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【書籍】技術と情熱の頂点ー理容師田中トシオ氏の物語
『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社、2022年)のp398「12月21日:理容日本一への道 田中トシオ 理容師」を取り上げたいと思います。
理容師の田中トシオ氏は、ヘアカットの技術を競う大会で日本一になるまでの道のりを語っています。田中氏は当初、感性よりも技術力を重視する「規定」部門での競技を通して、技術を磨くことに没頭していました。規定部門では、指定されたヘアスタイルを正確に再現する技術力が評価されるため、田中氏は自身の技術を追求することで、より深く理解を深めていきました。
技術を追求する中で、田中氏は顧客の顔を見ただけで、どんなヘアスタイルが似合うのかがわかるようになったと述べています。それまでは自分の技術の浅さに気づかず満足していましたが、技術の奥深さを知るにつれ、基礎から学び直したいという思いが強くなりました。そして、この難しい技術で頂点を目指したいと考え、日本一になることを目標に掲げたのです。
しかし、日本一になる道は容易ではありませんでした。田中氏は寝る間も惜しんで練習を重ねましたが、なかなか結果が出ず、負け続ける日々が続きました。それでも諦めずに、日本一になるためには日本一の練習が必要だと考え、毎日夜遅くまで3人のモデルを相手に練習を続けました。時には、練習が終わるのが明け方になることもあり、疲労困憊の日々を送りました。
そんな過酷な練習を3年間続けた結果、田中氏は身体を壊してしまいます。30代にして前立腺肥大、胃潰瘍、神経痛、腰痛など、様々な症状に悩まされ、医師からは「老人のような体」とまで言われました。
この出来事をきっかけに、田中氏は練習計画を見直すことにしました。モデルの人数を減らし、内容を充実させることで、毎日欠かさず練習できる体制を整えました。また、コンディションを崩す原因となる趣味や楽しみを全てやめ、コンテストに集中するために生活の全てを捧げました。
「あなた、老人のような体をしてますよ。このままいったら死んじゃいます」と宣告されました。日本一になろうと練習を重ねてきたのにとてもショックでしたね。計画を変え、それまで一日三人だったモデルを一人に減らし、しかし内容を充実させ、どんなことがあっても毎日欠かさず練習しよう、精神力だけはしっかり保ち続けようと思いました。
そして、田中氏は37歳でついに日本一という目標を達成しました。優勝が決まった瞬間、これまでの苦労が報われた喜びと安堵感から、涙が溢れ出たといいます。しかし、優勝後の田中氏は、次に何をすればいいのかわからず、目標を失ったような気持ちになりました。それほどまでに、練習が生活の一部となっていたのです。
田中氏の物語は、一つの目標に向かって努力し続けることの大切さと、目標達成後の虚無感、そして新たな目標を見つけることの難しさを教えてくれます。田中氏は、その後も理容師として技術を磨き続け、多くの人々に感動を与える存在となりました。
人事の視点から考えること
田中氏の物語は、人事の視点から見ても非常に興味深いものです。彼の経験は、従業員のモチベーション向上、人材育成、目標設定、そして燃え尽き症候群対策など、様々な人事課題に役立つ教訓を提供しています。
内発的モチベーションの重要性
田中氏の物語は、内発的モチベーションの重要性を浮き彫りにしています。田中氏は、賞金や名声といった外的な報酬ではなく、理容師としての技術を極めたいという内なる欲求によって、長期間にわたる厳しい練習を乗り越えました。これは、従業員のモチベーションを高めるためには、金銭的なインセンティブだけでなく、仕事そのものへの興味ややりがいを引き出すことが重要であることを示唆しています。
例えば、従業員が自分の仕事に誇りを感じ、成長を実感できるような機会を提供することで、内発的モチベーションを高めることができます。
継続的な学習とフィードバック
次に、田中氏の経験は、人材育成における継続的な学習とフィードバックの重要性を教えてくれます。田中氏は、自分の技術の浅さに気づき、基礎から学び直すことで、さらなる成長を遂げました。このことから、企業は従業員が常に新しい知識やスキルを習得し、成長し続けることができるような環境を提供することが重要であると言えます。具体的には、社内研修や外部セミナーへの参加を奨励したり、OJTを通じて先輩社員が後輩社員を指導する体制を整えたりすることで、継続的な学習を促進することができます。
また、田中氏がコンテストでの敗北を糧に練習方法を改善したように、定期的なフィードバックは、従業員の成長を促進する上で欠かせません。フィードバックは、従業員の強みや弱みを明確にし、今後の成長に向けた具体的な行動計画を立てる上で役立ちます。
目標設定とその評価
目標設定の重要性と、目標達成後の燃え尽き症候群への対策の必要性を示しています。田中氏は、明確な目標(日本一になること)を設定し、それを達成するために全力を尽くしました。しかし、目標を達成した後は、燃え尽き症候群に陥り、次に何をすればいいのかわからなくなりました。このことから、企業は従業員が目標達成後もモチベーションを維持し、新たな目標を設定できるよう、サポート体制を整える必要があると言えます。例えば、目標達成を祝うイベントを開催したり、次のステップに向けたキャリアプランを一緒に考えたりすることで、従業員のモチベーションを維持することができます。
健康管理も重要
最後に、従業員の健康管理の重要性を改めて認識させてくれます。田中氏は、過度な練習によって健康を害し、目標達成を一時断念せざるを得なくなりました。従業員の健康は、企業の生産性や業績にも大きな影響を与えるため、企業は従業員が健康を維持しながら最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、ワークライフバランスの確保や、メンタルヘルスへの配慮など、様々な対策を講じる必要があります。例えば、残業時間の削減や有給休暇の取得促進、ストレスチェックの実施などを通じて、従業員の健康を守ることができます。
まとめ
田中氏の物語は、人事担当者にとって、従業員のモチベーション向上、人材育成、目標設定、そして健康管理といった様々な課題を考える上で、多くの示唆を与えてくれます。彼の経験を参考に、企業は従業員が能力を最大限に発揮し、充実した職業人生を送れるような環境づくりを目指すべきです。
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疲れ果てながらも決意を胸に理容技術の練習を続ける姿を描いています。朝の光の中でマネキンの髪を切り、伝統的な理容ツールに囲まれた理容室で練習を続ける彼の表情には、肉体的な疲労と揺るぎない献身が見えます。この柔らかく温かい画風は、彼が日本一の理容師になるために直面した感情的、身体的な挑戦を強調しています。
1日1話、「生き方」のバイブルとなるような滋味に富む感動実話を中心に365篇収録されています。素晴らしい書籍です。