積極的に支援する姿勢です。マネージャーやリーダーが部下の成長に寄り添う文化を根付かせるために、適切なトレーニングプログラムを提供する必要があります。具体的には、上司が部下に対して「日常的なフィードバック」を行い、将来のキャリアに関心を寄せるような支援の姿勢を推奨するプログラムが考えられます。
 さらに、従業員の成長を促す「1on1ミーティング」や、目標設定と評価の場を用意し、管理職が日々の業務を通じて部下に対する配慮を実践できるような仕組みを整えることも重要です。こうした配慮が組織全体で徹底されることで、従業員のモチベーション向上と、信頼関係の強化に繋がると考えられます。

2. 自発的な責任を奨励する仕組みの導入

 「責任」を自発的に果たすことができるようにするために、管理職が「責任」を負担ではなく「主体的なサポート」として認識できるような制度設計を行うことが大切です。具体的には、従業員が支援を求めやすい環境作りが考えられます。
 例えば、メンタリングやコーチングの制度を導入することで、管理職が部下の相談に乗りやすくし、困難な状況に対して自発的に責任を果たすサポート体制を整えます。また、部下が抱える課題や成長機会を見極め、適切に助言できるスキルを備えるためのトレーニングも重要です。これにより、管理職が主体的に部下の成長を支援する文化が醸成され、従業員一人ひとりが信頼と安心を感じられる職場が構築されます。

3. 尊敬を基盤とした評価制度の整備

 「尊敬」は、相手の個性や価値観を認識し、それを尊重することにあります。個々の能力やスキルに加え、それぞれの価値観や意欲を評価する仕組みを構築することが求められます。たとえば、従来の業績評価にとどまらず、各従業員が持つ「独自の価値」に着目した評価の導入が考えられます。また、多様性とインクルージョン(D&I)を推進し、個性や背景の違いを尊重する教育も必要です。これにより、管理職や同僚が互いの価値を尊重し合い、各従業員が自分の個性を生かして活躍できる環境が生まれます。尊敬に基づく評価制度が整えば、従業員が自己を尊重し、他者の尊重も実践する文化が職場に浸透します。

4. 「知ること」の促進を図る研修や交流の場の提供

 「知ること」は、従業員同士が互いの価値観やスキルを理解し、相互に信頼関係を築くための基盤となります。この「知ること」を組織全体で促進するために、従業員が互いに知り合う場を積極的に提供することが重要です。たとえば、定期的なチームビルディングやクロスファンクショナルなプロジェクトへの参加を奨励し、従業員同士が仕事を通じて深く知り合う機会を作ります。また、業務外の交流を奨励するための社内イベントや、オンラインツールを活用したコミュニケーション機会を提供することで、物理的な距離を超えて従業員同士がつながることができます。これにより、従業員一人ひとりが他者を知り、その上で尊重し合う文化が職場に根付くことが期待されます。

総括:人事部門の役割と「愛する技術」の組織全体への浸透

 「愛する技術」を単なる理論に留めず、実際の行動と結びつけ、組織全体で浸透させることが求められます。フロムの提唱する愛の技術の4要素は、ただの理想論にとどまらず、管理職や従業員の成長と組織の活性化に実際的な効果をもたらすものです。人事部門としては、これらの要素を取り入れた人材育成や組織開発を推進することで、職場での信頼と共感を基盤とした健全な職場文化が形成されるでしょう。

リーダーとチームメンバーが温かく協力的な関係を築いている場面です。穏やかな光が差し込むオフィスで、リーダーが親身に耳を傾け、相手の成長や幸福を尊重している様子が伝わってきます。自然光やインドアグリーンが、落ち着いた雰囲気をさらに引き立て、職場での愛と理解に基づくコミュニケーションが表現されています。


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