逃避の散歩 59.西日暮里発、三河島駅から南千住、そして北千住へ駅ラリー
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またしても曇天だ。
いま、JR・東京メトロ西日暮里駅から北へ歩いている。
なぜかというと、荒川区内で通過していない駅を踏破するためだ。区内の駅は過去に、都電荒川線(7回)と日暮里・舎人ライナー(14回)で大半を通過していて、調べてみると残りは京成線新三河島駅、JR三河島駅、東京メトロ南千住駅、JR・つくばエクスプレス南千住駅の計4駅。
水分と間が開いて気づいたことだが、これらを通過すれば荒川区内の鉄道駅はすべて踏破したことになる。
以前は使わなかった、日暮里・舎人ライナー駅の歩道橋を使って東口に出たら京成線の線路に合流し、それに沿って進む。この通りは藍染川西通りというらしい。そう記された案内板を見つける。
西日暮里駅から12分経過したところで明治通りに出たところで、京成線の新三河島駅改札前に到着。
踵を返し、明治通りを東へ進む。道灌山通りと尾竹橋通りが交差する六差路の宮地交差点の横断歩道を渡り、右前方の尾竹橋通りヘ進む。案内板によると次の駅まであと450メートルだそうだ。この通りは宮地交差点をくの字に折れた北側にも続いていて、以前通った東京メトロ町屋駅と都電荒川線町屋駅前停留所を通っている。
西日暮里一丁目東交差点の次の信号を越えたところで道は少し右へ曲がる。そしてその先に次の駅があることを知らせる「JR三河島駅」と書かれた高架が見えてくる。
19分経過、その高架下にあるJR三河島駅改札前に着いたところで、すぐ目の前の横断歩道を渡って左折したらすぐ右折して車一台分の幅しかない路地を進む。
昼下がりなので開いていないが、焼き肉屋や多く軒を連ねている渋い風景が目に入る。ということは、在日コリアンの方々がこの辺りに住んでいるということか。都内で在日コリアンの方々が多く住むところというと、大久保と上野くらいしか知らなかった。
やっぱり、いろんな道を歩いてみるものだ。自分が無知であることに改めて気づかされ、新たな知見を得られる。
それにしても、焼き肉が食いたくなってきたな。そんな金はないけど。
28分経過。再び明治通りへ戻り、その先には南千住一丁目信号とJR線の高架が見える。その下を抜けて線路沿いに左折し直進する。二つ目の角を左折して高架を抜け、100メートルほど進んだところに都電荒川線の三ノ輪橋停留所がある。今回は通らないけど。
34分過ぎたあたりで日光街道に出て横断歩道を渡り、更に線路沿いを進んだところにあるガード下をくぐってすぐ右折しまた線路沿いを歩く。途中で地下から出てくる日比谷線の線路がいま歩いている線路と並行するのが通り過ぎる車両でわかる。
道は少しずつ上りとなり、左へ少しずつ曲がっていく。41分過ぎたあたりで旧日光街道のアンダーパスと交差する。右を見ると、JRと東京メトロの高架を越えたところに貨物線の線路と歩行者用陸橋の階段が見える。そこへ回り込むと、次の駅の出入口が目に入る。
41分経過、東京メトロ南千住駅南口前を通過。そしてまたJRの高架をくぐって右折すると次の駅の入り口が見える。
43分経過、JR・つくばエクスプレス南千住駅西口前に到着。
これで荒川区内の鉄道駅をすべて踏破。
とはいえ、まだそれほど歩いていないのでもう少し足を伸ばそうと思う。少し駅前で小休止しながらグーグルマップを見ながらルートを考える。南千住まで来たのだから、このまま足立区へ北上していくつかの駅を回りつつ北千住駅まで行こう。通過する駅とその順番は以下の通り。
京成線千住大橋駅→京成線京成関屋駅→東武線牛田駅→東武線堀切駅→北千住駅
小休止を終えて再開。また旧日光街道に出て北上し、50分を経過したところで再び日光街道と合流しさらに進む。
53分経過、千住大橋を渡って隅田川を越え足立区に入る。さらばだ荒川区。
橋が架かっていた位置が当時と違っているため、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の最初の句を詠んだ場所が現在の位置から少し上流のところといわれる。北千住駅の前に芭蕉の銅像があったが、橋を渡った先の足立区立大橋公園にもその碑がある。というより、今そこを通過したところだ。
さて、橋を渡った先に交番が見えてきたのでその先の角を左に入り、屋根の形が特徴的な石洞美術館前にある広めの交差点を右折すると、次の駅が見えてくる。
1時間経過、京成線千住大橋駅南出口前を通過。
そのまま奥に進むと小さな路地があり、そこを通って東出口側に出てまた日光街道に戻る。横断歩道を渡り、線路沿いの狭い路地を抜けて右折し、次の丁字路を左折。東京都中央卸売市場足立市場の横を抜けていく。
1時間7分経過したところで南千住駅からのJR・つくばエクスプレス・東京メトロ日比谷線の三線が通る高架の下をくぐり、1時間11分経過したところで工事中の浸水対策下水施設「千住関屋ポンプ所」と足立区立関屋公園の間の歩道を通る。
歩道を突き当ると廃棄物リサイクル工場の前に出る。囲いの錆びつき方に年季が感じられる。左折して京急線の高架下をくぐり、対向に東武伊勢崎線の線路が通っている墨堤通りに出て右折。
1時間17分経過、妙に気になる京急線の高架がある。何かの施設とタクシー会社の営業所がこの先にあるとはどういうことなのか、どうしても知りたくなり路肩の通行の邪魔にならない所へ移動し検索をする。アメージングスクエアという場所らしい。
千住のあたりだし、もしかして昔に巨大迷路で知られたあの遊園地か? 確か潰れたはずじゃなかったのか? 行ったことはなかったけど。
そう思ってまた軽く検索したら記憶していた通りだった。1987~90年代は遊園地だったが20年以上前に閉園していて、その後はいろいろと変遷があり、現在は複数のスポーツ施設とタクシー会社の営業所が入っている場所になっているそうだ。寄らんけど。
気になったことが解決したので移動する。1時間19分ごろで東武線の線路に踏切が見えてきたところで通りは右へ曲がり、柵に関屋歩道橋と書かれている歩道橋が見え、その先は京成線の高架がある。この歩道橋を渡り、対向側に出て下りたところをすぐ左折すると、次の駅の出入口が見えてきた。
1時間20分経過、京成線京成関屋駅北口前と……
振り向いて東武線牛田駅前を右折。この間目測で30メートルほどの距離しかない2つの向かい合う駅を一気に通過する。そして、また京成線の高架をくぐって墨堤通りへ再び出る。
川の手通りと交差する千住曙町交差点の歩道橋を渡っている途中で雨が降り始める。傘をさすほどではないが、うっすらと半端にシャツを濡らすので鬱陶しく感じる。歩道橋を越えた次の信号を左に入り、右に曲がる道を進むと高速道路の高架が見える。たぶん首都高速6号線だと思う。
その高架の手前で左に曲がり、進んで行くと少し上りになって次の駅と跨線橋が見えてきた。
1時間30分経過、東武伊勢崎線堀切駅西口前を通過。そして跨線橋を渡って隅田水門のある荒川の堤防に出て左折し、同駅東口前を抜けていく。
東口のこの雰囲気、なんか渋い感じがしていい。
1時間36分を経過したところで川の手通りの堀切橋西詰交差点に出る。この辺り、初めて来たのに何か見たことがある。たぶん、何かのロケ地か舞台になっているんだろう。家に帰ったら調べてみよう。
横断歩道を渡って京急線の線路がある側に移動して左折、少し進んで階段を下りると京急線の線路の高架が見える。それをくぐりぬけ突き当りを右折すると、東武伊勢崎線の桁下が低い高架が見えるのでそれをくぐって左折。さっき通った東武線牛田駅の裏側に出て道は右へそれて北上する。
1時間46分経過、2車線の広い通りである大踏切通りに出て左折し直進。
1時間51分経過、進行方向から見て右側に電大通りが見えてくる。名称の通り、東京電機大学のキャンパスが並んでいる通りだ。ここを突き当たって商店街に出て左折すれば、北千住駅の東口に着く。
だが、今回は東口にも西口にも行かない。理由は簡単、過去にも北千住駅に降りたことがあり、その出入口周辺は人通りが多いことを知っているからだ。なにせ、北千住駅はJR、東武線、東京メトロ、つくばエクスプレスが集まっているちょっとしたターミナル駅だ。人混みが苦手な自分にはつらい。
そのため、人通りの少ない出入口をゴールとする。そこへ行くには、以前から通ってみたかったところを通過する。
1時間52分経過、この通りの由来にもなっている南千住駅の大踏切に差しかかる。ここが今回通ってみたかったところだ。進行方向から見て手前から東武伊勢崎線の踏切、東京メトロ日比谷線とつくばエクスプレスの高架、そして奥はJR常磐線の踏切がある。
開かずの踏切として知られているので、長い通過待ちを覚悟していたが、すぐに遮断棒が上がってしまい、意外なまでにあっさりと抜けてしまう。2つの踏切を通過するまでだいたい3分程度だった。
JR線の踏切を渡ったらすぐ右折して千路通りに入る。
この通り左側の並びは味わい深い。エアコンの室外機がたくさんあるビルの裏側に飲食店が並んでいて、これでキツい色合いで謎の言葉が並ぶネオンが目立つところに追加されると海外の映画に出てくる日本の風景っぽくなるんじゃないかと思う。
どうでもいい話だが、海外映画の日本描写は結構好きで、制作者が日本をどう思っているかを知る指標になるんじゃないかと思っている。ただ、最近現実の日本より景気がよさそうに見えてしまうことがあって、そこは複雑な心境になる。
もう奥に西口が見えているが、向かっている出入口はその手前にある。
1時間58分、北千住駅中町出口前に到着。そして雨足が強くなる。途中から細かい雨に降られたが、最後まで傘を差さずに歩けたのは幸いだった。この出入口は西口や東口に比べると人通りが少なくて入りやすい。人混みが嫌いな自分には助かる。
今回はここから電車をいろいろと乗り継いで撤退する。いずれ、足立区内で踏破していない残りの駅を巡ってみようと思う。