ぶったん偉人伝#2 Louis Cagniard
Cagniardは、「フランスの地球物理学者であり、数学的地球物理学の様々な分野で重要な業績を残したことで知られています」と紹介されますが、私の中でのCagniardは、”地球のことに興味を持った数学者”です。
私の専門は、物理探査の中でも電気探査や電磁探査が主なので、CagniardはMT法という電磁法の論文で、初めて名前を知りました。しかし、彼の代表的な著作であるReflection and refraction of progressive seismic waves (1938)は、フーリエ・ラプラス領域での巧妙な変換を導入し、多層媒体の波動方程式の厳密な解を解析的に得ることに成功した、弾性波探査(地震探査)に関する論文です。専門分野が違うと読む論文や本が違うので、この事実を知ったのは教科書作りのために弾性波探査関連の本を読んでいた時でした。
Cagniardさんは応用のことにはあまり興味が無いようで、難解な数式だらけの論文を書くのが常でした。なので、先の論文では、Cagniardさんの論文を理解するための学派ができたりもしたそうです。私が関係するCagniardさんの論文は、Basic theory of the magneto-telluric method of geophysical prospecting (1953)です。この論文は、MT法(magnetotelluric method)と呼ばれる探査法の理論を書いたものですが、やはり難解な数式だらけの論文でした。そのため一部の人からは、「Cagniardさんの論文のせいで、MT法の実用化が遅れた」と言う意見もあったくらいでした。
物理探査学会の学術誌・物理探査の中でも、このことに関連して、「論文は、難解でも仕方ないのか、それとも分かりやすい方が良いのか」という激論が紙面上で交わされました。論文の読者視点では読みやすい方が良いですし、執筆者視点では漏れの無い理論展開のためには難解な数式もやむを得ない、というように双方に譲れない論点がありました。私は、読む側にも書く側にもなるので、どちらの意見にも一理あるなと思っていました。結局、この論争は決着しませんでしたが、読む側にも書く側にもお互いに、何らかの気付きがあったはずです。
私見ですが、物理探査学会の論文では、難解な数式が好まれるようです。逆に言うと、数式のほとんどない論文は論文とは見なされません。物理的な現象は、それを単純化した数式と密接に結びついているので、数式が全くない論文は書けません。しかし、数式が無いからと言って論文とは言えないというのは、偏った考え方のような気がします。
Cagniardは素晴しい論文とともに、彼の意思とは関係ありませんが、「論文とは何ぞや」という問題提起もしてくれました。私の理想は、難解な数式が多い論文もスラスラと読みこなすことです。しかし、なかなか理想には届きません。
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