【2022/11/08~2024/02/27 Vol:6】
遥は私にとって3人目の子どもとしてこの世に生を受けた
男兄弟三人の末っ子として産まれ
環境も相まって男社会の中で育ってきた私
自分が家庭を持ったなら女の子が欲しかった
長男 次男と産まれ『男家系なのかな』と半ばあきらめていた
次男と5年離れて遥は妻のお腹に宿り皆に祝福されて産まれてきた
待望の女の子が産まれ私は心底嬉しかった
その後の子育ても上の二人とは大きく違い
声を荒げて叱る事もましてや手を挙げることもなく
眼の中に入れても痛くないというのはこういう事か?と
想えるほど愛おしく可愛い存在だった
遥も3人目の子どもとして産まれてきた所為で
頭の良い機転の利く女の子だったと思う
気の強い所は妻に似ていて姿格好も妻に似ていた
本人は大きくなるにつれ「お母さんにそっくりね」と言われることは
余り嬉しいことではなかったよう
同性だし親子だし思春期にはかなり難しい面もあったみたい
遥が小学一年生の頃に潮干狩りに行って
帰りの車の中で全身に痒みが走り
苦労したことを思い出す
最初は海の潮が乾いて痒くなっているのかな…程度の考え
帰ってすぐにお風呂に入れてその日は布団に入った
痒みは一向に収まらずアレルギー反応のテストや
原因を調べるためにありとあらゆる病院を探し回ったのを覚えている
結果 原因は汗腺が少なく身体に負担になるような食べ物を摂りすぎたり
疲労や睡眠不足が原因で感染の周りに痒みが広がるのだろうと
結論付けられた
それから高校を卒業するまでの思春期真っただ中は
全身に掻きむしった傷が広がっていて
顔も頬っぺたのあたりはいつも瘡蓋が出来ていた
学校でいじめられたりしないか?
気持ち悪がられたりしないか?
そんな事ばかり心配になっていたな
だけど娘は持ち前の気の強さと社交性の高さで
友人も多くいて都合6年間続けた吹奏楽で繋がった仲間は
遥の最後の時に沢山駆けつけてくれ共に涙を流した
私が音楽をかじっている関係で5歳ころからライブハウスに出入りし
私の友人のバンドを応援するためにステージのど真ん中に張り付いたり
バンド仲間からは娘 妹 彼女のように扱われ多くの大人たちの間で
本当に大切に愛してもらっていた
遥のための追悼LIVEを今現在友人が企画してくれている
遥は色んな人たちを繋ぐ役目を持っていたような気がする
遥のおかげで私は今も生きている…
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