【最終回】教室のアリ 第42話 「6月3日」③〜「6月8日」〈アリが打ったホームラン〉
オレはアリだ。長年、教室の隅にいる。クラスは5年2組で名前はコタロー。仲間は頭のいいポンタと食いしん坊のまるお。
〈テストの残り時間、5分〉
まるおはこれまで見たことがないような軽いステップでサクラちゃんの机を登った(まるおはサクラちゃんに恋している)。筆箱の影に隠れて『チャンス』をうかがっている。オレとポンタはダイキくんの机の上で同じように筆箱の影に隠れている。
「まるお、見えるか?でも絶対に無理はするなよ」
「わかってる。(4)だよね?」
「そうだよ。(ア)か?(イ)か?(ウ)か?それとも(エ)か?それだけを教えてくれればいい。見た感じ、ダイキくんは結構、答えを書いている。(4)が正解なら平均点はいくはずだ、頼む!」
サクラちゃんはもちろん起きている。答えはもう全部書き終わっているけど、問題を何度も何度も読み直している。寝ればいいと心から思った。元気な太陽を遮るために閉じられたカーテンはおおよそ6月とは思えない熱風で揺れている。サクラちゃんを眠らせるには無理な風だ。まるおは眉間にしわをよせ、集中している。サクラちゃんの視線を確認しながら、テストから少しでも目を離した瞬間に猛ダッシュする予定だ。残り時間は5分。ダイキくんはまだ寝ている。その時、カーテンの隙間から蝶々さんがひらひらと入ってきた。彼女はオレたちにウインクし、優雅に舞った。サクラちゃんはそっちを見た。まるおは大きな体(アリとしては)を揺らし、走って(4)に進み、腹の底から叫んだ!
「(ウ)だ💩の(ウ)だ!」
オレとポンタは文字通り『力をこめて』💩をした。
「これでなんとかなる。野球ができる」オレはポンタに言った。ポンタは確信を持って頷いた。
『ダイキくん元気復活プロジェクト』、オレたち3匹が出来ることは全てやった。
あと2分、そろそろ終わりのチャイムが鳴る頃だ。
蝶々さんは素早くカーテンの隙間から外に出た。
ヒラヤマ先生は丸めたノートを持つ右手を強く振り下ろした。
「バシン」という音とサクラちゃんの「キャッ」という悲鳴が聞こえた。
サクラちゃんの机から黒く『小さいもの』が床に落ちた。
カーテンを揺らすほどの強い風が吹き込んだ。
ホコリ、埃、消しゴムのカス、チョークの粉…
いろんな『小さなもの』が廊下に抜けていった。
ダイキくんは起きて答案用紙の黒い点に○をした。
チャイムが鳴りテストは終わった。
土曜日、オレとポンタはアラカワの河川敷にいた。
「かっ飛ばせ〜ダイキ!」だいぶ日焼けが進んだ子どもたちが叫んだ。
「カキーン」スズキセイヤみたいな音がした。
白いボールはアラカワに消えた。
平均点より2点多く取った少年は右手を握り、
雲ひとつない青空に向かって上げた。
3塁を回ってゆっくりオレたちの方に帰ってきた。
ホームを踏んで眉毛の太いチームメイトとハイタッチをした。
白いヘルメットの上でまるおが笑っている気がした。
「ボクはホームランを打ったんだぜ」
オレたちにはそう聞こえた。
(4)の配点は3点だった。
第1部、おわり。
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