理工学専門書を書いてみた!
noteブロガーの中でも、理工学専門書を書いた人は数少ないのではないでしょうか。有名なブロガーさんで実用書を書いた人は結構いるでしょうが、専門書、特に理工系の専門書となるとかなり人数が絞られるはずです。
そんな貴重な(?)体験談を書こうと思います。私の学術的な専門分野は『物理探査学』と呼ばれる非常にニッチな分野です。簡単に説明するのは難しいのですが、”物理的な手法を使って地下を可視化する手法について研究する学問”です。”物理的な手法”には色々あって、電気や磁気、重力などを使って地下構造を可視化します。
物理探査学の講義を20年程度続けているので、10年ほど前から授業のための教科書を執筆したいと思い始めました。それまでは他の先生が書かれた教科書を参考書として利用していたのですが、その本が絶版となったのも、執筆意欲が高まった理由の一つです。
自分なりの講義ノートは作っていましたが、そのままでは本にはなりません。まずは資料集めから始めました。それまでの講義ノートにある専門用語のキーワードを中心に、用語解説の資料作りから始めました。B6サイズのキャンパスカードに、専門書からコピーした資料や、ネットで集めた資料を貼り付け、そこに手書きでコメントを書き込みました。これだけの作業でも、優に半年はかかりました。
いよいよ原稿の執筆段階ですが、その前に”本の構成とコンセプト”を決めることにしました。本のコンセプトは”手元に置ける使いやすい教科書”です。章の構成は、従来の教科書通りの”探査の手法別”として、辞書にあるような目印”つめ”を付けることにしました。また、章の扉のページにはその探査手法と関連がある生物を選び、その生物に関するエッセイを加えました。
幾つかの章が書きあがった頃、タイミングよく、理工系専門書を出版している某出版社から声をかけて頂きました。その時に見本として書きかけの原稿の一部を送ると、その担当者は「検討してみましょう」と言ってくれました。その担当者は乗り気だったのですが、出版社の最終決定は「出版できません」とのことでした。理由は、販売数が見込めないとのことでした。理工系専門書は高価であり、専門分野がニッチになればなるほど潜在的な読者数が少なくなります。出版社としては、当然の決定なのかもしれません。
失意の中(?)、”九州の大学”を対象に専門書を出版している九州大学出版会にコンタクトしてみると、あっさりと出版のOKが出ました。ただし、これには裏があります。九州大学出版会は、基本的には”自費出版”です。編集/印刷やISBNコードの取得などはサポートしてくれますが、その費用は著者持ちです。出版部数にもよりますが、私の場合は”初版1000部”で110万円(税込み)を支払いました。薄給なポンコツ教員には目玉が飛び出るような金額ですが、何とか工面できました。本を書けば必ず印税が入ると勘違いする人も多いかと思いますが、実はそうではありません。私の場合は110万円の大赤字でした。
執筆開始から出版まではおよそ1年ほどかかりました。最も苦労したのは図面作りです。著作権の問題もあり、一部の図面を除けば、参考となる図を基にして、基本的には自分で作りました。お陰で、図面作成能力が爆上がりしました。本の表紙を飾る物理探査のピクトグラムも私の作品です。青色の題字は、当初は”金ぴかの青”を考えていたのですが、コスト面で出版社から速攻で却下されました。
残念なのは、演習問題を加えられなかったことです。当初は300ページくらいの量を想定していましたが、最終的には360ページになり、演習問題や解答までを含めると400ページ超になる可能性がありました。Amazonの書評には、「わかりずらい!例題ない!」と言うタイトルで、「学習するに当たって教科書を行ったり来たりで勉強しずらく、また問題や例題ものっておらず参考書以下でした。すごく残念でした。」と言うのが載っていました。これは、誰が書いたかほぼわかっています。実はこのコメントは、物理探査学の定期試験が行なわれたその日に投稿されていました。たぶん試験がうまく出来なかった腹いせ(?)に投稿したようです。翌日にも星一つの書評がタイミングよく載っていました。
本の校正段階で何度も見直したはずでしたが、未だにミスが見つかることがあります。また、最新情報を出来るだけ載せたつもりですが、出版後からどんどん古い情報となってしまいます。これも専門書の宿命です。
理工系専門書を書こうと思う奇特な人は少ないかもしれませんが、私の記事が少しでも力になれば幸いです。私の自費出版では多大な金額がかかりましたが、その支払いに対する潔さが認められたのか、2022年3月から九州大学出版会の理事に就任することになりました。理事と言っても、無給のボランティアですが・・・。私は紙の本が好きなので、理工系専門書出版のお手伝いが出来れば良いなと考えています。