見出し画像

はるかが・・繫ぐ  θ (theta)

「だからって言うわけじゃないんだけど、あの子、なんだかんだで人を見る目があるのかも知れない。そういう意味で、内海君が好きなんじゃないかなぁ。そういう感じでカレシに発展するっていう・・。」
「え・・?」

 純は飛鳥の言葉に大きく反応した。

「・・・いろんな意味でダメだ。・・それは・・。」
とだけぽつりと言った。いつになく厳しい表情に浦上もただならぬ事情を察した。
「・・・何か、事情がありそうだな・・。」
「・・・はい・・。今は言える事じゃないんですが。おそらくあります。」
「なによー、もったいぶって。純らしくないなぁ。」

 飛鳥が口をとがらせた。
「飛鳥には、特に話せないんだ。解ってくれ。」
「・・まぁ・・あなたが言うんならね・・、あたしは何にも言えない・・。」

 飛鳥は恨めしげに純を見た。純は少し苦笑しながら、ゴメンと言うような仕草をした。

「・・彼は・・、ストリートミュージシャンやってるんですよ。」
「・・何かね?そのストリート何とかってのは・・。」
 浦上は純に聞いた。

 飛鳥がすかさずそれに反応した。台所の方から大きな声で言った。
「あっきれた、お父さん、何も知らないのね。ほら、渋谷のハチ公の前とか、駒澤公園とかで、若い子がギターで歌ってるじゃない。」
「・・ああ、流しのことか・・。」
「ははは、お義父さん、ちょっと意味合いが違いますよ。」

「お金じゃなくって・・・表現って世界かな?」

 飛鳥はそう言った。純はその通りだという顔で飛鳥を見た。
「・・・つまり、なにか自分を吐露したい物があるから・・・そう、表現してるって言うのでしょうか。」
「そう言う場がある程度容認されてるってのは、今の若者は幸せなのかも知れないな・・・。」

 純はその言葉に、何か言いしれぬ反感をもとに浦上に言った。

「ただ・・今の若者は、恵まれすぎて閉塞感があるんですよ。」
「昭和と平成の価値観の違いかな・・・。」
「・・ハングリーじゃないって言うか・・・。」
「ははは、村野君、それは私も君たちの世代に対して感じた事だ。」
「そうだよ、純。あなただっていろいろあがいてたじゃない。」

「・・しかし、なんだろうな。はるか、最近ものすごく勉強してるようだが・・・。」
浦上がぽつりと言った。

「受験勉強じゃないの?・・考え過ぎよお父さん。」
「・・・うん・・だといいんだが。」

「受験勉強?妙だな・・。」

純がそこで口を挟んだ。妙だ・・・、という顔をしていた。
「・・・何が変なの?」
飛鳥が不思議そうに訊ねた。

「はるかは、受験勉強なんか無理にしなくていいはずなんだが・・・。」
「・・・そうだろう?」
浦上が相づちを打った。飛鳥はもっと不思議な顔をした。

「・・・・どういうこと?」
「はるか、10校くらいから推薦の依頼があるんだ。大学だけじゃなくて実業団からも・・。」
「・・・えーー?なに、売り手市場って事?」
「・・そう。」

純はふうっとため息ついてビールをあおった。

「・・まったく、恵まれてるのかな・・・。」
「村野君・・・、私が心配してるのはな、さっき言った『閉塞感』がはるかにもあるという所なんだ。」
「うーーん」

飛鳥がそこで考え込んだ。
「・・・あたしがね、例の事件があって、一時おかしくなったでしょ?妙にはしゃがなきゃ腕を切っちゃいたくなる気持ち・・・。なんか、見てるとはるかがすごく似てるのよ。」

「あの子は純粋だからネェ・・・。」
母の裕子がぽつりと言った。
「・・・なんか、必死に何かに耐えてるって感じがして・・・かわいそうになってくる。」
裕子はそう言って目頭を押さえた。

「だけどね、あたしは、もっと別のところに『はるかの苦悩』の理由があると思うのよ。」
「うん、おれもそれは感じていた。ただ、それは少し高次元なものなのかも知れない。」

純が二階を見やってそう言うと、浦上が「なるほど」という顔で同じく二階に目をやった。


「確かに、はるかはものすごく遠く、高いものを見つめているのかも知れない。私たちが考え及びも付かない、遠くをね。」

はるかは、たしかに「もっと遠く」を見つめていた。

                      


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?