見出し画像

日本型雇用制度の転換期:ジョブ型人事で直面する降格問題

 2024/11/03の日経記事に「ジョブ型降格、悩む企業 富士通やパナコネクトに工夫も」が掲載されていました。

 ここでは、ジョブ型人事制度を導入した企業が直面している「降格」の問題について取り上げられています。従業員の賃金が下がる降格は、これまでの日本企業ではあまり経験してこなかったものであるため、企業がその対策に神経をとがらせています。
 ジョブ型人事では、従来のメンバーシップ型と呼ばれる日本型の雇用システムとは異なり、個々の従業員が担う役割や業務内容が評価の中心となります。そのため、成績や目標達成度が期待に応えられなかった場合には、降格が発生し、それに伴って賃金も下がるという結果をもたらすこと当然にあるわけです。
 いくつかの事例が取り上げられていますので、そこから考えられることを考察してみたいと思います。

 具体的な事例としてパナソニックホールディングス傘下のシステム事業子会社であるパナソニックコネクトが紹介されています。2022年に発足したこの企業では、ジョブ型人事を導入し、従業員の評価システムに「目標と実績が大きく乖離している場合には降級する」といった規定を設けています。実際に、23年度には昇格者が約25%いた一方で、降格も1.3%発生しており、このような降格事例が珍しくなくなりつつあります。ジョブ型人事の目的は、社内外を問わず人材を流動化させ、企業と個人をともに活性化させることで、企業の競争力を高めることだとされています。特に、職務の責任や等級に応じた賃金体系が明確にされており、役職の変更があった際には、賃金もそれに伴って上下する仕組みが導入されています。

 ジョブ型人事を採用した企業のもう一つの事例として、富士通が挙げられます。富士通では、2020年から約1万5000人の管理職、さらに2022年には約4万5000人の非管理職に対してジョブ型人事を導入しています。このシステムでは、管理職以上に対して等級と賃金が完全に連動しており、ポストの責任に応じた厳格な賃金管理が行われています。従業員の経験年数や勤続年数ではなく、ポストの職責を果たす能力が重要視され、これに基づいて配置や昇格・降格が行われることが特徴です。降格が発生した場合には、等級も見直され、随時変更される仕組みとなっています。

 しかし、ジョブ型人事を導入する企業では、降格が配置転換の一部と見なされる一方で、従業員側がそれを同様に受け入れるかどうかは不透明な点が多くあります。特に、賃金が下がることを「不利益変更」として捉え、従業員が訴訟を起こす可能性もあるため、裁判所の判断が企業側にとって不安要素となります。篠原信貴・駒沢大学教授は、裁判所が賃金の低下を伴う降格を単なる配置転換とみなすか、賃金の不利益変更と判断するかで、結論が異なる可能性があると述べています。
 日本の伝統的な職能資格制度では、賃金の引き下げが伴わないポスト変更は認められてきたものの、賃金減額には高いハードルが設定されていました。ジョブ型人事は、従来のシステムとは異なり、職務や役割に基づく等級制度であり、企業が降格を命じる際には、就業規則に基づいた合理的な理由が求められます。

 企業が降格を慎重に運用する理由は、このような裁判リスクや労使間のトラブルを避けるためです。
 例えば、パナソニックコネクトでは、異動や昇降級を行う際には、必ず本人の同意を得ることを前提としており、降格前には3カ月間の「パフォーマンス改善プログラム」を設けています。このプログラムでは、対象となる従業員と署名を交わし、再挑戦の機会が与えられています。
 同様に、富士通でも「リファインプログラム」と呼ばれる改善プログラムが用意されており、従業員が降格する前に能力を向上させる機会が提供されています。さらに、降格後も一定期間、賃金が急激に変動しないような緩和措置が講じられており、従業員に配慮した運用が行われています。

 一方で、ジョブ型人事を導入している企業の中には、降格が発生した場合に退職を選ぶ従業員が増えるケースも見られます。特に、メルカリのような設立当初からジョブ型人事を採用している企業では、降格によって多くの従業員が退職を選択する傾向にあります。人事部門のディレクターによれば、メルカリでは専門能力が高い従業員が多く、外部からのオファーを受けて転職していくことが一般的だと説明されています。

 ジョブ型人事の導入は、日本企業にとって新たな試みであり、従来の雇用システムとは大きく異なるため、降格が日常的な事象として定着することで、労使間の新たな課題が浮上しています。企業は、労働組合との対話を通じて、この新しい制度を軟着陸させるための工夫と慎重な対応が求められています。

人事の視点から考えること

 ジョブ型人事制度を導入した企業が直面する「降格」の問題を中心に、もう少し考察を進めてみます。ジョブ型人事制度は、従来の日本型の雇用制度とは異なり、従業員の役割や職務に基づいて賃金やポジションが決定されるため、成果や期待に達しない場合、降格が避けられないことがあります。
 しかし、従業員にとって降格は賃金の低下や責任の軽減を意味するため、心理的な打撃が大きく、企業と従業員の間にトラブルが発生しやすくなります。このため、人事部門としては、降格を慎重に管理し、その影響を最小限に抑えるための対策が求められます。

1. 従業員のモチベーションとエンゲージメントの維持

 まず、ジョブ型人事制度における降格が従業員のモチベーションにどのような影響を与えるかを考慮することが重要です。従業員が降格することで、心理的なショックを受けることが多く、その結果、仕事に対する意欲やエンゲージメントが低下する可能性があります。これは企業全体の生産性やパフォーマンスに悪影響を及ぼすため、この点を特に重視すべきでしょう。
 降格が単なる失敗や評価の低下として認識されないようにするために、事前にしっかりとしたコミュニケーションを行い、降格が成長の機会であることを強調する必要があります。たとえば、パフォーマンス改善プログラムやキャリア開発の機会を提供し、降格後の従業員が再び昇進できる道筋を示すことが効果的です。これにより、従業員は一時的な降格に過度な失望を感じることなく、次のステップに向けた準備を進めることができます。

2. 降格プロセスの透明性と信頼関係の構築

 降格をめぐる問題の大きな原因の一つは、そのプロセスが従業員にとって不透明である場合です。ジョブ型人事制度では、職務に基づく評価が行われ、成果や目標に応じて賃金や役職が変動します。しかし、従業員にとって、なぜ自分が降格したのか、どのように評価されたのかが明確でない場合、不満や不信感が生じる可能性があります。
 したがって、降格プロセスをできる限り透明にし、従業員が納得できるような説明責任を果たす必要があります。評価基準や降格の要件を明確に定め、事前に従業員に周知することで、降格に対する不安や不満を軽減することができます。また、降格前にはパフォーマンス改善のためのフィードバックを行い、従業員が改善の余地を把握し、再挑戦できるようなサポートを提供することが重要です。このように、降格プロセスをオープンかつフェアに運用することで、従業員との信頼関係を維持し、トラブルを未然に防ぐことができます。

3. スキル開発とリスキリングの重要性

 ジョブ型人事制度では、職務や役割に応じたスキルや知識が評価の基準となるため、従業員のスキルセットが非常に重要な要素となります。降格を避けるためには、従業員が役割に応じたスキルを習得し、継続的に成長できるようにサポートすることが不可欠です。これにより、従業員のスキル開発やリスキリング(新たなスキルの習得)を促進する必要があります。企業としては、定期的な研修プログラムやオンザジョブトレーニングを通じて、従業員が必要なスキルを習得できる環境を整えることが求められます。

 また、テクノロジーの進化や市場の変化に対応できる柔軟なスキルを持つ従業員を育成するために、キャリア開発の一環としてリスキリングの機会を提供することも有効です。これにより、従業員は新しい役割に対応できる能力を身につけ、降格を回避することができるようになります。特に、ジョブ型人事制度では成果が重視されるため、従業員が自己の成長に責任を持ち、スキル向上に取り組む姿勢が重要です。

4. 降格後のキャリア再構築支援とフォローアップ

 従業員が降格した場合、その後のフォローアップとキャリア再構築の支援が欠かせません。降格は従業員にとって一時的な挫折となり得ますが、その後の対応次第では、再び昇進や成長の機会を得ることが可能です。人事部門としては、降格後に従業員が自信を取り戻し、新たな目標に向かって努力できるようなサポート体制を整えることが求められます。
 例えば、降格した従業員に対して、他のポジションでのキャリアパスを提供することや、新たなスキルを習得するための研修プログラムを提供することが考えられます。また、ポスティング制度を活用し、同等のレベルの他部署への異動を促すことで、従業員が自分の能力を再び発揮できる機会を提供することが有効です。このように、降格後の従業員が孤立することなく、再び活躍できる環境を整えることが、長期的な人材育成の視点から重要です。

5. 企業文化の変革と従業員の意識改革

 ジョブ型人事制度の導入に伴い、企業文化の変革も重要な課題として浮上します。従来の日本型の雇用制度では、長期雇用や年功序列が重視され、従業員は経験年数や勤続年数に基づいて昇進や賃金が決まることが一般的でした。しかし、ジョブ型人事制度では、役割や成果が評価の中心となり、従業員は自分の職務に直接関係するスキルや知識を常に更新していく必要があります。
 このため、従業員に対して新しい制度の理解を促し、意識改革を進めるための取り組みを行うことが求められます。具体的には、従業員に対してジョブ型人事の意義や目的を説明し、成果を重視する風土を育てるための教育プログラムを実施することが考えられます。
 また、降格が必ずしも個人の失敗を意味するものではなく、新たな成長の機会であるというメッセージを伝えることが重要です。これにより、従業員は降格を恐れることなく、自分のキャリアを柔軟に考え、自己成長に向けて努力する姿勢を持つことができるようになります。

6. 降格によるエンゲージメントの低下を防ぐための対策

 降格が従業員に与える影響の一つとして、エンゲージメントの低下が挙げられます。従業員が降格することで、自分の価値が下がったと感じたり、企業への信頼感が揺らぐことがあります。これにより、仕事に対する意欲が低下し、結果的に企業全体のパフォーマンスにも悪影響を及ぼす可能性があります。
 したがって、降格時に従業員とのコミュニケーションを密にし、降格がどのような理由で行われたのか、今後どのように改善すべきかを具体的に説明することが重要です。透明性のあるフィードバックを提供し、従業員が自己成長のためにどのようなスキルを身につけるべきかを明示することで、降格後もモチベーションを維持することができます。また、降格後のキャリアプランを従業員と共有し、将来的なキャリアの可能性を示すことで、エンゲージメントを維持し、長期的な貢献を促すことが可能です。

7. 法的リスク管理と労使間の関係強化

 ジョブ型人事制度を導入する際に、法的なリスク管理は注意すべきでしょう。降格が発生した場合、従業員が「賃金の不利益変更」として訴訟を起こす可能性があり、裁判所の判断によっては企業側に不利な結果となることがあります。特に、日本では職能資格制度のもとでの広範な配転命令権が認められてきたため、賃金低下を伴うポスト変更は慎重に運用される必要があります。
 このため、企業が降格を命じる際には、就業規則に基づいた明確な根拠と合理的な理由が必要です。また、労働組合との対話を強化し、降格に関する透明性を高めることで、トラブルを未然に防ぐことが重要です。特に、ジョブ型人事制度の導入が従来の雇用制度とは異なるため、従業員や労働組合とのコミュニケーションを密にし、新しい制度の理解と受け入れを促進する必要があります。

 このように、ジョブ型人事制度における降格問題は、従業員のモチベーションやエンゲージメントに大きな影響を与えるだけでなく、企業文化の変革や法的リスク管理など、多岐にわたる課題を伴います。しかし、これらの課題に適切に対処することで、企業は従業員の成長を支援し、競争力を強化することが可能です。人事部門としては、従業員一人ひとりに対して個別に対応し、長期的な視点での人材育成を進めていくことが、これまで以上に求められるでしょう。

オフィス内では、従業員が各自の役割に集中し、デスクで仕事をしている姿や、ミーティングで議論を交わしている様子が見られます。壁には役割に基づいたチャートや業績グラフが掲示され、明確な職務分担が視覚的に表現されています。効率性と透明性を強調した空間で、落ち着いた照明と現代的なデザインが、洗練された職場の雰囲気を作り出しています。

いいなと思ったら応援しよう!