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戦略的目標管理ーMBOの形骸化とも戦う

MBOとは

 MBO(Management By Objectives)は、目標管理とも呼ばれ、役割責任を基に目標を設定し、目標に基づいて効果的にマネジメントを行う制度です。ただし、目標を管理する制度ではなく、目標を使ってマネジメントを行うことが重要です。 MBOは単に目標を設定し、その達成度を評価するだけのものではなく、上司と部下が目標を共有し、目標達成に向けて協力しながら業務を遂行することが求められます。

 Management By Objectives = MBO 目標に基づいて、効果的にマネジメントを行う(目標を「使って」マネジメントを行う)制度と認識することです。 MBOは目標を単なる評価の尺度としてではなく、マネジメントのツールとして活用することを重視しています。目標設定から目標達成までのプロセス全体を通じて、上司と部下のコミュニケーションを促進し、部下の能力開発や業績向上につなげることが期待されています。

 目標管理は、単に年初に目標を設定し、年末に評価するだけのものではありません。上司は目標を活用して部下の業績向上を導く必要があります。また、上司と部下の両者が「役割責任」を理解し、その理解に基づいた目標を設定することにより、効果的かつ効率的に仕事を進め、会社の戦略を業績に結びつけることが可能となります。MBOでは、組織の目標と個人の目標を連動させ、全社的な目標達成に向けて一丸となって取り組むことが重要視されます。

 要するに、MBOは目標に基づいてマネジメントを行う制度であり、目標を使って業績を管理し改善することを目指しています。 MBOは単なる目標管理ではなく、目標を通じたマネジメントの手法であるということを理解することが肝要です。目標設定、目標達成に向けた取り組み、進捗管理、評価、フィードバックといった一連のプロセスを通じて、組織と個人の両方の成長と発展を実現することがMBOの目的なのです。

MBOのおこりとプロセス

 MBO(Management by Objectives)は、目標管理とも呼ばれる経営手法の一つです。MBOは、ピーター・ドラッカーによって提唱され、1950年代から1960年代にかけて広く普及しました。ドラッカーは、組織の目標と個人の目標を連動させることで、組織の生産性と効率性を高めることができると考えました。

 MBOは、組織の目標と個々の従業員の目標を明確に定義し、それらを達成するための計画を立てることに重点を置いています。組織のトップレベルから個々の従業員まで、階層的な目標設定と目標管理が行われます。トップマネジメントは組織全体の方向性を示す長期的な目標を設定し、それを受けて各部門や個人が自身の目標を設定します。こうすることで、組織全体が一貫した方向性を持って活動することができるようになります。

MBOのプロセスは次のような手順で進められます。

目標の設定
 組織のトップレベルで長期的な目標が設定され、それに基づいて下位の組織レベルや個々の従業員の目標が定められます。目標は具体的で測定可能である必要があります。目標設定の際には、SMART(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)の原則に従うことが推奨されます。つまり、目標は具体的で測定可能であり、達成可能で組織の目的に沿ったものであり、期限が設定されていることが望ましいのです。

目標の合意
 上位の管理者と部下は、目標について合意し、理解を深めます。目標がリーダーシップと従業員の意思決定の双方から出されることが重要です。目標設定は一方的なものではなく、上司と部下の対話を通じて行われるべきです。双方が納得した上で目標を設定することで、目標達成に向けたコミットメントを高めることができます。

目標の達成計画
 目標を達成するための具体的なアクションプランが策定されます。この段階では、目標の優先順位や期限、リソースの割り当てなどが考慮されます。目標達成に必要な行動を明確にし、スケジュールを立てることで、計画的に目標に向かって取り組むことができます。また、この段階で目標達成に向けた障害や課題を洗い出し、対策を立てておくことも重要です。

モニタリングと評価
 目標の進捗状況は定期的にモニタリングされ、進捗が評価されます。必要に応じて、目標や計画の修正が行われることもあります。定期的な進捗確認を行うことで、目標達成に向けた軌道修正を行うことができます。また、中間評価を行うことで、目標達成に向けた取り組みを促進し、モチベーションを維持することもできるでしょう。最終的な評価では、目標の達成度だけでなく、目標達成のプロセスも評価の対象となります。

 MBOの利点は、組織の目標と個人の目標の整合性を高めることや、目標に向かって進むための明確な方向性を提供することです。また、従業員の関与感やモチベーションを高める効果もあります。目標設定から評価までの一連のプロセスを通じて、従業員は自身の役割と責任を明確に理解し、主体的に目標達成に取り組むことができるようになります。

 ただし、MBOは適切に実施されないと効果が薄れる可能性もあるため、実施には注意が必要です。形式的な目標設定や評価に陥らないよう、上司と部下の間で十分なコミュニケーションを取ることが重要です。また、目標の達成度だけでなく、目標達成のプロセスや行動も評価の対象とすることで、短期的な成果だけでなく、長期的な成長や能力開発にも焦点を当てることができるでしょう。

 以下、小林 祐児著『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考~ 』(光文社新書、2023年)もMBOの課題感を示してるのではないでしょうか。考察してみたいと思います。

形骸化する目標管理

形骸化する目標管理
 さて、こうしたフォワード・ガイダンスの効果を最大化するために大きなハードルとなるのは、先にも少し触れた「目標管理制度」の形骸化です 。
 目標管理制度は、1970年代ごろからアメリカから輸入され、1990年代後半の成果主義導入によって中小企業を含めた大半の企業に取り入れられています。9割以上の企業にあるという調査も存在します。目標管理制度は、基幹の人事制度と日々の従業員の仕事との極めて重要なタッチポイントです。職能等級だろうが職務等級だろうが、基幹の人事制度がいくら精緻に整えられていたとしても、目標管理制度とそれに基づく評価制度が形骸化していてはなんの意味もありません。
 パーソル総合研究所の調査によると、目標管理制度を実施している半数以上の企業は、自社の目標管理制度に対して「モチベーションを引き出せていない」「成長・能力開発につながっていない」「成果に報いる処遇が実現できていない」「プロセス全体が形骸化している」という課題感を持っています) 。
 筆者の研究でわかっているのは、目標管理制度がうまくいくかどうかは、その「制度上の精緻さ」や「目標設定の厳密さ」ではなく、従業員側にある制度そのものへの見方、「暗黙の評価観」が多大に影響しているということです 。
 「暗黙の評価観」とは筆者の造語ですが、評価される側のメンバーが自社の人事評価制度や評価結果について抱いている個々人の認識を指します。換言すれば、「従業員側から自社の制度がどう見えているか」ということ。それは制度の内容的な特徴を超えて、従業員の認知・認識として「うっすら」と職場に存在するものです。表立って口にだされることはほとんどないために、「暗黙」と名づけています。「うちの会社の人事評価は、やらされ感満載ですね」と人事に直接告げる社員はほとんどいません。
 こうした評価に対する従業員の見方・認識には、ポジティブで前向きなものと、ネガティブで後ろ向きなものがあります 。ポジティブな評価観としては、評価制度が「自分の成長具合や、自身の今の課題」を確認するために存在するという〈改善重視〉 の見方、「人事評価は正確に行われなければいけない」といった〈明確さ重視〉 の見方、また、評価制度が「仕事の計画を立てるのに役立つ」「仕事の意欲を高めるため」といった〈役立ち感〉 です。逆に、人事評価に対して、「無理にでも仕事をさせるためにある」「仕事を強制してやらせる側面が強い」といった「やらされ感」を抱くのは、ネガティブな評価観です。
 データで確かめてみると、ポジティブな評価観を持つ従業員は、目標を自身の課題認識に役立てたり、周囲に助言やフィードバックを求めたりといった、目標に関する前向きな行動を積極的にとっていました。ネガティブな評価観を持つ従業員は、その逆です。簡単な目標を立てたがり、目標にないことはやろうとしない傾向が見られました。どちらの行動をとったほうがより仕事のパフォーマンスや個人の成長につながるかは明白でしょう。
 評価者研修などでしばしば言及されるものに、目標管理の「SMART」という標語があります。目標設定の具体性(Specific) 、定量化の度合い(Measurable) 、達成可能性(Achievable) 、組織目標との関連性(Related) 、期限の明確さ(Time-bound) の頭文字をとった「SMART」は、目標を立てる時の合言葉、考え方として広く用いられています。筆者の分析によれば、これらSMARTの基準の一部が損なわれると、ネガティブな評価観が広がってしまう負の影響が確認できました。
 ただし一方で、いくらSMARTの基準を満たすように目標が設定できていようとも、「ポジティブな評価観」への影響は確認できませんでした。たとえ「厳密な目標設定」「明確な目標設定」ができたとしても、そもそもの従業員の評価観を前向きなものにはできそうにないことが示唆されます。つまり、従業員の「評価観」を変えるためには、まずはストレートに、「なんのために目標管理を行っているのか」「人事評価の狙いは何か」をメンバーへ伝える機会を持つことが必要になります 。きちんと言葉として伝えられていないものをマネジメントしようとすることは本末転倒です。
 しかし、調査によれば、72.7%のメンバーが目標設定に関する研修を受けたことがありません。評価も含むより広い範囲の「被評価者研修」という形でのトレーニングは、77.1%が未受講です 。これでは、頭を捻 ひね ってどんなに精緻な制度を作ったとしても、メンバーの評価観を制御することはできません。
 多くの企業は、難易度の高い目標や挑戦的な目標を持ってもらいたいと言いながら、それを伝える役目を現場任せにしてしまいます。ほとんどの目標管理制度では、一次目標設定の作業は部下側で行われます。「最初に部下が目標を書いて、それを上司がチェックし修正する」という順番で進みます。この時、部下が書いてきた目標を修正するのは、上司にとっては実に骨が折れる作業です。骨が折れるからこそ、「なぁなぁ」で終わらせてしまいます。上司も部下も「前年とほぼ同じこと」を互いに黙認し合う姿こそが、今の多くの企業の目標管理のあり方です。
 だからこそ、なんのために目標と評価の制度があり、どういった狙いを持っており、会社のビジョンや人材ポリシーとどのようにつながっているのかを、まず「部下側」に伝えることは重要です。しかし、目標管理制度を「評価と人件費配分」のシステムだと考えている日本企業は、このプロセスをスキップし、「評価者研修」という上司側への研修のみで終わらせてしまいます。
 日本企業は、目標管理を組織的な人件費の配分機能として用いているからこそ、評価と処遇決定において「公平性」が傷つくことを回避する、リスク回避型の思考が染みついています。「あの人は自分と同じグレードなのになぜこんな低い目標なのだ」「組織の中で一番難易度がバラついている」といった不満がメンバーの間に蔓延することを、人事やマネジメント層は恐れるものです。だからこそ、目標を公開する企業は少ないですし、評価の分布を調整する評価会議は「暗室」で行われます。「正確無比な制度」や「SMART」といった厳格さや公平性ばかり強調しても、従業員から「引かれて」しまっている目標管理は、前向きな行動を引き起こしませんし、変化にもつながりません。

小林 祐児著『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考~ 』(光文社新書,2023年)p268より引用

目標管理制度の形骸化の原因

  1. 目標設定の非現実性
    目標が現実的でない、または従業員のスキルや環境に即していない場合、従業員は目標に対して達成不可能と感じ、モチベーションの低下を招きます。目標が高すぎるとプレッシャーが過大になり、低すぎるとやる気が起きないため、適切なバランスが求められます。

  2. 評価の主観性
    評価者の主観が強く影響することで、公平性が損なわれることがあります。これにより、評価制度に対する信頼性が低下し、制度全体の信用問題へとつながりかねません。

  3. コミュニケーション不足
    目標設定のプロセスにおいて、上司と部下間のコミュニケーションが不十分である場合、目標の意図や背景が十分に伝わらず、従業員の理解や納得感が得られないことがあります。

  4. 一方的な目標の押し付け
    目標が上からの一方的な押し付けと感じられる場合、従業員は自らの目標として受け入れることが難しくなります。従業員の自主性や創造性を促すことができず、内発的動機付けを損ないます。

解決策の提案

  1. SMART原則の徹底
    目標設定は、「具体的(Specific)」、「測定可能(Measurable)」、「達成可能(Achievable)」、「関連性(Relevant)」、「時間的に定められた(Time-bound)」のSMART原則に基づいて行うことが重要です。これにより、目標が明確かつ達成可能で、評価も容易になります。

  2. 継続的なフィードバックとコミュニケーション
    目標管理は設定するだけではなく、定期的なフィードバックとコミュニケーションを通じて、目標に対する進捗を確認し、必要に応じて調整を行うことが大切です。これにより、従業員と管理者の間で共通の理解が築かれ、モチベーションの維持にもつながります。

  3. 教育とトレーニングの提供
    評価者だけでなく、被評価者にも目標管理や評価プロセスの理解を深めるための研修を提供することが効果的です。これにより、従業員が自分自身の評価に積極的に関与し、自己成長の機会として捉えることができます。

  4. 目標と組織のビジョンの整合性
    個々の目標が組織全体のビジョンや戦略と連携していることを確認することが重要です。従業員が自分の仕事が組織全体の目標にどのように貢献しているかを理解することで、より一層の責任感と達成感を持って仕事に取り組むことができます。

まとめ

 目標管理制度の形骸化は、多くの企業において重要な課題です。この課題に対処するためには、SMART原則の厳格な適用、継続的なコミュニケーション、教育の提供、そして個々の目標と組織のビジョンとの整合性の確保が必要です。これにより、目標管理制度は従業員の成長と組織の目標達成の両方を支援する有効なツールとなり得ます。

目標管理制度(MBO)に焦点を当てたコミュニケーション。様々な社員が戦略的な議論に参加しており、現代的で明るく照らされた会議室が舞台です。都市のスカイラインを見渡せる大きな窓が、プロフェッショナルで協力的な雰囲気を強調しています。このビジュアル表現は、企業環境におけるMBOのダイナミクスを強調し、組織の目標を達成するためのチームワークと効果的なコミュニケーションの重要性を示しています。


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