最後にスマホから離れたのはいつだろう #スロー・フロー・ブログ
今日は日中、スマホを触るのをやめていました。
いわゆる、デジタルデトックスというやつです。
最低限やることは早朝に片づけてしまって、ブログは夜書くと決めて、家を出ました。
もうね、スマホに浸る生活を続けていると、ついついこの解放感とデジタルに頼らないことの恩恵を忘れてしまうのですがやっぱり最高でした。
物理的に身軽にもなりますし、スマホを持たずに歩き出したときのあの言葉にならない解放感、ワクワク感はやってみた人にしかわからないかもしれません。
空の明るさや街の雰囲気時間を感じる。
なにせ時計がなものですから、基本的には何時までこれをしようとか、今何時だろうってことが確認できません。
店に時計があったりすると無意識に見てしまったりはしてしまいましたが。
それに加えて今日は曇りだったので、太陽の位置もほとんどわからない状態でした。
だから、空の明るさでだいたいの時間を判断する。人の動き、街の雰囲気でおおよその時間を読む能力が上がるのだと気づきました。
例えば、明るめの時間に飲食店に人が集まっていたらお昼どきなんだろうなとか、小学生くらいの子どもたちが帰宅していたら15時は過ぎたのかな、とか。
街を観察する力が養われるのがスマホを手放すことの副産物の一つです。
迷えるという豊かさ。
僕はスマホがあると、無意識に地図を開くことが多いのですが、みなさんはどうでしょうか。
今どの辺を歩いているんだろう、近くにいいスポットはないかな、とか考えながら地図を頼りに歩きます。
でも、スマホがないとそれができません。
こっちの道をいくと、多分あの辺に着くはずと思って進むけどぜんぜん違うところに出たり、思わぬところで近道を見つけたり、地図だけを見ていては気づかなかったおもしろい建物を発見したりします。
脳の使わない部分が動いているのがよく分かります(笑)
地図を見ているとたしかに、効率よく歩くことができて、時間短縮になるかもしれません。
でもそれと同時に、移ろいゆく街の風景をゆっくり眺める時間だったり、思わぬ発見を削ぎ落としてしまうんだなと改めて感じました。
手書きで考えられる。
僕は何かアイデアを思いついたら、スマホのボイスメモ機能を使ってそれを話したり、メモアプリを使ってアイデアを整理したりするのですが、スマホがないとそれもできません。
だから、お気に入りのボールペンと紙切れ一枚だけもっていったのですが、帰る頃にはA4の紙の裏表が文字でびっしりになっていました。
スマホやパソコンでタイピングするのと、手書きで文字を書くのとでは、使う神経の数が数百倍違うと聞いたことがあります(もちろん、手書きの方がたくさんの神経を使います)。
だから、手書きで書いているとどんどんアイデアが膨らむ。もう、おもしろいくらいに。
あとで調べたいこと、あの人にあれを伝えよう、こんなことに気づいたな、人に頼まれてたことが解決した、これからやりたいことの方向性、自分自身のことについての洞察…などなど。
外出するとき、カフェで読むために一冊の本も持っていったのですが、スマホを持ち歩いていたときと比べて本から読み取れる情報も多く、かつ深い。そこから生まれる思考や行動も豊かになると感じました。
なにより、スマホがテーブルにあると(たとえ音がなっていなくても)通知が気になったりして、読んでいる本に集中しづらくなっていたんだなということもよくわかりました。
ふと朝思いついて、スマホを手放してみての感想でした。
みなさんは、最後にスマホを手放したのはいつでしょうか?
丸一日じゃなくてもいいので、ぜひ一度離れてみていつもとの違いを愉しんでみてはいかがでしょうか。
noteを読んでくれてありがとう! 僕らしく、優しさのリレーをつなぐよ。