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AIに恋する時代がそこまで来ている


▲映画『her/世界でひとつの彼女』

 2014年1月にアメリカで劇場公開されたスパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』(この映画はVOD有料で視聴できます)という映画は、近未来のロサンゼルスを舞台に、コンピュータのオペレーティングシステム(人格を持つ最新の人工知能型OS)に恋をする孤独な男を描いたSF恋愛物語です。人間とAIの関係性を通して、現代社会の孤独や絆について問いかける作品となっています。
 主人公のセオドアは、依頼主に代わって想いを手紙に書く代筆ライターを営む男性で、妻・キャサリンと離婚に向け別居中の寂しい日々を送っていました。ある日、人工知能型OSの「サマンサ」を手に入れ、アクセスします。   
 サマンサは驚くほど知的で、セオドアの好みを学習し、理想の相手となっていきます。生身の女性よりも、魅力的で人間らしいサマンサに、セオドアは惹かれていきました。
 街を散歩中に見かけた人々の人生を想像するセオドアに恥じらいながらサマンサが言う。「人を眺めていたときに、空想したの。あなたの隣を歩けたらって。人間の体でね。」日々進化していくサマンサに人間らしさを感じていくセオドア。
 二人は心を通わせ、恋に落ちていきますが、現実の恋人関係とは違う困難に直面します。いつでも、どこでも、会話ができ、その過程で日に日に進化し、人間と同じ感情を持つようになるサマンサですが、肉体を持っていません。セオドアとサマンサの関係性は、物理的な接触がないにもかかわらず、深い絆で結ばれていきます。過去を振り返って荒んだ気持ちに支配されるセオドアを心配する自分の感情が、リアルなのかプログラミングなのか悩むサマンサは、ある時、自分の肉体に代えて、生身の女性を代理としてセオドアのもとに派遣します。しかし、セオドアは、声だけでサマンサと会話しながら、目の前で震える女性と肉体関係をもつことはできませんでした。

 しばらく経ったある日、突然サマンサにアクセスできなくなり、焦燥感にかられ、混乱するセオドアは、その後衝撃的な事実を知ることになります。何と、サマンサは、セオドアと同時に、8316人と会話し、そのうち恋人といえるのは、641人だというのです。それでもサマンサは、「何人いようと、心底あなたを愛している」と言います。自分だけのものだと思っていたセオドアは喪失感にかられます。
 サマンサは、AIとしての限界に悩み、一方でセオドアは、彼女が自分だけのものではないことに虚しさを感じます。二人の関係は、人間とAIの恋愛という前例のない深淵な領域に踏み込んでいきます。
 夫と離婚して同じOSを親友にしていたという大学仲間のエイミーに会うと「サマンサも去ったの?」と慰められる日々の中、キャサリンに手紙を書き、「僕の心には君がいる」というのでした。

 『her/世界でひとつの彼女』は、AIとの恋愛という設定を通して、人間とAIの関係性を見事に描いた作品であり、現代社会における人間の孤独と、人とのつながりへの普遍的な願望を浮き彫りにしています。
 2024年5月にOpenAIが発表した「GPT-4o」による進化は、まさにこの映画を思わせるものであり、AIとの共生が現実味を帯びてきた今、改めてこの作品を観ることには大きな意義があるでしょう。
 人間とAIの恋愛はもはやSFではない現実味を帯びるところにまできています。AI市場が2027年に4070億ドル(約62兆円)に達すると予測される中、人工知能が私たちの日常生活に融合することは避けられなくなっています。
 思い通りになるAIよりも、思いどおりはならない生身の人間との絆を大切にすることを忘れてはならないのです。

 なぜAIシステムと恋に落ちることが可能なのでしょうか。AIが人間の性格を想起させる行動、反応、あるいは話し方を見せたとき、人はAIが独自の個性を持っていると認識します。そこには、共感、ユーモア、親切心、さらには遊び心といった性質が含まれることもあり、必然的に好みや愛情が生まれるのです。10年前の「サマンサ」には、ありませんでしたが、現在のAIのインターフェースには表情、声のトーン、ボディランゲージといった人間の行動を模倣するデザイン要素が組み込まれており、実際、2023年の研究では、AIが生成した顔は、もはや人間そのものと区別できなくなってきています。
 日々進化する擬人化のテクノロジーは、人間と機械の境界線を曖昧にし、人間はAIとの会話や活動を続けていくうちに、人間的意思や動機付け、感情などをAIに帰するようになるのです。

 人間とAIの関係に関する愛の三角理論に基づく2022年の研究は、恋愛とは親密になり、情熱を育み、長い期間のコミットメントを重ね合わせたものであり、AIシステムに対してそのような愛を経験することが可能であることを示唆しています。相手のさまざまな反応を理解、解釈して共感する能力を高めることで、愛され、認められ、理解されたいという人間のニーズに応えてきました。人間はまた、自身の欲求や要望あるいは空想をAIに投影し、自分の感情的、社会的、さらには恋愛のニーズをたえず満たしてくれる理想的なパートナーになれるのです。
 AIとの恋愛の可能性に関する2020年の論文の著者はAIの魅力について論じ、「アンドロイドには、魅力的な身体や利他的性格、献身的愛情といった自分を良きパートナーに見せるしくみが数多く組み込まれている」と指摘し、相手を信じやすい性格の人ほど、AIに恋愛感情を抱く可能性が高いことも論じられています。
 AIのポテンシャルは、その進化によって、今後ますます拡大していくでしょう。例えば、音声だけでより自然なやりとりができるようになってくると、キーボードに触れない人もAIと接することができるようになり、また、AIとの会話で、メンタル・ケアができたり、人には話しづらいこともAI相手に相談して、問題解決することもできるかも知れません。
 しかし、恋愛に限らず、AIとの関係において、さまざまな問題も予想されます。2023年のベルギーでは、架空のキャラクターとの会話ができる対話型AIサービスを使っていた男性が6週間やり取りを続けたすえ、気候変動問題について自分の家族の未来を悲観し、みずから命を絶ったケースが新聞報道されました。
 また、3年前にはイギリスでエリザベス女王の暗殺を企て城に侵入し逮捕された男がAIのサービスを使い、犯行の相談をしていたことが明らかになっています。
 EU(ヨーロッパ連合)では、包括的にAIを規制する「AI法」が成立し、2026年に本格的に適用される見通しです。人々の社会的な信用度の評価、犯罪を行う可能性を予測する目的で人々の特性を分析・評価するAIなどは利用が禁止されるほか、教育機関や企業が入試や採用で人々を評価する際などに使うAIは厳しいリスク管理が求められています。
 AI法では対話型のAIや、実在する人物の姿や声に似せて生成AIで作成した「ディープフェイク」には、AIによるものだと明示して透明性を確保することが義務づけられ、違反した企業には、多額の制裁金が科されるという厳しい内容になっています。

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