「はるか」が・・繋ぐ δ (delta)
大岡山は不思議なところだ。駅前にはどことなく下町的な猥雑なエリアがあり、少しはずれると皇太子妃を出すような瀟洒な住宅街と、古びたアパートが人生の坩堝のように同居している、不思議な雰囲気があった。
「ただいまー」
はるかと飛鳥は合唱するように玄関先で声を張り上げた。
初老の祖母、浦上裕子が出てきて笑った。
「まぁまぁ、二人そろって・・・。」
「うん、そこではるかを拾ってきたわ。」
「ちょっとお姉さん!あたしは猫じゃないよぉ。」
はるかはむくれながら自分の部屋にさっさと消えた。飛鳥はやれやれという顔をしながら居間に入った。居間では浦上慎一がゆったりと座っていた。
「おう、飛鳥、純君は一緒じゃなかったのか?」
「それよ、それ、このあと街頭補導だとか何とか言って、遅れるって言ってた。親友の命日なのになんてヤツなんだろ。」
「ははは、親友だからこそ遅れるんだよ。どうしてもこういう日は親友の死を自覚せざるを得ないからなぁ。」
「・・・・わかるんだけど・・・。特に、あいつは自分がお義兄さんたちを死なせたと思ってるからなぁ。」
「気に病むことではないと思うがな・・・。咲や耕作君は、言ってみれば、天命に沿ったということだ。それが村野君には客観視できないのだろう。それだけ愛すべき熱い男なんじゃないのか?」
「・・・そうじゃなけりゃ、あいつとは結婚なんかしないわよ、お父さん。」
飛鳥は笑った。
着替えを終えたはるかが居間におりてきた。
「・・またぁ・・そのかっこなんとかならんかね?・・・全く最近の女子高生ってのは・・・。」
「・・飛鳥お姉さん、ミニスカぐらいでそんな目くじら立てなくてもいいじゃん。小姑みたいだよ。」
「ばか、おまえのは短すぎるってーの。ほとんどパンツ丸見えじゃない、
TPO考えろってーのよ。これから鎮魂ミサ行くのよ。」
「やっぱ、そう思う?マジやばかったかなこれ?」
「お父さんに聞いてみな。」
はるかは、おそるおそる浦上を見た。浦上はゆっくりうなずいた。
「・・はぁい、着替えてきます。」
はるかは、再び二階に上がっていった。
「さすがにお父さんには、はるかもかたなしね。」
飛鳥はくっくっと笑った。
「私にはちょいと、その変な生真面目さが気にはなるんだがね・・・。」
「・・・・たしかに、あの子は真面目よねぇ・・・。」
「全てのことに、良いも悪いも生真面目なところがあるな。そこは咲と耕作君のそのままを受け継いでいる感じがする。」
「だけどね、ただ受け継いでるだけじゃなく、徹底的に純化してる感じがするってうちの旦那が言ってたわ。」
「・・・それは、そうかも知れないな。はるかは今、ひどく俗物のような動きをわざとしている。そのくせ、鋭い洞察をこの世の中全体にしているきらいがある。はるかの連れ合いになる男は、さぞかし苦労するだろうな。」
「ところがね・・・お父さん。」
飛鳥は浦上の方に近寄って、耳打ちするように話しはじめた。
「あの子、男の子にまったく興味ないのよ。ホント昔から。」
「・・・ほう・・・。」
「でもね、恋とかそんな感じじゃないけれど、一人の男の子とつきあってるの。彼氏って感じではないけど、友達にしてはちょっと親密みたいな。」
「友達以上、恋人未満のような感じかな。」
飛鳥は少し考えて、
「・・・それともちょっと違う・・・。うん、そうだ、あたしと咲ねえのよな感じ・・・。彼って言うか、兄妹みたいな雰囲気だなぁ・・・見てると。
で、その子って、うちの旦那の京都時代の教え子なの。今、こっちの大学にいるんだけどね。」
「京都の男か・・・。」
「うちでたまたまその子が来てた時、はるか遊びに来てたのよ。で、なんか、ものすごく気があって、アドレス交換してたんだ。それ以来、時々会ってるみたいなんだけど」
「・・・結構じゃないか。」
浦上は目を細めていたが、飛鳥はそこで少し顔を曇らせて続けた。
「それがね、うちの旦那にその話をしたら、烈火のごとく怒っちゃって・・・。」
「ほう・・。」
「この二人がもし恋人同士になったら、俺はどっちかを殺して腹を切るかもしれないなんて言うのよ。」
「・・・変な話だな。」
「でしょ?何か裏がありそうなんだな・・・。あの優柔不断な村野純にしては珍しいリアクションだもの。」
「その大学生は何という名なのだ?」
「内海・・・耕作」
「・・・ほう・・。」
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