「定年前と定年後の働き方」を考えるー石山恒貴氏
Aoba-BBTのAirSearch「定年前と定年後の働き方」を聴講しました。この番組は、昨年2023年に石山氏より発刊された、『定年前と定年後の働き方』(光文社新書)をベースにつくられています。私も同書を拝読し、以下に読後感を執筆しています。改めてその重要性を認識したところです。
1.シニアの働き方の概要
ここでは、シニア世代の働き方や生活に関する概要を紹介し、定年前後の人々が直面する課題と機会について詳細に掘り下げています。石山によってまとめられたこの内容は、シニア世代がVUCA時代を生き抜くための指針を示し、高齢社会における彼らの役割を再認識することを目的としています。
VUCA時代のシニアのキャリア観
VUCA時代とは、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧さ(Ambiguity)の特徴を持つ時代を指し、シニア世代にはこれまで以上に柔軟で適応性の高いキャリア観が求められます。石山教授は、2022年時点での45歳以上の労働力人口の比率が55.5%に達していることを指摘し、高齢化社会における労働力の重要性を強調しています。このことから、シニア世代が職場で活躍し続けるためには、キャリアの終わりではなく、新たなキャリアの可能性を模索する姿勢が必要であることが示されています。
高齢期の知能と自己成就予言
高齢期における知能の変化に関する研究を引用し、結晶性知能は60歳頃まで上昇し、その後も大きく低下しない一方で、流動性知能は加齢と共に直線的に低下すると指摘しています。しかし、経験への開放性が高いことや抑うつ的にならないことなどが、知能の加齢変化にポジティブな影響を与えるとも述べています。これは、高齢期においても学び続け、新しい挑戦を恐れない姿勢が重要であることを示唆しています。
エイジズムの内面化とサードエイジ
エイジズム、つまり年齢に基づく偏見や差別が、シニア世代の能力や機会を制限する重要な要因であると議論しています。年齢ステレオタイプの内面化は、シニア自身の可能性を制限し、社会からの期待を下げることにつながります。しかし、石山教授はサードエイジの概念を通じて、シニアが社会的、経済的、個人的な充実を達成するための道を提案しています。サードエイジは、定年退職後の活動的で意義のある生活段階を指し、仕事だけでなく、ボランティア活動、趣味、学び直しなど多岐にわたる活動を通じて、シニアが社会に貢献し続けることができると論じています。
自己調整とマッチョイズム
さらに、定年再雇用者の自己調整の過程を詳細に説明し、彼らが直面する葛藤や適応の難しさを浮き彫りにしています。同時に、マッチョイズムという概念を引用して、伝統的な「男らしさ」の規範が男性シニアの働き方や自己認識にどのように影響を与えるかを掘り下げています。これらの議論を通じて、シニアが新たな生活段階において自分自身をどのように位置づけ、調整していくかの複雑さを示しています。
まとめ
ここでは、シニア世代が直面する社会的、心理的、経済的な課題を理解し、彼らが活躍し続けるための戦略を提案しています。エイジズムに対する意識の変革、生涯学習の促進、多様な生活の可能性の探求など、シニアが充実したサードエイジを送るための具体的な提言がなされており、高齢化社会におけるシニアの役割再考に貢献する内容となっています。
2.主体的な職務開発―ジョブ・クラフティング
定年前後の働き方の在り方として、ジョブ・クラフティングが注目されています。このアプローチは、従業員が自らの仕事内容を再定義し、それにより仕事の意味や満足度を高めることを目指します。本稿では、ジョブ・クラフティングの理論的背景から具体的な実践方法、さらには事例を交えて、定年前後における職務展開の新たな可能性を探求します。
ジョブ・クラフティングの理論的背景
ジョブ・クラフティングは、従業員が自分の仕事をより充実させるために、積極的に職務内容を変更する取り組みです。この考え方は、従来の職務設計(トップダウンで行われる仕事の割り当てや設計)に対するアンチテーゼとして登場しています。ジョブ・クラフティングは、タスク次元、関係次元、認知次元の三つの側面から職務を再構築します。
タスク次元
従業員が自らの仕事の範囲やタスクを調整することを指します。自身の強みやキャリアの志向に合わせて、より適した業務に焦点を当てることで、仕事の効率と満足度を向上させることが可能です。関係次元
職場での人間関係の質を改善することを目指します。コミュニケーションの向上や、支援的な関係の構築が含まれます。良好な人間関係は、職場の雰囲気を良くし、チームワークを促進します。認知次元
自分の仕事に対する見方や思い込みを積極的に変えることです。仕事の意味や目的を再考し、よりポジティブな視角から職務を捉えることで、モチベーションの持続や職場での満足感が高まります。
定年前後におけるジョブ・クラフティングの重要性
定年を迎える多くの従業員は、キャリアの晩年においても自己実現と活動的な社会参加を求めています。ジョブ・クラフティングは、これらのニーズに応えるための有効な手段を提供します。特に、長年にわたって同じ職種に就いていた人々が新たなやりがいを見出し、変化する生活のリズムに適応するために役立ちます。
実際のジョブ・クラフティングの事例
ディズニーランドのカストーディアルスタッフ
最初は不人気だったカストーディアル(清掃スタッフ)の職が、従業員の創意工夫により変化しました。彼らは自らの役割を「ただの清掃から、パークの魅力を高め、ゲストに喜びを提供する活動」と再定義しました。これにより、仕事への誇りとモチベーションが高まり、職場の評価も上がりました。JR東日本の新幹線清掃スタッフ
矢部輝夫氏がリードする下で、「7分間の奇跡」と称される清掃作業が評価されました。彼はスタッフに対して、清掃作業を「単なる掃除ではなく、お客様への最上のおもてなし」と位置づけ直すよう助言しました。スタッフはこの新たな意識のもと、効率的かつ効果的な方法で仕事に取り組むようになりました。羽田空港の清掃スタッフ
新津春子氏は、羽田空港での清掃作業を「ただの清掃」から「空の玄関としての顔となる空港を清潔に保つ」という重要な役割へと昇華させました。彼女のリーダーシップの下、チームは高いモチベーションを持って作業に臨むようになり、空港は連続して「世界一清潔な空港」と評されるようになりました。
実践のためのステップ
ジョブ・クラフティングを実践するには、まず自分の仕事と向き合い、どのように改善できるかを考えます。次に、関係を築くこと、新たなスキルを学ぶこと、そして自己の職務に対する認識を変えることが重要です。これらのステップを通じて、従業員はより満足度の高い職務へと自らを導くことができます。
まとめ
ジョブ・クラフティングは、定年前後の働き方を豊かにするための重要な戦略です。自らの手で職務を再設計することにより、仕事の意味や価値を再発見し、キャリアの後期においても活動的で意義深い日々を送ることが可能になります。このプロセスは、個人の自己実現を促すだけでなく、組織全体の生産性向上にも寄与するため、多くの企業や組織にとって価値ある取り組みと言えるでしょう。
3.組織側のシニアへの取り組み
シニア層に対する組織の取り組みとしての課題と解決策は、多くの企業にとって重要な課題です。定年後の再雇用、キャリア開発の欠如、報酬と役割のミスマッチ、年齢に基づく役割の制限など、多方面からのアプローチが求められます。
組織におけるシニア対策の詳細な課題
キャリア開発の欠如
日本の企業文化では長年、終身雇用が中心となっており、個々のキャリア開発が後回しにされがちです。特にシニア層に対しては、キャリア開発の機会が限られ、能力に見合った役割が少ないことが問題となっています。シニア層がその知識と経験を生かせる環境が不足しており、これが彼らの職場での存在感とモチベーションの低下につながっています。
報酬と役割のミスマッチ
再雇用されたシニア層が直面する問題の一つに、役割と報酬の不一致があります。同一労働同一賃金の原則があり、一部裁判例もありますが、多くの場合、再雇用時には以前より低い報酬での雇用が一般的です。これにより、シニア層のモチベーションが著しく低下し、彼らの能力が十分に発揮されないことが多々あります。
年齢に基づく役割の制限
多くの企業では、シニア層の役割が年齢に基づいて制限されている場合があります(いわゆる「役職定年」)。これは、年下の上司との対人関係や、年齢を理由にした役割の制約により、シニア層が能力を十分に発揮できない状況を生み出しています。その結果、組織全体の効率と生産性にも悪影響を及ぼしています。
具体的な事例を通じた解決策
前川製作所の事例
前川製作所では、50歳の社員を対象に「場所的自己発見研修」を導入しています。この研修を通じて、社員は自己理解を深め、キャリアの見直しを行います。これにより、シニア層が自己のポテンシャルを理解し、組織内でより適切な役割を見つけることが可能になります。また、60歳以降も定期的なカウンセリングを行い、個々のニーズに合ったキャリアの機会を提供しています。
YKKの定年廃止
YKKは2021年に定年制度を廃止し、年齢に関わらず社員の能力と適性に基づいた職務割り当てを行うようになりました。これにより、シニア層も公平に評価され、彼らの能力が適切に活用されるようになりました。この取り組みは、年齢に基づく偏見を減少させ、多様な年齢層が共に働く環境を促進しています。
NTTコミュニケーションズのキャリア支援
NTTコミュニケーションズでは、50代の社員に対してキャリアカウンセリングを提供し、彼らが職場で重要な役割を果たし続けることを支援しています。このようなサポートは、シニア層のモチベーションを維持し、彼らの経験と知識が組織全体の成長に貢献することを可能にします。
まとめ
以上の事例から明らかなように、シニア層のポテンシャルを最大限に引き出すためには、組織として柔軟な働き方を支援し、多様な年齢層が共に成長できる環境を提供することが重要です。企業はシニア層の知識と経験を活用するための具体的な施策を継続的に実施し、彼らが職場で活躍できる機会を増やすことが求められます。これにより、シニア層だけでなく、組織全体の持続可能な発展を促進することができるでしょう。
4.シニアの働き方の選択肢と越境学習
ここでは、シニアが定年を迎える前後の働き方と学習の選択肢に焦点を当てており、これらの選択肢がどのようにシニアの生活やキャリアに影響を与えるかを詳しく説明しています。
シニアの働き方の選択肢
フリーランスと会社員の比較
フリーランスは、自己の専門性や仕事への熱意、キャリアの自主性を高く維持する傾向があります。彼らは自分の専門スキルを大事にし、仕事を工夫しながら行っているため、仕事に対する熱意が非常に高いです。会社員は、組織に雇用されているため安定性は高いですが、仕事への熱意においてはフリーランスに劣ることが調査結果からわかります。フリーランスの仕事の工夫やキャリア自立の意識が、仕事への熱意に大きく影響していると考えられます。ギグワークの活用
ギグワークとは、短期的な仕事を意味し、フリーランスの一形態です。一般的に、UberやUberEatsのような仕事がギグワークとして知られていますが、実際には様々な形態があります。ギグワークは裁量性とリモート性を持ち、仕事の内容や料金を自分で決めることができます。例えば、オンラインでの単発コンサルティング(ビザスク)、スキル提供(ココナラ)、講師(ストアカ)などがあります。これらのプラットフォームを利用することで、シニアも簡単にギグワークを始めることができます。モザイク型就労
モザイク型就労とは、一つの仕事を複数人で分担し、週に数時間働く仕組みです。例えば、1人分の仕事をスキル、時間、場所で分割し、複数人で共有するというものです。これにより、シニアが自分のペースで働くことができ、地域活動と連携することで、より働きやすい環境を提供します。世田谷区や柏市などで実証実験が行われており、地域に密着した仕事の機会が提供されています。
越境学習(Boundary Learning)
越境学習の定義
越境学習とは、自分が安心できる環境(ホーム)と新しい環境(アウェイ)を行き来することで得られる学びを指します。ホームは、よく知った人がいて安心できる場所ですが、刺激が少ない。一方、アウェイは、見知らぬ人が多く、言葉も通じないため居心地が悪いが、刺激が多い場所です。これらを行き来することで、新たな視点や刺激を得ることができます。越境学習の効果
越境学習は、新しい刺激を受けることで、固定観念を打破し、自己成長を促進します。異質な環境での経験が、専門性や新たなスキルの習得につながり、個人の成長をサポートします。例えば、大企業の社員がベンチャー企業にレンタル移籍し、新しい業務を経験することで、自己の専門性を再評価し、新たなスキルを習得することができます。越境学習の具体的な事例
ある技術者が50歳で人事部に異動し、その際に東日本大震災の被災地を訪れた経験から、キャリアコンサルティングの勉強を始めた事例があります。この経験がきっかけで、社外の人脈が広がり、最終的にはキャリアコンサルティングの会社を設立し、60歳で定年再雇用を選択せずに独立したというケースです。川崎プロボノ部の活動
川崎プロボノ部では、地域の問題解決に取り組むボランティア活動が行われています。例えば、町内会のFacebookページを作成するなどの活動を通じて、地域とのつながりを深めることができます。プロボノ活動に参加することで、自分のスキルが再評価され、自信を持つことができるという事例も紹介されています。チガラボの役割
チガラボは、湘南エリアのコワーキングスペースであり、地域コミュニティを活性化する場として機能しています。メンバーは、自分のプロジェクトを立ち上げ、他のメンバーと協力して新たな価値を創造することができます。例えば、ワインのイベントを通じて地域の農家やレストランのソムリエとつながることができます。
まとめ
シニアの働き方は多様化しており、定年前後での柔軟な働き方や学びの機会を追求することが重要です。これにより、シニアは新たなキャリアの可能性を見出し、充実した人生を送ることができます。
越境学習は、新しい経験を通じて自己成長を促し、仕事や生活における意義を見出す手助けとなります。これにより、シニアは自己の専門性を高めるだけでなく、新たな視点を得ることができます。
組織と個人の両方が、これらの選択肢を活用して幸せなキャリアを築くことができると結論づけられます。シニアは、自己の興味や情熱に基づいて新たなキャリアを追求し、企業はそのサポートを通じて人材不足を解消し、組織全体の成長を促進することができます。
シニアの働き方や学びの重要性を強調し、具体的な事例を通じてその効果を示しています。シニアが新たなキャリアの選択肢を模索し、充実した生活を送るためのヒントを提供しています。