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心に余裕を持つ仕事術:タスク管理からの解放ー佐々木正悟氏の視点

 佐々木正悟著『ToDoリストは捨てていい。時間も心も消耗しない仕事術』(大和出版、2024年)を拝読しました。

 本書は、現代のビジネスパーソンが日々抱える仕事のプレッシャーや時間管理の問題に対して、新たなアプローチを提案しています。多くの人が仕事を効率化するためにタスク管理を行っていますが、その結果、心が消耗し、逆に効率が悪くなることが少なくないという点に焦点を当てています。

 従来の方法論に対する疑問を提起し、「ToDoリスト」に代表されるタスク管理の方法から解放され、もっと柔軟で自然な働き方を目指すべきだというメッセージが中心です。佐々木自身が提唱する手法(タスクシュート仕事術)をも否定するようにもみえるところに面白さがあります。

 また、「仕事の進め方」に関しては、人事視点でも重要なテーマであり、この点でも考察してみたいと思います。

1. ToDoリストの限界:自己嫌悪を生む原因に

 本書の一番のメッセージは、タスクを管理するために作成する「ToDoリスト」の限界を見極め、その管理方法がかえって心身に負担を与えている可能性があることに気づくことです。
 ビジネス書の多くは、リストを作成し、これに沿って行動することを推奨しています。具体的には、リストを作ることで行動を計画し、その通りに進めることで仕事を効率化しようとします。
 しかし、佐々木氏はこの方法が必ずしも成功をもたらさないどころか、多くの場合で自己嫌悪やストレスを生む原因となっていると指摘します。

 たとえば、リストに書かれたタスクが次々と達成できないとき、人は「自分はなんて無能なんだ」「他の人はこれくらい簡単にできるのに、なぜ自分にはできないのか」というように自分を責める傾向に陥ります。この自己批判は仕事への意欲をさらに削ぎ、悪循環を生む原因となります。特に、リストに書いたことがすべてできるはずだと自分に過剰な期待をかけ、それができなかったときに「自分は社会人として失格だ」と感じるのは、実際には無意味であり、自己に対する過剰なプレッシャーを生むだけだと述べています。

 また、リストに書かれたタスクが現実的でない場合も多く、それに基づいて行動しようとしても、結局はできないことが増える一方です。このようにして、ToDoリストがかえって精神的な負担を増大させる原因になっていることに気づくべきだと強調しています。

2. タスク管理よりも「考え方の変革」が重要:本質的な問題解決へ

 タスク管理や効率化の方法をいくら学んでも、それが根本的な解決策にはならないと著者は指摘しています。多くのビジネス書では、「タスクを細分化する」「優先順位を明確にする」「効率的に行動するための第一歩を切り出す」といったアドバイスが数多く提案されていますが、これらの方法が必ずしも効果を発揮するとは限らないのです。タスク管理や時間管理がうまくいかないとき、その原因は単にリストの作り方やツールの使い方の問題ではなく、そもそも自分自身の「考え方」にあると著者は述べています。

 多くの人が抱える問題は、「やるべきことがわかっているのに行動に移せない」「リストに沿って行動できない」という悩みです。こうした状況において、ただタスクを整理するだけでは根本的な解決にはなりません。たとえば、「明日やろうと思っていたのに結局できなかった」といった感情は、単なるタスク管理の失敗ではなく、自己管理や自己認識の問題から来ていることが多いのです。著者はこのような状況を打破するためには、「タスクを管理する方法」を変えるのではなく、自分自身の考え方を根本から変える必要があると述べています。

 具体的には、リストに縛られすぎないことが重要です。リストに書かれているからといって、それを必ずしもこなす必要はなく、自分の心の状態やエネルギーに合わせて柔軟に対応することが求められます。たとえば、リストに書いたタスクがその時点で無理だと感じたら、それを無理に行おうとせず、自分の状況に合わせて調整することが大切です。タスクを達成できなかったことに対する自己嫌悪や不安を手放すことで、心の余裕を取り戻し、結果的に仕事が前進することを目指します。

3. 心の余裕を持つことの重要性:仕事効率の向上のカギ

 佐々木氏は、心の余裕があることこそが、最も重要な仕事術だと強調しています。心の余裕を持つことで、日々のタスクや仕事に対するアプローチが柔軟になり、効率が飛躍的に向上します。多くの人がタスクをこなすことに追われ、心が消耗してしまう原因は、時間やタスクに対する過度なプレッシャーです。これを緩和するためには、まず心に余裕を持つことが必要です。

 例えば、タスクが山積みになっている状態では、すべてを一気に片付けるのは現実的ではありません。そのため、まず目の前にある一つのタスクに集中し、それを終わらせることに専念します。すると、達成感が生まれ、その達成感が次のタスクへのモチベーションとなるのです。このように、仕事を一歩一歩着実に進めることで、心に余裕が生まれ、結果的には全体の仕事が効率的に進むようになります。

 また、佐々木氏は「心の余裕を持つためには、理想を手放すことが必要」と述べています。私たちはしばしば、完璧な結果を求めてしまいますが、それが逆に自分を追い詰める原因となっています。理想を追い求めることをやめ、現実的な視点で物事に取り組むことで、心のスペースが広がり、無駄なストレスから解放されるのです。

4. 目の前の仕事に集中する:未来に達成感を置かない

 佐々木氏が特に強調しているのは、「未来に達成感を置かず、目の前の仕事に集中する」という考え方です。多くの人は、大きなプロジェクトや長期的な目標にばかり目を向け、その達成がまだ遠い未来にあると感じることで、日々のモチベーションを失ってしまいます。しかし、佐々木氏はこれがモチベーションの低下やストレスの原因であるとしています。

 代わりに、目の前の小さなタスクに集中し、その達成感を一つ一つ積み重ねることで、結果的には大きな目標も達成できると述べています。たとえば、プロジェクト全体を完成させることだけを目指すのではなく、そのプロジェクトの一部であるタスクや作業を終わらせた段階で、その達成感を十分に味わうことが大切です。小さな達成感を感じることで、次のタスクへの意欲も湧き、長期的にはより大きな成果に結びつきます。

 また、未来に大きな達成感を求めすぎると、現在の仕事に対する満足感が薄れてしまいます。佐々木氏は、日々の小さな成功や達成を喜び、それをモチベーションの源にすることが、長期的な成功への近道であると述べています。

5. 「時間がない」という思い込みを捨てる:豊富な時間の認識

 多くのビジネスパーソンが感じる「時間が足りない」という感覚についても、これを単なる思い込みだと述べています。実際には、時間は常に存在しており、「時間がない」というのは心の焦りから生まれる幻想に過ぎません。締め切りやタスクの多さに追われているとき、私たちは「時間がない」と感じがちですが、実際には時間は常にあるのです。

 佐々木氏は、「時間がない」という焦りが心を消耗させ、結果的に仕事の効率を下げると指摘しています。たとえば、締め切りが近づいているときでも、焦らずに目の前の仕事に集中することで、結果的には締め切りに間に合う可能性が高くなるというのです。この「時間がある」という心持ちを持つことで、仕事に対する取り組み方が変わり、余裕を持って仕事を進めることができるようになります。

6. まとめ:ToDoリストに縛られず、心の余裕を手に入れる

 本書を通じて、佐々木氏が強調しているのは、従来のToDoリストに代表されるタスク管理や時間管理の方法に縛られず、もっと柔軟で現実的なアプローチを取ることの重要性です。仕事を効率化しようとするあまり、リストに縛られ、自己批判や焦りに陥るのではなく、心に余裕を持ち、自分のペースで仕事を進めることが大切だというメッセージが込められています。

 特に、自己管理や時間管理に悩んでいる人にとっては、この本が新しい視点を提供し、日々の仕事の取り組み方を根本から見直すきっかけになるでしょう。タスクに追われる日々から解放され、心に余裕を持って働くことで、より大きな成果を上げることができるという考え方は、多くの人にとって有益なものであるといえます。

 私自身も、タスクリストを作成して満足、または追い詰められ、大切なことを忘れてしまっているのではないか、と思うことがしばしばありました。本質的問題は何なのか、ということを考えさせられる一冊でした。

人事の視点から考えること

 本書は、人事視点での考察にも相当寄与します。社員のパフォーマンス向上やメンタルヘルスケア、そして生産性の向上に寄与する重要な示唆があります。特に、タスク管理や時間管理に対するアプローチが、従業員のモチベーションや職場環境に与える影響を考えると、これらの要素は組織全体の効率を左右するため、企業人事としても大いに参考になるでしょう。

1. 従業員の心の余裕を重視した働き方の推奨

 佐々木氏の主張する「心の余裕を持つこと」は、従業員のメンタルヘルスに直結します。人事としては、従業員が過剰なタスクや無理な目標設定に苦しむことがないよう、心の余裕を持てる職場環境を整えることが大切です。従業員が過度のストレスを抱えると、バーンアウトや生産性の低下に繋がるため、タスク管理や目標設定の際には無理のない現実的な範囲での目標設定をサポートする必要があります。

 具体的には、タスクの細分化や適切な優先順位付けの支援、必要に応じたリソースの提供が求められます。また、締め切りやタスクの完了に焦点を当てすぎず、達成までのプロセスを評価する文化を醸成することで、従業員の心の負担を軽減し、よりクリエイティブで自由な発想を促すことができます。

2. 仕事の進め方に対する柔軟なアプローチの提案

 タスク管理に縛られず、柔軟な働き方を取り入れるという考え方は、リモートワークやフレックスタイム制の導入とも関連しています。人事部門としては、従業員が仕事の進め方において柔軟性を持つことができる環境を整えることが重要です。これは、従業員のワークライフバランスの向上にも繋がります。

 たとえば、従業員が自分のペースで仕事を進められるように、フレキシブルな勤務時間やリモートワークの選択肢を提供することが考えられます。これにより、従業員は自分の体調やモチベーションに応じて最適な時間帯に業務を行うことができ、生産性が向上する可能性が高まります。また、チームや個人がタスクの管理方法を自己流に最適化できるようなツールやガイドラインの提供も有効です。

3. 目標設定とフィードバックの方法の見直し

 佐々木氏によれば、従来の「達成感を未来に置く」やり方は、従業員のモチベーションを損なう可能性があります。人事部門が評価制度や目標設定の方法を見直す際には、達成感や評価を短期的なタスクごとに提供することが効果的です。大きな目標を設定するのではなく、段階的な目標を設定し、それを達成するごとにポジティブなフィードバックを与えることで、従業員のやる気を維持しやすくなります。

 このアプローチは、OKR(Objectives and Key Results)にも、従業員が目の前のタスクに集中し、プロジェクトの進捗を感じやすくすることができます。短期的な目標達成の積み重ねによって、長期的な成果にも繋がりやすくなるため、組織全体の目標達成率が向上する効果も期待されます。

4. メンタルヘルスのサポート強化

 本書では、過剰なタスクや時間管理に囚われることで心が消耗する問題が指摘されています。人事としては、こうしたメンタルの負担を軽減するための施策が求められます。たとえば、従業員が仕事の進め方やタスク管理に対して悩みを抱えている場合、カウンセリングやコーチングの機会を提供することが考えられます。

 また、リーダーシップやマネジメント層に対しても、部下のメンタルヘルスをサポートするスキルや知識を身につけるためのトレーニングを行うことが重要です。これにより、部下が過剰なタスクに追われているときや、ストレスを感じている際に適切なサポートが提供され、結果的に組織全体のメンタルヘルスが向上します。

5. 社員が「時間がない」という感覚を減らすための文化作り

 「時間がない」という感覚は、従業員が過度なプレッシャーや締め切りに追われていると感じる原因となり、心の消耗を招きます。人事としては、従業員がこの「時間がない」という感覚から解放され、より余裕を持って仕事に取り組めるような文化作りを推進することが求められます。

 たとえば、締め切りやタスクの進捗管理において、柔軟性を持たせることで、従業員が自分のペースで仕事を進めることができる環境を提供することが重要です。また、業務時間内に集中して作業ができるよう、ミーティングの時間を短縮したり、集中できる時間帯を確保するための「ノー・ミーティングデー」などの取り組みを導入することも有効でしょう。

まとめ

 本書の内容は単なる個人のタスク管理や時間管理の問題ではなく、組織全体の働き方改革や従業員のメンタルヘルスの向上、そして生産性の向上に直結するテーマだといえます。従業員が心の余裕を持ち、自分のペースで仕事を進められるようなサポートを提供することで、組織全体が持続可能な成長を遂げることができるでしょう。極めて深いメッセージを伝えているように思います。


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