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【書籍】企業文化の進化:ファンダム経済とAIがもたらす新たな経営モデル ーTHE21 入山章栄氏

 The21 2024年11月号の中で、入山章栄氏の「これからのビジネスは 「ファンダム」が原動力になる」(p26)は大変参考になりました。ここでは、今後の企業経営において重要となる要素や変化について、入山氏がその見解を述べています。
 入山氏は、これからの企業経営においては「ファンダム経済」という概念が非常に重要になると考え、これに加えて「AI」と「プロジェクト型の働き方」という二つの大きな要素が企業経営に影響を与えると述べています。それぞれのテーマについて、入山氏の主張を掘り下げ、人事として考察をしてみたいと思います。

ファンダム経済の重要性

 まず、入山氏が最も重視しているのは「ファンダム経済」という概念です。この「ファンダム」とは、特定の企業やブランド、さらにはリーダーや思想に対して、熱狂的な支持者、つまりファンが集まり、そのコミュニティが一種の経済的・社会的影響力を持つ現象を指します。これまでの企業経営では、終身雇用や伝統的なビジネスモデルに頼ることで、社員や顧客を確保することができました。しかし、終身雇用制度の崩壊が進み、また、消費者の価値観が多様化する現代では、このような旧来の経営手法ではもはや生き残れないと入山氏は指摘しています。

 企業がこれから生き残り、さらには成長するためには、単に製品やサービスを提供するだけではなく、社員や顧客、さらには投資家までもが「ファン」となり、企業に対して強い信念や共感を持つことが必要になります。この点で、入山氏は企業経営と宗教の類似性を強調しています。宗教では、カリスマ的なリーダーが信者に向けて強いメッセージやビジョンを掲げ、その信者たちがそれを信じて集まり、組織としての結束力を強めていきます。企業においても、経営者が強い志やビジョンを掲げ、それに共感する社員や消費者が集まることで、組織の力が強まるというわけです。

 特に若年層においては、これまでのように大量生産された製品やサービスに対する単なる消費者としての関わり方ではなく、自分が心から支持できるもの、つまり「推し活」や「ファン活動」として企業や製品に関与することが重要視されています。若者の消費行動において、彼らは単に安価で手に入るものを買うのではなく、むしろ自分が「本当に好きなもの」に対して大きな投資をする傾向があります。
 例えば、20万円のスニーカーを購入する若者がいるのもその一例です。これらは単なるファッションではなく、その背後にあるブランドや理念に対する支持が大きな動機となっています。

 この「ファンダム経済」が企業経営において重要な役割を果たす理由として、入山氏は「消費者余剰の増加」と「長寿化」を挙げています。現代の若者は、かつての世代と比べてお金をかけずに楽しめる手段が増えており、結果として手元に残るお金が増えています。彼らはそのお金を「本当に好きなもの」に投資し、消費を行う傾向が強まっているのです。
 また、長寿化によって人生が長くなる中、人々は「生きる理由」や「心のよりどころ」を求めるようになります。これに対して、従来の宗教は来世における救済を説いていますが、現世において心の拠り所を提供する存在としてファンダムが台頭してきています。今後の企業は、単に利益を追求するのではなく、社員や顧客に対して精神的な価値や共感を提供できることが求められています。

AIの発展と未来

 次に、入山氏が注目するのはAIの発展です。現在のAIブームは一旦沈静化すると予測されていますが、それはあくまで一時的な現象に過ぎず、6〜7年後には再びAIが大きな影響力を持つ時代が訪れると入山氏は述べています。AIは、資本主義の在り方にまで影響を与える可能性があり、特に企業経営においては、新しいAI技術をいかに活用するかが競争力の鍵となるでしょう。

 AIの現在の状況について、米国の調査会社ガートナーが発表した「先進技術のハイプサイクル」では、AIへの期待は現在がピークにあり、今後数年間で一度沈静化するとされています。しかし、これはAI技術そのものの可能性が失われるわけではなく、むしろ次の波が訪れたときには、AIはより大きな変革をもたらすと予測されています。たとえば、AIが人々の労働に取って代わることで、新しい働き方が生まれる可能性が高く、またAIが資本主義の構造自体を変えるような大きな波が来るとされています。

 入山氏は、AIが再び注目される時期に向けて、企業はAI技術の可能性を理解し、その活用方法を模索する必要があると述べています。特に、次のAIの波が訪れたときには、企業はAIを単なる技術としてではなく、ビジネスモデルや経営戦略の中核に据える必要があると考えられています。

プロジェクト型の働き方

 最後に、入山氏が注目するのが「プロジェクト型の働き方」です。日本の労働市場では、長らく終身雇用制度が主流でしたが、今後この制度は完全に崩壊し、プロジェクトごとに働くスタイルが主流になると予測されています。この働き方では、個々のビジネスパーソンが自分のスキルをプロジェクトごとに提供し、プロジェクトが終了すれば解散し、また新しいプロジェクトに参加するというサイクルが生まれます。

 このような働き方は、クラウドファンディングやフリーランスとしての活動が増える中で、特に優秀な人材にとっては魅力的な選択肢となります。入山氏は、今後の労働市場では企業に所属し続けることが必ずしも必要ではなく、むしろ自分のスキルを活かしてプロジェクトベースで働くことが主流になると述べています。これにより、企業も従来のように終身雇用に依存するのではなく、プロジェクトごとに必要な人材を集める柔軟な経営が求められるようになります。

 特に、資金調達に関してもクラウドファンディングなどの手法が普及しているため、個々のビジネスパーソンが独立してプロジェクトを進めることが可能になっています。このような新しい働き方が増えることで、企業は従来のように一つの会社に全ての人材を抱え込むのではなく、プロジェクトごとに人材を確保する柔軟な組織運営が求められる時代が来ると予測されています。

まとめ

 入山氏は、これからの企業経営において「ファンダム経済」「AI」「プロジェクト型の働き方」という三つの大きな要素が重要になると述べています。ファンダム経済では、企業が宗教的な求心力を持ち、社員や顧客、投資家を強く引きつけることが求められ、AIは一時的に沈静化しても再び大きな波をもたらすと予測されています。さらに、終身雇用の終焉に伴い、プロジェクト型の働き方が主流になる中で、企業は柔軟な組織運営が求められる時代に突入すると考えられます。

 このような変化に対応できる企業こそが、今後の激動の時代を生き残り、さらなる成長を遂げることができるでしょう。企業経営者は、これらのトレンドをしっかりと理解し、柔軟かつ戦略的な経営を行うことが求められています。

人事の視点から考えること

1. ファンダム経済に基づく企業文化の形成

 入山氏が提唱する「ファンダム経済」では、企業が宗教的な求心力を持ち、社員が企業のビジョンや理念に強く共感することが求められています。これにより、企業は単なる利益追求の場ではなく、社員や顧客にとって精神的な支えや共感の源となる存在へと進化する必要があります。
 従来の企業文化は、長期的な雇用を前提とし、従業員が安定的に働くことを目標にしていました。しかし、現代の労働市場では、特に若年層を中心に、企業に対する共感や情熱がなければ、その企業に長期的に留まる理由が薄れつつあります。ここで、企業文化の形成と強化が決定的な役割を果たします。

  • ビジョンや理念の浸透
     
    まず、企業のビジョンやミッションを全社員に浸透させるための取り組みが必要です。これは単なる企業の方針として掲げるだけではなく、社員一人ひとりがそのビジョンに共感し、自分の仕事と結びつけて理解することが求められます。たとえば、定期的な社内イベントやワークショップを通じて、企業のビジョンや理念を共有し、その実現に向けた具体的な行動を考える機会を設けると良いでしょう。また、社内SNSやイントラネットを活用し、社員同士でビジョンに関する意見交換を促進する仕組みも有効です。

  • リーダーシップの強化
      
    「ファンダム経済」では、いわゆるカリスマ的なリーダーシップが必要不可欠です。企業のトップや経営層が自らビジョンを強く掲げ、それを社員に伝えることで、企業全体が一体感を持ちます。ここでのリーダーシップは、トップダウンの指示型ではなく、ビジョンを共有し、それを通じて社員のモチベーションを引き出すリーダーシップです。
     このため、経営層だけでなく中間管理職や現場リーダーにも、ビジョンを効果的に伝え、チームを鼓舞できるリーダーシップスキルを習得させる必要があります。具体的には、リーダーシップ研修や、マネジメント層がビジョンを共有するための特別なトレーニングプログラムを提供することが考えられます。

  • カルチャーフィットを重視した採用
     
    さらに、新規採用時に「カルチャーフィット」を重視することも重要です。従来の採用基準では、主にスキルや経験が評価されていましたが、今後はその候補者が企業のビジョンや文化にどれだけ共感できるか、企業の価値観と一致しているかも重要な評価軸となります。面接プロセスにおいては、ビジョンや企業文化に対する共感度を測る質問を追加し、企業の理念を理解し、それに基づいた行動ができるかどうかを評価する仕組みが必要です。
     例えば、「当社のミッションにどう共感していますか?」や「当社のビジョンに基づいてどのように行動しますか?」といった質問を通じて、候補者の価値観をより深く理解することができます。

2. AI活用による人材管理の革新

 入山氏が述べるように、AIの進展は一時的に沈静化するものの、6〜7年後には再び大きな波が来ると予想されています。この波は、単に技術の進歩だけでなく、資本主義の仕組みそのものに影響を与えるほどの変化をもたらす可能性があります。AI技術を積極的に取り入れることで、人材管理や業務の効率化を図るだけでなく、データに基づく意思決定を促進することが求められます。

  • 採用プロセスの自動化
     
    AIを利用して、採用プロセスを効率化することができます。例えば、履歴書やエントリーシートの自動スクリーニングを行い、候補者のスキルや経験、カルチャーフィット度を分析し、適切な候補者を自動的にリストアップするシステムを導入することが考えられます。これにより、採用担当者は大量の応募者を効率よく処理でき、優秀な人材を見逃すリスクも軽減されます。さらに、AIは面接の際に候補者の表情や声のトーンを分析し、その人物の情緒的適性や企業文化とのフィット感を評価することも可能です。

  • パフォーマンス評価の高度化
     
    AIを活用して、従業員のパフォーマンスデータをリアルタイムで収集・分析することができます。例えば、プロジェクトの進捗状況、タスクの達成度、同僚との協力関係など、従業員の行動や成果を定量的に把握し、客観的な評価を行うことが可能です。これにより、従来の人事評価に伴う主観的なバイアスを排除し、公平で透明性の高い評価制度を構築することができます。
     また、AIは従業員の行動パターンを学習し、将来的なパフォーマンスを予測することも可能です。これにより、社員のキャリアパスをより適切に設計し、個々の成長を促進するための研修プログラムを提案することも考えられます。

  • リスキリングとAIトレーニング
     
    今後、AIの進化に伴い、従業員に求められるスキルセットも変化していきます。このため、従業員が新しい技術や知識を習得できるよう、リスキリング(再訓練)やアップスキリングの機会を提供することが必要です。特に、AIやデータ分析に関するスキルは今後の労働市場でますます重要になるため、これらのスキルを学ぶためのオンラインコースや社内研修を充実させることが求められます。
     また、AIを活用して個々の従業員に最適なトレーニングプログラムをカスタマイズすることも可能です。AIは、従業員の現在のスキルレベルや学習速度を分析し、適切な内容とペースで研修を提供することで、学習効率を最大化します。

3. プロジェクト型働き方への適応

 入山氏は、従来の終身雇用が終焉を迎え、今後はプロジェクトごとに働く「プロジェクト型働き方」が主流になると予測しています。これに伴い、企業における人材管理のあり方も大きく変化するでしょう。従来の終身雇用型では、一つの企業に長期的に所属し、昇進や昇格を目指してキャリアを築くというモデルが一般的でした。しかし、プロジェクト型の働き方では、従業員が複数のプロジェクトに参加し、プロジェクトごとに必要なスキルを発揮して働くことが求められるため、より柔軟な人事制度が必要になります。

  • フリーランスや副業人材の管理
     
    今後、企業は正社員だけでなく、フリーランスや副業者を積極的に採用し、プロジェクト単位で人材を管理する必要があります。これに伴い、フリーランスや副業者に対する評価制度や報酬体系を見直すことが必要です。また、プロジェクト終了後に解散するという働き方が増えるため、プロジェクトの成果に基づいた報酬や評価制度を整備し、公平かつ透明な人事評価を行うことが求められます。
     さらに、プロジェクトごとに必要なスキルやリソースを迅速に把握し、最適な人材をアサインするための人材管理システムの導入も有効です。

  • フレキシブルな勤務体系の導入
     
    プロジェクト型の働き方では、従来のような固定的な勤務時間や場所にとらわれず、リモートワークやフレックス勤務が増えると考えられます。このため、成果ベースでの評価制度が必要になります。特に、勤務時間や勤務場所に関係なく、プロジェクトの成果に基づいて評価するシステムを導入することで、社員のモチベーションを高め、柔軟な働き方を支援することができます。
     また、リモートワークが増えることで、チームビルディングやコミュニケーションの取り方も変わります。オンラインツールを活用して、プロジェクトの進捗を共有し、定期的なミーティングやフィードバックを通じて、チームの一体感を維持する工夫が必要です。

  • 従業員のキャリアパスの再設計
     
    プロジェクト型の働き方が主流になると、従来の昇進・昇格モデルではなく、プロジェクトごとに成果を上げることでキャリアを築く新しいキャリアパスが求められます。社員が自身のキャリアを自由に設計できるよう、プロジェクトごとのスキル評価やフィードバックを重視し、個々のキャリア目標に応じた柔軟なキャリアパスを提供する必要があります。
     例えば、各プロジェクトで得られたスキルや経験を記録し、それに基づいて次のプロジェクトや昇進の機会を提供するシステムを構築することが考えられます。

4. 従業員の市場価値の把握とスキルアップ支援

 入山氏は、今後の労働市場において、従業員が自分の市場価値を把握し、それに基づいてキャリアを築くことが重要だと述べています。市場価値を理解することで、従業員は自分がどれだけの価値を提供しているかを認識し、必要に応じてスキルアップや転職を考えることができます。従業員が自分の市場価値を把握し、キャリアの選択肢を広げるためのサポートを提供することが求められます。

  • キャリアカウンセリングの強化
     
    従業員が自分の市場価値を把握し、適切なキャリアプランを描くためには、定期的なキャリアカウンセリングが重要です。特に、キャリアアドバイザーやメンター制度を導入し、従業員が自身のスキルや市場での価値を評価し、キャリアの方向性を明確にするための支援を行うことが必要です。
     例えば、定期的に市場価値を評価するためのアセスメントを実施し、従業員が現在のポジションでどの程度の評価を受けているか、他の企業でどのようなオファーが見込めるかを把握できるようにします。

  • スキルアップと研修の提供
     
    市場価値を高めるためには、従業員が自分のスキルをアップデートすることが不可欠です。人事部門は、従業員が自己成長を実感できるよう、定期的な研修プログラムやスキルアップの機会を提供する必要があります。AIやデジタルスキルの習得はもちろんのこと、ソフトスキルやリーダーシップスキルも重要です。
     例えば、オンラインコースや社内研修を充実させ、従業員が自分の興味やキャリアに合ったスキルを学べる環境を整備します。また、リスキリングやキャリアチェンジを支援するプログラムも導入し、従業員が変化する市場に適応できるようサポートします。

 今後とも環境が激変していく中で、企業も待ちの姿勢では足りず、生き残りのための施策を打ち出していく必要があるでしょう。

未来のビジネスにおける重要な要素を表現しています。中央ではカリスマ的なリーダーが社員や消費者に向けてビジョンを発信し、「ファンダム経済」の概念を象徴しています。左側には、ビジネスにおけるAIの影響を示すデジタルインターフェースが描かれ、右側ではプロジェクトベースの働き方を象徴するプロフェッショナルたちが協力して取り組んでいる様子が見られます。全体的に温かみのある柔らかな色合いで、革新と未来志向の雰囲気が漂っています。


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