自分で髪を切る
十年近く前に今暮らしている町に引っ越してきた。
それまで居た町と全然違う町。似ているのは日差しの強い日に潮の強いにおいが鼻先を掠めていくことぐらいだろうか。
以前暮らした町では行きつけの美容室があった。
そもそもものぐさな僕は一度髪を切るとそのまま放置でゆうに数か月は散髪に行かないような人種だが、突然思い立って予約なしで訪れても、少し待てばまあ何とかその日のうちには髪を切ってもらえる店だった。
いわゆるコミュ障な僕でも、だいたいいつも担当してくれるていた男性美容師さんとはなんとか会話がもつし、髪型も大体お任せでオーケーだった。
一度美容師さんも会心の出来の髪型(職場でも好評だった)があって、そのときは二人してこれはめちゃめちゃいい出来だと興奮したものだが、結局僕がいつものものぐさを発揮したため、それがどんなカットだったか僕も美容師さんも記憶があやふやになるほど時間が経ってしまい、二度と同じ髪型になることはなかった。
今の町に越してきてはじめのうちは、近所の家族経営の美容室や幹線道路沿いの奇麗な美容室、それから1000円カットなど、いろいろなところに行ってみたが、どこもなんとなく馴染めずにいた。
元々子供の頃の床屋さんから大人になった今でも、髪を切りに行くのがあまり好きではない。
美容師(理容師)との会話が億劫だし、鏡に映ったままじっとしているのも苦手だ。腕の悪い美容師で話好きの人に当たった時なんて目も当てられない。
それでここ5、6年は自分で髪を切るようになった。
最初はお試しで100均のスキハサミを買ってきておっかなびっくりもみあげなどの耳まわりなんかを切っていたけれど、量販店で聞いたことのないメーカーのバリカンを購入してからはガリガリと頭を刈るようになった。スキハサミも100均からランクアップして千幾らだかの貝印のものに変えた。ハサミは値段が一桁違うだけでまったく別ものになることを知って驚いた。
手先はそれなりに器用な方だったから慣れてしまえばなんてことはない。
準備するのはハサミとバリカンと鏡、それと床に敷くシートだけだ。あとは裸になって(冬は服のまま散髪用のケープ着用)風呂場で作業に取り掛かるだけだ。
横と襟足を長さを変えながらバリカンで刈って他の部分はスキハサミで整えていく。最終的に長い毛があれば眉毛処理用の小さいハサミで切る。
切った髪の毛はまとめてゴミ袋に捨てればいいし、そのままシャワーを浴びるので掃除もすぐにできる。全部でざっと20分もあれば終わる作業だ。
コロナ禍になって以降、YouTubeなどにもいろんな美容師さんがセルフカットをするための参考になる動画をたくさんあげてくれていて、たまにそれを見てもっと上手くできる方法はないか探したりもしている。
しかし生来のものぐさから「さいあくセットすればなんとかなるしまあテキトーでよろしかろ」と現在の楽で雑なやり方が定着している。
失敗するリスクやおしゃれな髪型にしたいという欲望よりも、美容室に行くための予約や服装に気をつかったりという気負いのない楽さを求めて、とりあえずそれなりの清潔感が出せればいいと思うようになったことで生きることも少し楽になったような気がしている。