見出し画像

確かに自分の意志で選択しましたか

▲『トム・ソーヤーの冒険 上』(岩波少年文庫)の表紙より

 マーク・トウェインの『トム・ソーヤーの冒険』に「ペンキ塗り」の話があります。
 土曜日の朝なのに、主人公のトム・ソーヤーは、いたずらをしたために、ポリーおばさんから罰として、長さ30m、高さ2m70cmの家の板塀をペンキで白く塗る仕事をさせられるはめになりました。トムは、この仕事が面倒でなりません。どうにかして、逃げる手はないかと考えました。そんなトムをからかいに少年ベンがやってきました。
 するとトムには素晴らしい霊感がひらめきました。ペンキ塗りを「さも楽しそうに」やり始めたのです。「おい、トム、ちょっとおれにもやらせろよ」「だめだめ、こんな楽しいことは任せられないね」とトムはそっけなく断ります。そういわれると、どうしてもペンキ塗りがしたくなったベンは、「リンゴを全部やる」といいだしました。トムは残念そうに、ブラシを渡しましたが、内心は飛びつく思いでした。リンゴを食べながら、トムはさらにカモを増やすことを考え、ベンがへとへとになる前に、同じ手口で、通りかかったビリーに、凧と交換でペンキ塗りをさせました。さらに何人かの少年たちが、ビー玉や爆竹、ブリキの兵隊などと交換でペンキ塗りをして、何時間かが過ぎました。こうして貧乏にうちひしがれていたトムは、まんまと(子どもにとっての)財宝をたくさん手に入れることに成功したのです。
 トムは、いいます。「知らず知らずのうちに人間の行動の偉大な法則を発見していたのだ。人に何かを欲しがらせようと思ったら、ただそれを手に入れにくいものにすればいいのだ」と。

 この機知と策略に富んだストーリーは、トムのずる賢さと人間心理への理解力を示す名場面ですが、これは、今日でいう「行動創造理論」を巧みに使ったことになります。
 すなわち、最初にペンキ塗りは「楽しいこと」という情報を与えました。そして「報酬をもらった上に、代わりに作業をしてもらえる」という結果を導き出したのです。これは「プライミング」(呼び水)と呼ばれ、最初に与えたある刺激(プライム)が、その後の反応や行動に無意識に影響を与えることを指します。


YouTube「エニーのまとめて解説ちゃんねる」より

 例えば、宝石の贈り物を買いに来た客に50万円台の宝石をいくつか見せ、その後、見た目が左程変わらない10万円の宝石を見せると、安いと勘違いして買うといった行動を創造できるのです。これは、「アンカリング効果」といって、最初に提示された数字を基準として判断を下してしまうという心理作用の代表的な例です。
 日本料理のコース設定で、「松竹梅の法則」に則って、価格と品質を3つのランクに分けて提示すると中間の選択肢が選ばれやすいのです。これは「最も安い」あるいは「最も高い」といった極端な選択肢を避ける「極端回避性」と呼ばれる心理が作用しています。ビジネスにおいて、クライアントに見積もりを提示する際に「2択ではなく3択で提示する」「最も売りたいプランを中間の選択肢にする」という時に活用されています。
 同じ情報でも、提示方法や表現方法の違いで受け取る印象が変わるという心理作用を「フレーミング効果」といいます。例えば「ビタミンC1g」を「ビタミンC1000mg 」と表現するケースや、「顧客100人中10人は満足していない」とするより、「顧客満足度90%」と表現するケースは、「フレーミング効果」を狙っています。 
 アメリカの心理学者ミルグラムの実験によると、例えば、新装開店のパン屋の行列にサクラを1人入れると通りがかりの42%、2~3人入れると約60%、5人では、何と88%の人が列に並んだそうです。これは「みんなが選ぶなら間違いないだろう」と考えて行列に並んでしまうという心理、いわゆる「バンドワゴン効果」を証明しています。

   さらに、噂の人気店ともなると、大勢の人が並んでいることがありますが、一旦、そこに並んでは見たものの待ち時間が長い場合でも、せっかく並んだから入店できるまで待とうとします。並んだ時間が無駄になるのを恐れての判断ですが、合理的な判断とはいえません。
 これと同様、クレーンゲームやパチンコなどのギャンブルのように、使ったお金が景品に変わる、またはお金が増える可能性があれば、それまで使った金額がますます増えたとしても、「こんなにお金をかけたから、今さらやめられない」という心理に陥るものです。
 このように、すでに使った費用やコストに対して「もったいない」という心理が働き、合理的な判断ができなくなってしまう現象のことを「サンクコスト効果」と呼んでいます。
 ダチョウ俱楽部の有名なギャグに「押すなよ!押すなよ!」というのがありますが、人から行為や物事を強く禁止されたり制限されたりすると、かえって関心が高まり、それをやってみたくなる心が働く現象のことを「カリギュラ効果」といいます。
 この用語は、学術用語ではありませんが、1980年にアメリカで上映された映画「カリギュラ」が、残虐で過激な場面が多かったため、ボストンなど一部地域で放映禁止となり、かえって人々の反発と関心を呼び大ヒットしたことに由来しています。
 わたしたちは、「限定品」というフレーズに弱いです。「期間限定」「本日限り」「先着〇名様」「年末大特価」などと限定されることによって、購買意欲が刺激されてしまうのが「カリギュラ効果」です。閉店セール、在庫処分、残り3点という表示に焦って買ってしまうのです。
   今夜のメニューを迷っている時に「本日のおすすめ」を見ると、つい買って  しまう。50%OFFの表示を見ただけで、買うつもりのなかった商品を買ってしまう。分割払いを安いと勘違いしたり、流行に乗り遅れまいとしたり、ポイント還元、ポイント10倍、クーポンにつられたり、スーパーの「98」マジックにつられ、「上級者向け」「プロ仕様」などの「ラベリング効果」に乗せられ、試食したら「買わなくちゃ」と思わせる「好意の返報性」を利用したセールスに乗せられ、そしてネットで調べものをしていたら、いつのまにか買い物をしていたetc。

   わたしたちは、確かに自分の意志で選択しているのでしょうか。結果として、「食品ロス」は、1人当たりアジアNo.1、「衣類ロス」は、排出される衣類の64.8%が産業廃棄物や一般廃棄物として処分されています。SDGsの観点からも、一度冷静になって、自らの消費行動を見直してみましょう。

いいなと思ったら応援しよう!