『Wind』6分間の短編映画が静かに与える衝撃
たった6分間のモノクロ短編映画。その時間の短さで一体どんな物語を語れるのか。アバンギャルドで解釈に苦しむ映像作品なのだろうか。期待よりも不安のほうが先行する状態で再生してみると衝撃的だった。
3人の女性が同じ方向を向いて立っているシーンから始まる。互いに言葉を交わすことはない。一見すると不自然に整列しているようにも見える。風が吹き建物の扉が軋み、スカートがなびいている。何の説明もないままカメラはゆっくりと3人を離れ右へと動き始める。そこに映るのは水平線の先まで何もない農村風景。数十秒のカメラの動きを観察すると、映像は撮影者を中心に円を描くように動いていることが分かる。つまり時計回りに動いているのだ。カメラは作業から帰ってきたような男たち、空を飛ぶ鳥たちの群れをとらえる。のどかな景色だ。
半周を過ぎ円の四分の一に差し掛かるところで画面に変化が生じる。数人の男たちが何かを見守っている。その視線の先には布袋を頭から被せられ絞首刑にされた人が数人。カメラはまだ動く。やっと動く登場人物が現れる。拘束された男の頭に布袋が被せられる。次に首に縄をかけられ、足元の台車が蹴飛ばされる。支えを失った足がビクッ、ビクッと痙攣し動きが止まる。男は死んだ。
一連の絞首刑のシーンを通り過ぎてカメラは最初の位置に戻る。そう、3人の女性は意味もなく並んでいたのではなかった。少し離れて処刑される人々を見つめていたのだ。全てが終わり3人は家の中に戻っていく。
映画の最初に見ていた景色と最後に見る景色は全く同じである。しかしカメラが時計回りに一周した後では全く違った意味を持つ。カメラが最初から3人の視線の先をあえて映し出さなかったところに仕掛けがある。観終わった後にズシリとくる作品だった。
ブタペスト出身のMARCELL IVÁNYI監督は『Wind』(原題:Szél)で1996年のカンヌ国際映画祭パルム・ドール短編作品賞を受賞している。この映画の重要なポイントとなる絞首刑シーンについて、当時も多くの質問が寄せられたそうだ。古いサイトだが英文のインタビュー記事が残っている。
農村で起きる凄惨な光景。それを見つめる無力な女達。これは果たして第二次大戦中の出来事か。それとも90年代以降の民族紛争を象徴しているのか。様々な想像を掻き立てる。しかし意外にも監督は「特定の歴史上の出来事を想定していない」と語る。これはあくまでもフィクションだというのだ。
インタビューの中では監督が描いたストーリーが少しだけ紹介されている。
農村で略奪を働く15人から20人の男たち。ひとつの農場にたどり着くと抵抗するものはみな容赦なく始末する。法に基づいた処刑にも見えるが当然これは違法行為。皆が無感覚になってしまったかのようにそれを見つめている。ちょうど私達がCNNで毎日同じような光景を見て無感覚になっているように。
答えを知ってしまうと見方が固定されてしまう。しかし答えを知ってもなお頭からこびりついて離れない。6分間の静かな衝撃に今も震えているかのようだ。ちなみに3人の女性が立っている姿はハンガリーの写真家 ルシアン・エルヴェの作品『Trois femme』(1951年)から着想を得ているとされている。
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