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ポジションや昇給だけじゃない!仕事へのやる気を生む内的報酬とはー川上真史氏

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #23 内的報酬による動機づけ」というテーマを取り上げます。

 近年、職場環境において「欠乏動機」の低下が顕著になっています。欠乏動機とは、まだ手に入れていないものを得るために努力を続ける意欲を指し、かつては昇進や昇給、賞与などがその主な対象でした。このような外的報酬を目標に、多くの労働者が懸命に働いてきました。

 しかし、現代ではこれらの欠乏動機が低下し、従来の動機づけ方法が機能しづらくなっています。この変化の背景には、ポジションや収入が必ずしも人々の幸福に直結しないという認識の広がりがあります。例えば、かつては管理職や高額年収を達成することが成功の指標とされていましたが、現在では「それだけでは本質的な幸福にはつながらないのではないか」という意見が一般化しつつあります。この意識変化により、外的報酬を主軸とした動機づけの有効性が低下しているのです。

外的報酬による動機づけの限界

 従来の「外的報酬」による動機づけは、成果を出せば見返りがあるという期待感を労働者に持たせる手法です。例えば、「頑張れば昇進できる」「高い賞与が得られる」といった形で、報酬が労働意欲を刺激するものでした。しかし、現代の労働者、とりわけ若い世代は、外的報酬だけでは十分に動機づけられないことが増えています。欠乏動機が低下した今、「昇進や高額賞与が欲しい」という気持ちが強くない労働者に対しては、この方法はあまり効果を発揮しません。たとえば、「頑張ればポジションが上がる」と言われても、そのポジション自体が魅力的でない場合、労働者の意欲は引き出せません。このような状況では、「根性や気合で乗り切ろう」といった旧来のアプローチはますます効果を失っています。


内的報酬の意義とその種類

 外的報酬が限界を迎える中で、内的報酬の重要性がますます高まっています。内的報酬とは、労働者が自身の仕事や職場で感じる満足感や意義のことを指します。内的報酬には大きく2つの種類があります。
 1つ目は、仕事内容そのものが楽しいと感じられることです。例えば、自分が担当しているプロジェクトが興味深い、挑戦しがいがあると感じられる場合、これが強力な内的報酬となります。
 2つ目は、仕事上での対人関係から得られる満足感です。上司や同僚、部下、顧客との関係性が良好であれば、それが内的報酬となり、モチベーションを高める効果があります。特に、直属上司との関係がモチベーションに与える影響は極めて大きいとされています。直属上司が部下にとって信頼できる存在である場合、その部下のモチベーションは大きく向上することがわかっています。

内的報酬を活用したマネジメントの課題

 内的報酬の活用は、現代の人材マネジメントにおいて非常に重要な課題となっています。外的報酬が依然として必要であることは間違いありませんが、それだけでは十分な動機づけは難しい時代です。内的報酬をいかに提供するかが、マネジメントの大きなテーマとなっています。具体的には、仕事の内容そのものに楽しさや意義を見出せる工夫が求められます。
 例えば、単調な業務の中にも「この仕事が会社や社会にどのように貢献しているか」を伝えることで、従業員が価値を感じられるようにするのです。また、直属上司が部下に対して信頼感や成長感を提供できる存在であることも重要です。たとえば、部下が達成感を得られるようなフィードバックを行う、または明確な指針を示すといった行動が挙げられます。

内的報酬を設計する具体的な方法

 内的報酬を効果的に設計するには、全ての業務を「楽しい仕事」にする必要はありません。一部の業務やプロジェクトに内的報酬を組み込むだけでも十分な効果が得られます。
 例えば、挑戦的なプロジェクトに従業員を抜擢する、または自分の意見を反映できるような裁量を持たせるといった方法が考えられます。このような取り組みは、従業員に「この仕事を任されているのは自分だから」という特別感を与え、内的報酬を高める結果につながります。また、対人関係の改善も重要です。直属上司が部下から信頼される存在になることや、チーム全体の関係性を良好に保つためのコミュニケーションを強化することが効果的です

今後の人材マネジメントの方向性

 現代の職場では外的報酬と内的報酬をバランスよく活用し、従業員が仕事を通じて満足感や意義を見出せるような環境を整えることが求められています。従来の欠乏動機に依存したマネジメント方法では対応できない新しい課題に直面しているからです。
 内的報酬の設計には時間と労力がかかるものの、それが労働者のエンゲージメント向上や業績改善につながることは明らかです。例えば、職場全体で内的報酬の重要性を共有し、個々の従業員が感じる満足感や意義を丁寧に把握する仕組みを導入することが考えられます。このようなアプローチにより、持続可能な成長を実現し、従業員が自律的に成果を出せる環境を作り上げることが可能となるでしょう。

人事の視点から考えること

 現代の職場環境において、従業員の満足度をいかに向上させるかは、企業人事にとっても極めて重要なテーマです。これまでは、給与や昇進といった外的報酬が主な動機づけ手段として利用されてきましたが、こうした方法がすべての従業員に対して効果的とは限らない時代に突入しています。特に若い世代や中堅層の従業員においては、仕事そのものの内容や対人関係といった内的報酬が、仕事へのやりがいを感じる要因として非常に重要視されています。

 従業員満足度を向上させるためには、内的報酬を積極的に取り入れ、彼らが仕事に意義や達成感を感じられるような環境を整えることが求められます。
 例えば、業務の進捗状況に応じた具体的なフィードバックや、目標達成時の成果を認識する機会を設けることが有効です。従業員が自身の役割を理解し、自分の努力が組織全体にどのように貢献しているのかを実感できるようにすることが、結果的に高いエンゲージメントを生み出します。

直属上司との関係性の重要性

 特に注目すべき点は、直属上司と部下との関係性が従業員のモチベーションに大きく影響するという事実です。直属上司がどのような態度や行動をとるかが、従業員の仕事への意欲やパフォーマンスに直接的な影響を与えます。直属上司が部下に対して信頼できる存在であると認識されれば、部下は指示に対して積極的かつ前向きに取り組む傾向が強まります。
 一方で、直属上司が部下の努力を軽視したり、適切なサポートを提供できない場合、従業員は仕事に「やらされ感」を感じ、モチベーションが著しく低下します。
 管理職向けのトレーニングプログラムを実施し、コミュニケーション能力やフィードバックスキルを向上させることが求められます。さらに、上司と部下の関係性を改善するための仕組みとして、定期的な一対一の面談や目標設定の共有なども有効です。

内的報酬を支える業務設計の工夫

 内的報酬を高めるためには、従業員が担当する業務そのものが魅力的である必要があります。しかし、すべての業務が面白く、やりがいのあるものであるとは限りません。そのため、業務設計において工夫を凝らし、従業員が少しでも「この仕事は自分にとって重要で価値がある」と感じられるような要素を取り入れることが必要です。例えば、業務内容が社会に与える影響を明確に伝えることで、従業員が自分の仕事に対して誇りを持てるようにすることが考えられます。
 また、単調な業務であっても、「この作業を効率化すれば組織全体にどのような利益をもたらすか」といった視点を提供することで、仕事の意義を伝えることが可能です。このように、業務の中に内的報酬を感じられるポイントを組み込むことで、従業員の意欲を向上させることができます。

従業員の多様性に対応する報酬制度の設計

 現代の企業は、多様な価値観やバックグラウンドを持つ従業員を抱えています。そのため、人事部門は内的報酬を高める施策においても、一律的な方法論ではなく、従業員一人ひとりに合わせた個別のアプローチを考える必要があります。例えば、キャリア志向の強い従業員には、スキルアップやキャリア形成をサポートする機会を提供することが効果的です。一方で、ワークライフバランスを重視する従業員には、柔軟な働き方を実現する制度や福利厚生の充実が求められます。このような柔軟性のある報酬制度を設計することで、従業員が自分に合った働き方を選択できる環境を整えることができます。その結果、個々の従業員が内的報酬を感じやすくなり、組織全体のエンゲージメントが向上することが期待されます。

内的報酬と外的報酬のバランスの最適化

 内的報酬が重要である一方で、外的報酬も依然として欠かせない要素であることを忘れてはなりません。適切な外的報酬が支給されなければ、従業員の不満が高まり、モチベーションの低下や離職率の増加を招く可能性があります。そのため、外的報酬を適切に管理しつつ、内的報酬を補完的に活用することが重要です。例えば、評価制度を工夫して、単に成果を評価するだけでなく、プロセスや挑戦を評価する基準を取り入れることが考えられます。このように、外的報酬と内的報酬のバランスを最適化することで、従業員が長期的にやる気を持って働ける環境を作ることが可能です。

人材マネジメントの未来を見据えた取り組み

 内的報酬を中心としたマネジメントの導入は、企業の競争力を向上させるための重要なステップです。これからの時代、企業は従業員の多様なニーズを正確に把握し、それに応じた動機づけ施策を実施することが求められます。そのためには、データ分析やテクノロジーを活用して従業員の満足度やパフォーマンスを可視化し、個別のアプローチを設計することが重要です。また、経営層から現場の管理職までが一体となり、従業員のエンゲージメント向上に取り組むことで、持続可能な成長を実現できます。このような新しい人材マネジメントの実践により、企業は従業員の満足度と生産性を同時に向上させることができるでしょう。

「内的報酬による動機づけ」のイメージです。左側でプロジェクト成功を喜ぶ社員、右側で上司と部下の信頼関係が描かれています。柔らかな光と緑豊かなオフィス空間が、満足感や意義を強調しています。この画像がテーマの理解を深める助けとなれば幸いです!

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