『26年』光州事件の遺族が復讐のために立ち上がるフィクション
1980年5月に起きた光州事件では、軍が民主化デモを銃撃し無関係の市民を含む多くの人々が虐殺された。あれから26年。謎の優良企業CEOと秘書に呼び出された射撃の代表選手、街のチンピラ、警察官。一見つながりのない3人には、光州事件で肉親を亡くしたという共通点があった。3人が集められたのは虐殺を指揮した”あの人”を暗殺するためだった。
映画好きやTBSラジオリスナー(特に荻上チキ氏の番組)であれば言わずと知れた作品『タクシー運転手 約束は海を越えて』。光州事件を題材にした名作として評価が高い。この映画をきっかけに同じ事件を題材にした映画があることを知った。それが『26年』である。
『タクシー運転手』は事件当時の出来事を脚色している。それに対し『26年』は完全なフィクションだ。謎のCEO、息子である秘書、集められた男女3人はそれぞれ光州事件によって人生を狂わされている。その一方で無数の市民の命を奪った張本人は恩赦により釈放され、厳重警備が張り巡らされた邸宅に住む。裁判により課せられた賠償金はびた一文払おうとしない。この対比を見せられることで観客は暗殺を企てる主人公たちに自然と感情移入する。邸宅を完全再現した建物で綿密な計画を立てる様子は、オーシャンズシリーズのような痛快犯罪映画を連想させる。
しかしそこは韓国映画。物語が順調に進むわけがない。3人、いや秘書を含む4人のそれぞれの勝手な行動により歯車は次第に狂っていく。暗殺というより仇討ちの意味が強いため、「誰のために殺るのか」という思いはそれぞれ異なる。光州事件で肉親を失ったことは共通点ではある。だが経験してきた痛み、辛さ、悲しみは当然違う。だからこそ早まって勝手に動いてしまう。辛うじて当局の追跡を逃げ切った主人公たち。様々なイレギュラーを経て計画実行の日がやってくる。はたして暗殺計画は遂げられるのか。
光州事件を知らない観客に事件を伝えるための仕掛け素晴らしかった。冒頭では再現ドラマを差し込むのではなく、アニメーションで主人公たちの悲惨な生い立ちを説明する。アニメならではの描写により事件の血なまぐさい記憶が強調される。本筋とはそれほど関係のないにエピソードもよく出来ていた。復讐に燃えながらも人間味あふれるチンピラと暴力団のボスの関係性。仕事から離れてソウルに行く理由をボスに尋ねられて「タバコを買いに行く」とだけ言い残す。ボスは部下のただならぬ表情から事情を察して送り出す。「ソウルにタバコを買いに行く」という言葉が後半でしっかり回収されていた。個人的にはこのシーンがハイライトだった。
権力の蛮行を後世に伝える方法は様々だ。それをフィクションに仕立てるのは神経を使う創作活動だろう。まして存命中の人物を暗殺する物語であればなおさらだ。『タクシー運転手』が公開される5年前にそれをやってのけた本作。制作チームと出演者の挑戦に敬意を評したい。
原作: 26년 監督:チョ・グンヒョン(2017年)