【2022/11/08~2024/02/27 Vol:2】
まず最初にたどり着いた治療はケイシー療法
自分自身も施術を学んだ療法
自分に施術を教えてくれた仲間に助けを求めた
すぐに時間を作ってもらい尼崎に来てもらった
その頃の遥はまだ元気で一通りの施術を受け
少しはマシになったと言う
それはもしかしたら必死になっている私への優しさだったのかもしれない
施術に来たケイシー療法の私の先輩
遥の病状を伝え施術に取り掛かる中
これまでの自身に満ちた話っぷりと一転
不安げな言葉に私はその先輩の施術に
頼ってしまったことに後悔した
癌患者を治癒できる
様々な病気を回復に向かわせてきた
その様に聞き学んできたが
実際に病気の方々の治癒にまで携わった事のある人は
恐らく施術者の中の一握りだろう
ましてや病状の重い人と向き合い
その顛末を見てきた人などそれほど居ないだろう
狼狽しながら施術する先輩
その様子を見てそれ以降の日は私が施術を行い
効果が期待され
遥の身体に負担にならないことだけを行った
スピリチャルを語る人や
精神世界をさも分かったかのように語る人
命の意味をしたり顔で語る人
それらの人が心の底から嫌いになった
目の前で起こっていることと
言葉として耳に届くもののギャップ
それはもしかしたら真実かもしれないし
それはもしかしたらまやかしかもしれない
分かっていることは遥が癌になり
少しづつ命の灯が弱くなっていることだけ
日中は私のいる事務所兼寝床で治療を受け
身体を横にして
夕方には彼氏と共に暮らす家に送り届ける
5階まで階段を上がり
遅い帰りの彼を待つ
日中の治療を週に5日ほどおこない
また送り届ける
そんな日が続く中
遥の体力は眼に見えて衰えていく
5階までの階段が体力を奪う
見かねて遥にうちに泊まり
彼にもうちに来てもらうよう話す
最初は意地を張り帰ることを選択していたが
10日ほど経ったころからうちに留まるようになった
治療もうちで行い
お昼ご飯や晩御飯をうちで食べる
彼が早い時間に帰ってきたときには
晩御飯を食べて少しゆっくりしてから
彼だけ自分の家に戻る
そんな日がしばらく続いた
遥の病気が治る可能性は
私にはわからない
それでも治ると信じて
遥にも言い聞かせ
希望だけは失わないように
治療も色々なものを調べ
連れていき
遥に体調を聞き
よさそうなものは何でもやった
10月に入るころはまだ
元気な様子だった
伊丹の病院からは二週間に一度は
必ず検査に来てくれと言われていて
二度目の検査の時には少し元気さが戻ってきていると
看護師や先生も感じていたのだが…
相反するように薬の量は増えていった…
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