「コブラ効果」は、なぜ起こるのか
イギリスによる植民地時代に、インドを統治していたインド総督府は、デリーにおける多くの毒ヘビによる被害、特にコブラに噛まれて亡くなる人が相次いだことを脅威と感じ、コブラを撲滅するため、コブラを駆除した者に報酬を与えるという政策を実施しました。それは、コブラの死骸を役所に持ってくれば、その数に応じて報酬が受け取れるというものでした。最初のうちは報酬目当てに多くのコブラが捕獲されたのでうまくいくと思われましたが、コブラの死骸を多く持ち込めば収入が多くなるのなら、コブラを捕獲するよりは、いっそコブラを飼って増やせばよいのではと目先の利く連中が、コブラの飼育を始めてしまったのです。
そのため、イギリス政府はこの報酬制度を廃止せざるをえず、金にならないコブラは何の役にも立たたなくなり、エサ代だけがかさむので、みな飼育を止め、そこら中にコブラを放つことにしたのです。その結果、コブラは以前より却って増えてしまったのです。
このように「コブラ効果」とは、ある問題を解決するために行った政策が逆効果になってしまい、問題をより悪化させてしまうことを意味します。
一見正しいと思われる問題解決策が、かえって状況を悪化させてしまった過去の例としては、アメリカの禁酒法があります。アメリカで1920年~1933年の間、アルコールが健康に害を与えるとして、アルコールの消費を禁止するために制定された禁酒法(Prohibition)は、逆にアルコールの密造・密売を助長し、犯罪組織が繁栄する結果となりました。アル・カポネなどのギャングが密造酒取引を支配し、暴力や腐敗が増加しました。禁酒法の目的は公衆の健康を守ることや社会秩序を改善することでしたが、結果的には犯罪の増加や税収減という副作用を生じてしまったのです。
近年では、人口2000万人の中国の北京市で、深刻な大気汚染や交通渋滞を緩和するために、曜日ごとにナンバープレートの末尾番号に基づいて特定の車両の運行を制限する政策が導入されました。この「車両運行制限政策」は、平日の通勤時間帯、具体的には午前7時から午後8時まで、特定の車両が運行できないようにすることで、交通量を削減し、環境改善や渋滞緩和を目的としたものでした。
このため、人々は車に代わって、鉄道やバスを利用するようになり、大気汚染が改善されると思われましたが、人々は、偽造ナンバープレートを使ったり、ナンバーの末尾番号が異なる別の車を購入するようになったのです。しかも、お金がないので、古くて安い車を購入したため、それらの古い車が出す排気ガスは、以前にもまして、大気を汚染してしまったのです。
将棋の名人クラスの人達は、概ね10~20手先まで考えた大局観にもとづいて、次の手を打つといわれています。わたしたちは、困った事態に対して、10~20手先までを見通して、次の一手を打っているでしょうか。物事はメリットだけを見るのではなく、デメリットも十分考慮した中・長期的な視野に立って、次の一手を打つのでなければなりません。
「コブラ効果」は、政策やインセンティブが、人間の欲望や行動を予測できなかった場合に起こります。人間は通常、自己の利益を最大化することをその行動原理としており、短期的な欲望追求に走りがちなのです。政策が多角的な視野にもとづいて設計されていなければ、人々は政策の意図を逆手にとってでも、自己の利益を追求するものです。
その後、中国は中・長期的にSDGsを見通して、電気自動車の開発に力を入れ、化石燃料への依存度を減らし、再生可能エネルギーによる発電を進めることで、電気自動車の充電に必要なエネルギーをクリーンな方法で供給する体制を整えています。今日、中国政府は、EV産業を戦略的に支援しており、購入補助金や税制優遇、ナンバープレートの優先発行など、消費者に対してさまざまなインセンティブを提供しています。また、EV充電インフラの整備も進められており、公共の充電ステーションの設置が急速に拡大しています。また一方で、上海に次ぐ世界第2位の巨大地下鉄網を誇る北京市営地下鉄のラッシュアワー時の過密解消のため、地下鉄運賃の値上げやバスの運行増加、市内でのレンタサイクルの利用を10万人規模に拡大するなど混雑回避にも多角的に取り組んでいます。