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約6年ぶりのカウンター (後編)

「約6年ぶりのカウンター」の後編は、KOFFEE MAMEYA KAKERUとのコラボイベントで提供した、WBCを再構築したコースの説明をしたいと思う。前編は6年ぶりにカウンターに戻った理由について。

実はイベント後、インスタグラムでコースの内容を解説したところ、世界中から熱狂的な反応があった。コーヒー体験の新たな扉を開けつつある実感を得た瞬間だった。バリスタという職業を信じ続ける延長線上に、コーヒーの新たな付加価値の創造は存在するかもしれない。

コースのテーマは「WBCの再構築」だった。競技者として、指導者として、運営側として、約13年ほど大会に携わりつけてきたが、ルールの壁に妨げられて諦めてきたアイディアがたくさんあった。もちろん、ルールがあることで競技として成り立つわけだし、ルールを否定しているわけではない。むしろ制約があることで、イノベーションは加速すると理解している。ただ、ルールがないWBCのルーティンを自分だったらどう構築するだろうか、という壮大な遊びをしたかった。

◯Ultimate Cold Brew by Mikael Jasin  

インドネシアは北スマトラの "Simalungun"という農園のコーヒーを用意した。プロセスは"Senja"というハニープロセスに近い新しいプロセスで、コーヒーチェリーを嫌気性発酵させ、パルピングした後、水で再度発酵させるプロセスを指す。サンスクリット語で「日の入」という意味が込められているそうだ。

インドネシア人として初めてWBCのファイナリストとなった、Mikael Jasinが現地の生産者と一緒に品質向上に取り組んだプロジェクトから生まれたロットである。ブラインドでカッピングしたのち、最も評価が高く、インドネシアとは思えない明るい酸味と仄かなフローラル感を感じたこのロットを選定した。

水はこの特性を最大限に引き出すべく、カスタムウォーターでご用意した。酸をしっかり引き出すために炭酸塩硬度は低めにし、マグネシウムのみで全硬度をデザインし、明るい酸味をしっかり引き出した。誰もこのコールドブリューを飲んでインドネシアだと思わないだろう。若い世代の素晴らしい仕事をぜひ紹介したいと思った。

◯Jasmine Milkshake by Sasa Sestic  

まずはコーヒーのご紹介をしたい。僕のブラザーでもある、2015年のワールドバリスタチャンピオンでOna coffee / Project Originの創業者である、Sasa Sesticが、パナマで新たに購入した標高2000mを超える農園、Finca Irisのゲイシャ種をご用意した。このコーヒーはなんと世界初お披露目である。そしてこのコーヒーを焙煎したのは、僕が世界でいちばんのロースターだと思うSam Corraである。

ミルクビバレッジのテーマは、塩味を軽減しつつ甘さの限界値を引き出した濃縮ミルクを使用し、完全に乳化したミルクビバレッジを作ることだった。凍結濃縮のミルクはここ数年のトレンドだが、どうしても濃縮の過程で塩味も濃縮するので甘さを感じる一方で、塩気の強いミルクビバレッジが多かった。この課題を解決するために、減圧蒸留など様々な頭のおかしい取り組みをしてきた経験を生かし、新たな濃縮ミルク作りを行なった。

弊社のフードサイエンティスト・広田聡とともに、サウナに入りつつディスカッションを重ねた結果、溶剤を使って塩味をキレートすれば良いのでは?という結論となった。その結果、通常の牛乳の約2倍の濃度まで濃縮率を上げても塩味を感じることなく、しっかり甘さのあるミルクを作ることができた。

究極の乳化は、エスプレッソとその濃縮乳を予め混ぜてスチームすることで完成する。スペシャルティコーヒーのフレーバーを活かそうとすると、焙煎度合いを浅くするために酸度が上がってしまうため、フォーミングしたミルクと合わせると一体感のないミルクビバレッジになる。そこでミルクとエスプレッソをピッチャー内で予め混ぜ合わせて一緒にスチームすることで、まさにミルクシェイクのような味わいを実現できた。

◯Allonge - receptor activated  by Sasa Sestic

Allongeとは、約1:5程度の比率で抽出したエスプレッソである。粗めの粒度で抽出することでより均一に抽出が促進されることもあり、加圧されることで顕在化する繊細な香りを表現するにはベストの抽出方法だと思う。

このAllongeを飲む前に「ミラクルフルーツの浸出液」を飲んでもらい、酸味を甘味に知覚するように文字通り味覚を変える仕掛けをした。このAllongeはあえて酸味をしっかり強調するように抽出している。

コーヒーはエクアドルのLa Finquitaのティピカのウォッシュド。エクアドルのティピカはゲイシャのようなジャスミンの香りがする。よって、飲み手は甘さのあるフローラルかつデリケートなドリンクを飲んでいると知覚する仕組みだ。

◯Classico Italiano by Francesco Sanapo

最後は僕が世界で一番大好きなエスプレッソブレンドを作っている、イタリアはフィレンツェにあるDitta Artigianalleのフランチェスコのエスプレッソブレンドをクラシックに1:2で提供した。

このブレンド、特に凄まじいコーヒーを使っている訳ではないし、少し焙煎度合いも深めなので、いわゆる酸の効いたエスプレッソではない。ただ毎日飲みたいエスプレッソはこういうブレンドなのだ。イタリアで四苦八苦しながらスペシャルティコーヒーを広めてきたフランチェスコの試行錯誤の結果が、この至極の「ふつう」のエスプレッソなのだと思う。

また革新は伝統へのリスペクトがあって初めて成立する、という自戒の念をこめて最後にクラシカルにエスプレッソを抽出した。僕が毎日飲むエスプレッソの味と共にコースを締めた。タイガースキンの美しい、トロリとしたクレマに惚れ惚れする。

最後に、このような機会を与えてくださった、KOFFEE MAMEYAの國友さん、三木さん、図師さん、そしてスタッフの皆さまに心より感謝を。やはりカウンターはすこぶる楽しかったし、生きている実感を体の芯から感じる。6年振りの興奮だった。

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