したたかに生きる種子(タネ)の生存戦略
ロサンゼルス郊外のセコイア国立公園には、セコイアという高さ100メートルもある大木が倒木となって横たわっていて、しかも、その木に開けられたトンネルを車が行き来しています。たった一粒のタネが200年もの時を超えて、世界最大の生物に育っているのです。また、タネはたった一粒でも、そこに根を張り、そこからどんどん増えていって大きな森をつくることもあります。一粒のタネは大樹となり、一粒のタネは大きな森となるのです。
植物が子孫を増やす(繁殖)には、タネをあちこちに飛び散らさなければなりません。植物の中には、自らをバネのようにして、あたり一面にタネを飛び散らせる(爆発散布という)ホウセンカやゲンノショウコのようなものもあります。しかし、この方法では散らばる範囲には限りがあります。植物は鳥や獣と違って、自分では動くことができませんから、自分以外の何かを利用して、したたかに移動を試みます。
他人の力をかりて、植物のタネが移動する方法には、大きくいって3つあります。1つは風に乗って移動する方法(風散布)、もう1つは、動物によって運んでもらう方法(動物散布)、3つ目は、水に浮かんで流されていく方法(水散布)です。
風に乗って移動する植物といえば、タネがまるでパラシュートのような形をしたタンポポを思い起こすでしょう。その綿毛は、見事な球状をしていて、決して一方向からの風ですべてのタネが飛ばされることはありません。風の向きによって四方八方に飛んでゆくのですが、風速10メートルの風では、10キロも飛ばされることもあるそうです。
風に乗って飛んでいくタネには、まるで蝶のようなシラカバやプロペラのようなモミジ(カエデ)があります。
動物によってタネを運んでもらうには、大きくいって2通りあります。1つは動物の身体にくっついて運んでもらうもの(付着散布)、もう1つは、動物に食べてもらって運んでもらうもの(食散布)です。
草むらを歩き回ると、ズボンにたくさんの「ひっつき虫」(くっつき虫)と呼ばれるオナモミの果実がついていたという経験はありませんか。オオバコは、踏まれても、踏まれても、したたかに生きる雑草のように強い植物ですが、そのタネは、水にぬれると粘々したゼリー状になり、人間の靴底や動物の足にくっついて遠くに運ばれます。
絶海の孤島ともいうべき小笠原諸島の嬬婦岩(そうふがん)は高さ100メートルの巨大な岩の柱です。その隙間にはえるイヌビエという草のタネは、海鳥の身体にくっついて運ばれてきたものです。
アケビやナナカマドのような鳥が好んで食べるおいしい果実は、食べてほしくない時期には、目立たない色や硬くておいしくない味や匂いで鳥の興味をひかないように工夫を凝らしますが、熟すとやわらかく、目立つ色の果皮で鳥を誘います。青梅には、青酸配糖体(アミグダリン)という毒があり、特にタネはその濃度が高く、鳥はそのことをよく知っています。
しかし、鳥に食べられても、タネは消化されないよう、硬い殻で覆われています。鳥の消化力は元来とても強いものですが、植物はその消化力にも負けないよう工夫をこらしています。
ピリピリ辛い唐辛子は、鳥しか食べないのを知っていますか。唐辛子の辛さは、カプサイシンという成分によるものです。哺乳類は、カプサイシンを摂取すると、体内にあるカプサイシン受容体と結合し、猛烈な辛みを感じて、唐辛子を危険な食べ物と認知し、近づかなくなってしまいました。しかし、鳥にはこのカプサイシン受容体が体内にありません。それは、生物の進化の不思議がもたらしたものです。唐辛子は、進化し、鳥類が反応しない辛みを感じるカプサイシンを生み出し、鳥だけが食べるようになったのです。
唐辛子は、子孫を広げるために、哺乳類に食べられるよりも、鳥類に食べられることを選びました。哺乳類は、自分のテリトリーの中で暮らすため移動距離も短く、それ程遠くにまでタネを運んでくれません。しかし、鳥類は空を飛び、遥か遠くへ運んでくれるのです。
しかも哺乳類は、食べ物を歯でかみ砕きますが、鳥類は歯がないので、食べ物を丸のみにします。唐辛子のタネを守るためには、歯でかみ砕き、タネが潰れる哺乳類よりも、丸のみして、タネが潰されない鳥類に食べられるほうが優位な生存戦略なのです。
なぜなら、小さなタネは哺乳類の腸内でかみ砕かれ消化されて排出されないことが多いのですが、鳥類の場合、丸のみしたタネは消化されにくく、糞として排出されやすいのです。
ではなぜ鳥類は、小さなタネを消化せずに排出してしまうのでしょうか。鳥は空を飛ぶために、体重を軽くしなければならず、不消化物を体内に留め置かないため大腸は短く、飛行中も糞を出し、タネは排出されてしまうのです。何としたたかなやり方なのでしょうか。
リスはドングリを運んで食べますが、すぐには食べないドングリを土の中に隠します。これを「蓄食行動」と言います。しかし、そのうちのいくつかは、隠した場所を忘れることがあります。これは事実上の「種子散布」であり、ある意味リスは「森のタネ蒔き名人」なのです。こんなしたたかな運ばせ方(?)もあるのですね。
ファーブルの『昆虫記』で有名なフンコロガシは、哺乳類の糞を食糧とするコガネムシ科の昆虫です。アフリカのボツワナには、アンテロープというウシ科の動物の糞にそっくりの形と匂いのタネを持つ植物があり、フンコロガシは、間違ってこのタネをころがすことがあるのですが、硬くて食べることも卵を産みつけることもできないそうです。何とずる賢いしたたかさなのでしょうか。
熱帯の川と海が出会うあたりに広がるマングローブ林にも、したたかなタネの生き様があります。ヒルギと呼ばれる植物のタネは、水に浮かんで流されるのですが木にぶら下がっている時から根が生えていて、落下して着床したら、すぐに根を張ります。ただし、タネはみんな比重がことなるので、重いタネは木から落ちるとすぐに水底に沈んで着床しますが、軽いタネは、しばらく浮いたまま遠くまで流され、水底に突き刺さるのです。近いもの、遠いもの、みなそれぞれの使命をまっとうすべく、そこに根づき、マングローブ林は一面に広がっていくのです。
まったく同じように見えるタネですら、それぞれの使命があるのですから、10人いれば10人とも顔や性格の異なる人間には、それぞれ違う使命があるのは、当然なのです。
オーストラリアのユーカリの林は、時に自然発火によって燃え尽きてしまうことがあります。ところが森林火災のような超高温の条件下でしか発芽しないバンクシアという植物があります。バンクシアは焼け跡の灰を養分として、したたかに森を世代交代させるのです。
このようにしたたかなタネたちの生き様に負けないように、わたしたち人間も「よく頑張っタネ」といわれるような知恵と忍耐で生き抜いていこうではありませんか。