相手の鏡で自分を知る

鏡は知らない自分を教えてくれます。
たとえば、疲れているとき鏡を見ると「クマができている」とか「顔色が悪い」とか実際の姿が映ります。このとき疲れているという自覚が、あるかないかで次のように分かれます。
自覚がある場合➡「やっぱり疲れているな」と納得する。
自覚が無い場合➡「え、こんな顔してるの!」と、はじめて疲れている自分を知ることができる。

話しが飛びますが、地球のおばちゃんは、すべての人は心の鏡を持っていると考えます。自分とは、相手の鏡によって変化し、知らない自分が映ると思うのです。
なぜなら、私に対する人物像が接する相手によって違うからです。
「○○さんて、△△な人ね」と△△の部分がさまざまなんです。△△は相手から見える印象になります。

お菓子にたとえてみましょう。
地球のおばちゃんが、みたらし団子だとしましょう。
自分(○○)はみたらし団子だと信じています。
①「○○さんて、みたらし団子やね」➡うん、その通り
②「○○さんて、三色だんごやね」➡それほど違和感はない
③「○○さんて、柿の種やね」➡はあ、どないしたらそう見えるの?
となるのです。

このように、みたらし団子の自分が、思いもしない柿の種だったりポテトチップだったりします。
皆さんいろんなことを言ってくださるので、「違いますねん、私はみたらし団子なんですう!」と分かってもらいたいけど時間と労力がいります。

つまり相手は、みたらし団子が柿の種に映る心の鏡で決めているのです。
しかも困ったことに、この生きている心の鏡は常に変化するのです。価値観や気分、環境などで変わるようです。

物質の鏡➡いつでも同じ映し方をするから予測できる。
心の鏡➡みたらし団子をみたらし団子、みたらし団子をプリン、みたらし団子をスルメ。時と場合に想定外の映し方もする。

で、何が言いたいか。
★人からどう見られるかって、コロコロ変わるからあまり気にせんときましょう。
★「自分はみたらし団子だ」と何十年も信じていたけど、いつのまにか「塩せんべいなっていた」なんてこともありうるので、たまには点検してみましょう。

ヨガの教えでは、「外とは別の自分があるとは妄想で、すべて中に自分がいる」と言われています。
その教えに基づくと・・・
相手の鏡で変化するほうが、本当のような気がしてきました・・・


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