みんなオジイちゃんに見えました
私が大学に入学した頃は、国立大学の先生や職員は国家公務員でした。その頃の先生たちの正式な身分は、『文部教官』でした。この頃はまだ、文部省と科学技術庁は独立した省庁でした。教授・助教授・助手は昔の呼び名で、今では教授・准教授・助教になっています。その他には、機械工作や実験補助をメインとした技術スタッフである技官がいました。技官の今の名称は技術職員です。
定年退職のことを昔は”退官”と言いましたが、これは国家公務員である”教官”が辞めるためです。今は国立大学法人というチョッと特殊な法人ですが、基本的には一般企業と変わりません。そのため、現在は退官ではなく”定年”という言葉が使われています。時々、いまでも退官という言葉を使ったりしますが、これは昔の名残りです。
18歳で大学に入学したヤングな私にとって、年配の教授の先生はオジイサンに見えました。当時は六本松キャンパスの教養部で教養科目が、箱崎キャンパスで専門科目の講義を受けていました。そんな六本松キャンパスも箱崎キャンパスも、今ではありません。この頃の資源工学科の教授の先生たちは”もうすぐ退官”の先生が多かったので、余計にオジイサンに見えました。しかし、当時の九大の退官年齢は63歳でしたから、今考えればそれほど高齢ではありません。
そんなピチピチだった私も、新入生から見ればヨボヨボのオジイサンに見えるような年齢になりました。光陰矢の如し。時間の経過は残酷です。