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知らず知らずのうちに付和雷同していませんか


▲孤高の人「王符」の像

 2世紀の初め、中国で「後漢の三賢」と呼ばれた思想家・王符(おうふ)が著わした『潜夫論(せんぷろん)』賢難篇に「一犬影に吠ゆれば 百犬声に吠ゆ」とあります。何かの拍子に一匹の犬が影におびえて吠えだすと、ほかの犬もそれにつられて吠えだすことから、誰か一人が憶測で物を言い始めると、世間の人々は噂の真偽を確かめようともせずに、まるで真実のこととしてその噂を広めてしまうことにたとえられています。
 この名言を残した王符という人物は、出自に恵まれていなかったため、「狷介(けんかい)な性格」だったといわれています。狷介とは、自分の意志を曲げず、簡単に人と和合しない性格のことをいいます。こうした人は、自分の信念や考えを強く持っていて、それを曲げたり、他人に合わせたりすることを好まない傾向があり、そのため、協調性に欠けると見なされたり、他人との関わりを避けて孤高でありたがると思われることがしばしばです。
当時の後漢では、幼くして去勢され宮廷や後宮に仕えた宦官(かんがん)によって政治が私物化されており、王符は宦官にへつらわなかったために昇進することができず、隠棲して時局を批判する書『潜夫論』(せんぷろん)を著し、生涯仕官することがなかったといわれています。
 
 王符のように、頑なな態度は欠点ともなりますが、簡単に付和雷同しないことは、現代人には、むしろ強く求められているのではないでしょうか。
ネット社会で付和雷同しないこと、つまり他人の意見に流されず自分独自の意見や視点を持つことは、かえって他者からは信頼されやすくなり、さらに自分の考えを深めることで、物事を多角的に見る力が養われます。他人に頼ることなく、自分で考え行動する習慣が身につくと、次第にリーダーシップを発揮することもできるでしょう。こうした姿勢こそが、ネット社会におけるより健全で賢い身の処し方ではないでしょうか。

 なぜなら、今日のネット社会で、わたしたちは、知らず知らずのうちに付和雷同し、フェイクニュースの拡散や「炎上」に加担しているかもしれないのです。というのも、インターネットやSNSなどが普及した現代のネット社会では、一つの投稿や情報が短時間で多くの人に共有されるからです。こうした現象を憲法学者のキャス・サンスティーンは、「サイバーカスケード」と呼んでいます。特に、影響力のある有名人やインフルエンサーから発信された情報は、フォロワーが多いため、さらに多くの人にリツイートやシェアされ、爆発的に広がります。こうして、特定の意見や情報が急速に広まり、同じような意見や情報が次々と共有されると、似たような意見を持つ人たちがネット上に集まり共有されることでその意見が強化されます。そのため、「自分たちの意見が多数派である」と感じやすくなり、それを「正しい」と思ってしまうのです。多くの「いいね」や「シェア」がついている情報は、信頼性が高いと感じやすく、こうした反応を見て、「ソーシャルプルーフ(社会的証明)」を得たと思い込むからです。
 その最たる現象が「炎上」です。誰かのブログやSNS上での言動に対して、それを閲覧した多数の人々がコメントを集中的に寄せることになった状態を「炎上」と呼んでいます。このとき、コメントには賛否の両方が含まれていたとしても、「否定的な意見」の方をより多く含んでいる場合を「炎上」としており、応援などの「肯定的な意見」の方が多いものは普通「炎上」とは呼ばず、「バズる」と表現することが多いようです。
 「炎上」には、事実にもとづいているか否かに関わらず、社会的に相手を陥れるため名誉棄損にあたる可能性が高いのです。安易に同調するのを戒める理由は2つあります。1つ目は、何が真実で何が正しいことなのかという情報を、自分以外の人の行動や発言に求めているという点です。2つ目は、人間は往々にして身の周りの人びとと同じように考え、行動する傾向があるという点です。
 意識するとしないに関わらず、世界同時配信によって、数えきれないほどの不特定多数の人々に対して、ソーシャルメディアが、同調圧力を生じさせる機会を増やしていることには疑問の余地はないのです。自分のフェイスブックのページやツイッターの投稿一覧では、自分の気に入った、あるいは信用している人々から、ありとあらゆるデータが送られてきており、その人たちが言ったことは、その人たちが言ったからこそ信用できると錯覚してしまうのかもしれません。むろん、これは相手方とのつながりの強弱によって大きく変わります。なかには、相手が自分のことをどう思うかなど気にかけない人だっているかもしれませんが、気にかけている人間は実際に多くいるとすると、そうした人びとは同調しやすい傾向にあるといえるのです。
 
 王符のように、たとえ孤高の人となっても、自ら情報の真偽を確かめ、多角的に考察し、勇気をもって自己の信念を貫き通すというスタンスとそのためのスキルは、現代人にとって、大いに見習うべき処世術であるといえるでしょう。


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