個の力を資本に変える:人的資本経営の本質:いまのたかの組織ラジオ#215
今野誠一氏(GOOD and MORE)と高野慎一氏(aima)によるユニット『いまのたかの』。マネジメントと組織の現場についてカジュアルに語る、「組織ラジオ」です。
今回は、第215回目「人的資本経営の本質は個人にある」でした。
近年、人的資本経営という言葉が注目されています。2023年3月期から、上場企業に対して人的資本経営の情報開示が義務付けられたこともあり、このテーマはますます多くの経営者や人事担当者の間で話題になっています。この動きの背景には、伊藤レポートが提唱する「人的資源の再定義」があります。これまで「人的資源」と呼ばれていたものを、「人的資本」という新たな概念に置き換えることで、その重要性を強調しようとする意図が見られます。この変化は、単に管理対象として捉えるのではなく、投資することで価値が増大する「資本」として扱うことを目指しています。
人的資本経営の本質を考えるうえで、「資本」としての捉え方が企業の成長にどのように貢献するかを理解することが重要です。特に、上場企業においては、この取り組みが義務付けられているため、逆に形だけの対応にとどまる企業も少なくありません。一方で、中小企業やベンチャー企業では、義務ではないために、取り組みそのものが進んでいない場合や、理解が浅い場合もあります。しかし、これからの時代を見据えた経営を考えると、人的資本経営は全ての企業にとって無視できないテーマであるといえます。
人的資本とは何か
「人的資本」とは、簡単に言えば、一人ひとりの能力やスキル、知識、経験といった要素が投資によって成長し、変化するものであると定義されています。この資本は、企業にとっての「資源」として利用されますが、それ以上に、個々人が主体的にその価値を高めようとする意識を持つことが必要です。つまり、企業が提供する教育や研修といった投資だけでは十分ではなく、従業員自身が「自分自身が資本である」という認識を持ち、自己成長に積極的に取り組む姿勢が求められるのです。
例えば、ある従業員が新しいスキルを習得するために自己学習を行い、そのスキルを活用して会社に新たな価値をもたらしたとします。この場合、企業側はその従業員にさらなる研修機会や昇進のチャンスを提供し、個人と企業の双方が利益を享受する形となります。このような循環が生まれることで、人的資本経営は初めて成功するのです。
人的資本経営を進めるための具体的手法
人的資本経営を実現するためには、企業側がどのように投資し、従業員がそれをどのように受け入れるかが鍵となります。まず、企業は全ての従業員に対して一律的な教育を提供するだけではなく、個々の多様性に応じたアプローチを行う必要があります。例えば、若手社員には基礎的なスキルを身につけるための研修を提供し、中堅社員にはリーダーシップ研修やマネジメントスキルを磨く機会を設けるなど、ターゲットを明確にした研修プログラムを設計することが効果的です。
さらに、伊藤レポートで提唱されている「3Pモデル」や「人材ポートフォリオ計画」を活用することで、経営戦略と人材戦略を連動させることが可能となります。例えば、経営戦略に基づいて今後必要となるスキルや知識を明確化し、それに基づいて研修内容を設計することで、戦略的な人的資本の強化が可能となります。
中小企業やベンチャー企業においては、上場企業と同じ取り組みをそのまま模倣するのではなく、自社の規模や特性に合わせた「カスタマイズ」を行うことが重要です。例えば、リソースが限られている企業であれば、外部研修やオンライン学習プラットフォームを活用して、効率的に人的資本を育成することが考えられます。
人的資本経営の課題
しかし、現状では多くの企業が形だけの取り組みに留まっているのも事実です。ある専門家の調査によれば、上場企業のうち、人的資本経営を本格的に実践できている企業はわずか1割程度に過ぎないとされています。多くの企業は義務感から形式的に取り組んでいるだけであり、その結果、本質的な効果を得られていないのです。
また、従業員側の課題も無視できません。個人が自分自身の価値を高めようとする意思を持たなければ、どれだけ企業が投資しても効果は限定的です。企業と個人が互いに協力し合い、信頼関係を築くことで初めて、人的資本経営は成功に導かれます。
人的資本経営の未来
人的資本経営は、単なる流行や義務ではなく、企業と従業員が共に成長し、持続可能な未来を築くための鍵となる取り組みです。この考え方を浸透させるためには、経営者が自社の状況に応じた柔軟な戦略を設計し、従業員にとって魅力的な成長機会を提供することが求められます。一方で、従業員自身も「自分が資本である」という認識を持ち、積極的に自己成長に取り組む姿勢を持つことが必要です。
人的資本経営の成功は、企業と個人がどれだけ「本質」に向き合い、それを経営戦略や日々の活動に反映させられるかにかかっています。この取り組みが普及することで、企業はより強力な競争力を持ち、従業員は自己実現とキャリア成長の両方を達成することが可能になるでしょう。
企業人事の立場から考える「人的資本経営」の重要性と具体的取り組み
近年、「人的資本経営」という概念が注目されています。この考え方は、単に労働力を管理する「人的資源管理」とは異なり、従業員一人ひとりの能力やスキルを「資本」として捉え、投資を通じてその価値を高め、企業全体の競争力や持続可能な成長を実現しようとするものです。2023年から上場企業に人的資本経営の情報開示が義務化されたこともあり、このテーマは企業の経営陣や人事部門にとって、ますます重要な課題となっています。
しかし、この「人的資本経営」の取り組みは一部の大企業では形式的なものにとどまることも多く、さらに中小企業やベンチャー企業においては、その本質を理解し、具体的に活用する例がまだ少ないのが現状です。こうした状況の中、企業の人事部門がこの取り組みにどう向き合い、どのように従業員一人ひとりの成長を支援し、企業全体の価値向上につなげていくかが問われています。
以下では、企業人事の視点から「人的資本経営」を実現するための具体的な考え方や取り組み、さらに直面する課題とその解決策について考察してみます。
1. 「人的資本」の再定義と人事の役割
まず、「人的資本」という概念を理解することが重要です。人的資本とは、従業員が持つ能力、スキル、経験、知識、創造性といった要素が投資を通じて成長し、企業にとっての価値を生み出すものと定義されます。企業の人事部門において、この概念をどのように活用するかが経営の成否を左右するポイントとなります。
例えば、ある企業が新たな市場への参入を目指しているとします。この際、その市場で必要とされる専門知識やスキルを従業員が持っていない場合、人的資本を高めるための投資が必要になります。この投資には、新しい技術に関する研修や外部の専門家による指導が含まれるかもしれません。このようなプロセスを通じて、従業員が成長し、企業が目標を達成するための基盤が築かれるのです。
人事部門は、単に研修や採用を担当するだけでなく、企業全体の経営戦略と連動して人的資本を管理・育成する重要な役割があります。具体的には、経営戦略に基づいて必要な人材像を明確にし、それに応じた採用・育成プランを設計することが求められます。
2. 従業員の多様性を尊重した育成戦略の重要性
人的資本経営を進める上で、従業員の多様性を尊重した育成戦略が欠かせません。一律的な教育や研修プログラムでは、従業員一人ひとりの個性や能力を最大限に引き出すことは難しいため、それぞれの特性やキャリアビジョンに応じたアプローチが必要です。
例えば、若手社員には基礎的なスキルや知識を身につけるための研修を提供し、中堅社員にはリーダーシップ研修や部下育成スキル向上のプログラムを用意することが考えられます。また、キャリアの中盤に差し掛かった社員には、専門性を高めるための教育機会や新たな分野への挑戦を促す仕組みを提供することも重要です。
さらに、従業員のキャリアパスを考慮した柔軟な育成計画が必要です。例えば、ある従業員が将来的に経営管理職を目指している場合、その目標に向けたスキル習得を支援するプログラムを設けることで、個々人のモチベーションを高めつつ、企業の競争力強化にもつなげることができます。
3. 投資対効果を明確にするための評価とフィードバック
人的資本経営の成功には、教育や研修といった人材投資が実際にどのような成果を生み出しているかを明確にする評価基準が必要です。これは、企業にとっての投資対効果を測定するだけでなく、従業員が自分の成長を実感し、それに伴う成果を認識するためにも重要です。
例えば、以下のような指標を設定することが考えられます。
研修後の業務成果(例:プロジェクト成功率の向上)
スキルアップに伴う業務効率の改善
昇進後のマネジメント能力の発揮度合い
従業員満足度の向上や離職率の低下
また、評価に加えて、定期的なフィードバックを行うことも重要です。例えば、上司と部下の定期面談を通じて、従業員が現在取り組んでいる課題やスキルアップの状況を確認し、次の成長ステップを具体的に示すことができます。このプロセスを通じて、従業員は自分が会社からどのように評価され、将来的にどのようなキャリアが開かれるのかを明確に理解できるようになります。
4. 信頼関係の構築と従業員の主体性促進
人的資本経営を成功させるには、企業と従業員の間に信頼関係を構築することが欠かせません。従業員が自らの能力を向上させようとする意欲を持つためには、企業側がその努力を正当に評価し、将来の成長を支援する姿勢を示す必要があります。
例えば、企業が提供する研修や教育プログラムに対して、従業員が積極的に参加し、それを業務に活かすための環境を整えることが大切です。また、従業員自身が「自分の成長が企業の成長に直結している」という意識を持てるよう、キャリア支援や成果報酬の仕組みを導入することも効果的です。
5. 中小企業やベンチャー企業における課題と対応策
人的資本経営は大企業だけでなく、中小企業やベンチャー企業にも適用可能な概念です。しかし、これらの企業ではリソースが限られているため、大企業と同じアプローチをそのまま取り入れることは難しい場合があります。
この課題に対応するためには、以下のような工夫が求められます。
外部リソースの活用:オンライン研修や専門家によるコンサルティングを利用することで、コストを抑えつつ質の高い教育を提供する。
社内ナレッジ共有:既存の社員が持つスキルや経験を活用し、内部講師制度を導入することで効率的な教育体制を構築する。
個別対応の強化:小規模な組織だからこそ可能な個別支援を強化し、従業員一人ひとりの特性に応じた育成プランを設ける。
まとめ
「人的資本経営」は、単なる義務的な取り組みや流行ではなく、企業の持続的成長を支える基本戦略であると位置づけられます。そのためには、経営戦略と連動した人材育成、多様性を尊重した育成戦略、投資対効果を明確化する評価指標の設定、そして従業員との信頼関係の構築が欠かせません。
また、中小企業やベンチャー企業においても、自社に合った形でこの概念を取り入れることで、長期的な競争力を確保することが可能です。最終的に、人的資本経営の本質は、従業員一人ひとりが「自分が企業の資本である」という認識を持ち、その成長を企業全体の成長と結びつけることにあります。この視点を基盤に、企業人事は未来志向の経営を実現するために行動していくべきでしょう。
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