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『こちらピープリー村』自殺を決意したことで社会に翻弄される主人公を滑稽に描くインド映画

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インドのとある地方で州首相選挙が行われようとしている頃。ピープリー村で暮らす貧しい農家の兄ブディアと弟ナッターは銀行ローンの返済の見込みが立たず農地を失おうとしていた。絶望した二人は地元の政治家に助けを求める。しかし突きつけられた返答は「自殺すれば政府の援助を得られる」という冷酷なものだった。自殺した農民の家庭には10万ルピーが補償されるというのだ。二人は相談の末、家族持ちのナッターが自殺することになる。その話をたまたま耳にした新聞記者が“決意”を聞きつけ新聞記事にする。「果たして彼が死を選ぶのか」という報道が次第に過熱していく。そしてこの騒動はメディアや中央政府を巻き込む大騒動になっていくのだった。

「農民の自殺」というセンシティヴな題材をコメディ作品に仕上げた良作。冒頭で主人公の二人がどれだけ貧困にあえいでいるのかを、映像ではなく歌で説明するところがいかにもインド映画らしい。

自殺志願者を高視聴率のネタに仕立て上げるメディア各社、死んでもらっては困る現州首相、ナッターの死を英雄視したい対立政党、無関心を決め込む中央政府の農業大臣。本人の感情を完全に度外視して「お前は死んではいけない」「お前は死ぬべきだ」と自分勝手な見解を押し付ける人々がただひたすら滑稽。政治家は役に立たない井戸ポンプやテレビを押し付け懐柔しようとする。しかし一家にはそれらを使うためのインフラがない。度重なるメディアスクラムに嫌気が差したナッターは畑に用を足すふりをして取材陣の前から姿を消す。論争の中心人物を見失ったテレビリポーターは、ナッターが残した大便にさえもネタにするためでたらめな見解を述べる。作品の終盤ではナッターが身を隠していた倉庫はが不幸にも火災に見舞われ、テレビカメラの目の前で一人の焼死体が発見される。これをもって事件は終局を迎える。24時間体制で張り込んでいたテレビ局は即座に撤収、残された家族はナッターが自殺ではなく事故死と処理されたことで補償金にすらありつけないというオチとなる。

インドの地方政府と中央政府の関係性や農民の相次ぐ自殺など、実際に起きている出来事を元にして描かれている本作。南アジアの小さな村の出来事として右から左に流すことは簡単だ。しかし加熱するメディアスクラムと政治に翻弄される個人が結局は救われないという現実はどこの国にも見られる現象だ。ナッターが周囲の思惑に翻弄される姿は、取っ替え引っ替えワイドショーのネタにされる不幸な人々に重なる。ところでナッターは本当に死んでしまったのか?救いようのない結末はぜひ映画を見て確認してほしい。

原題:Peepli [Live] 監督:アヌシャー・リズウィ、マフムード・ファルーキ(2010年)



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